【メルマガ】第6回:「天災」に対する霊的な考え方2(2018年7月16日発行)

地震による家屋倒壊

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さらに起こる天災

こんにちは。

スピリチュアリスト / 波動カウンセラーの林 昭裕です。

 

前回の「その1」では天災に対する霊的な考え方を簡単にお伝えしました。

今回はその続きです。

ご存知の通り、大阪北部の地震に続き、2018年7月7日には千葉県東方沖でマグニチュード6.0(震度5弱)の地震が起きました。

私の住む松戸市では震度3でしたが、それでも結構揺れたように感じました。

そして、これもご存知の通り、西日本では記録的な豪雨が発生しました。

死者は200名を超えたとのこと・・・

重ねて、ご冥福をお祈りいたします。

「目に見えないもの」と「目に見えるもの」とのバランス

「その1」では「天災は地球の波動調整として発生する」と述べました。

先日の大阪北部地震だけでなく、今回の豪雨もその一つといえます。

ただし「波動調整」という言葉だけを捉えると、一面的な物の見方になってしまう怖れがあります。

波動レベル、つまり「見えないエネルギーのレベル」で考えれば、天災は地球自身の波動調整として起こります。

一方で「目に見える次元」においても考えを巡らせる必要があるのです。

「目に見えないもの」と「目に見えるもの」は二項対立的な存在ではなく、二項動態的な存在、つまり「つながり影響し合っている」からです。

すでに当サイトのどこかで述べたように「この世」と「あの世」とは別個の存在でなく「カードの裏表」のように密接につながっている。

それと同じことです。

というわけで、今回の集中豪雨は「天災」だけではなく、目に見える「人災」の側面からも少し考えていきましょう。

・・・これ以降の文章は「スピリチュアルとちゃうやん!」とツッコミが入るかもしれません。

ただ当サイトで最初に読んでいただくであろう「【入門】マジスピとは何か」で「あくまで現実を大事にする」という趣旨のことを述べています。

その考え方に基づいて、さらに文章を進めていきます。

天災ではなく「人災」かもしれない

すでに報道で指摘がある通り、今回の豪雨は堤防などのインフラが整備されていればかなり防げたと言われています。

最も被害の大きかった場所は、20年ほど前からインフラの脆弱性が指摘されていたようです。

しかし「予算がつかない」という理由でずっと先送りにされ、ようやく今秋に着工の予定だったとのこと。

つまり、ずっと前から「いずれこうなる可能性」はわかっていたけれど「まぁ深刻な災害はなさそうだから大丈夫でしょ」と安易に考えていたということでしょう。

日本は世界有数の自然災害大国であることは周知の通りです。

それは専門家の認識だけでなく、私たち一般国民も阪神淡路大震災、東日本大震災、また直近5年間に10回も出た「大雨特別警報」で知っているはずです。

にもかかわらず、治水工事を含む公共事業費は20年前の約半分なのです(報道では「無駄なバラマキが増えている」かのようなミスリードが流れていますが)。

フェイクニュースの弊害

先日の大阪の地震で、9歳の女の子が小学校のブロック塀の下敷きになって亡くなりました。

個人的に最も心を痛めたニュースでしたが、このブロック塀の高さは「建築法違反」だったのにそれを放置していたとのことでした。

それからさらに、大阪の小中学校の8割は「違法ブロック塀」であることがわかりました。

ということは、大阪のみならず全国においても何かあれば同様の事態が起こりうる危険性があるということです。

これだけを考えても「天災以上に人災の側面が強い」と言わざる得ません。

つまり私も含めた「人類全体の意識」が引き起こした災害ともいえるのではないでしょうか。

じゃあ「ちゃんと公共事業を増やせ」という話になりますが、そうなれば野党やマスコミや一部の活動家が「土建屋の利権が~」とか「バラマキだ~」とか叫ぶに違いありません。

あるいは財務省を発信源として「国の借金が1000兆円を超えている~!」なんて大嘘をつくわけです(正しくは「政府の借金」であり、国民は借金をしているのではなく政府に貸しているのです)。

地上波テレビや新聞でそういうフェイクニュースに触れ、それを信じる国民が「ムダ遣いするな!」と政治に不満を募らせる。

その世論を忖度し、政府もヘタに財政出動ができない。

そうやって、「人災」は続いていく・・・。

天災を「天罰」だと受け止める感性

「意識ある存在」としての地球の波動を観察していると、天罰を与えてやろうとかこらしめてやろうとかいう「懲罰的な意図」は感じません。

むしろ「楽観的」ですらあります。

ただ静かに、私たちの「気づき」を待っているように感じるのです。

とはいえ、天災に遭った私たち日本人がそれを「天罰だ」と受け止めることは、古来からの民族的感覚として真っ当なものです。

東日本大震災のとき、当時の石原都知事が「天罰だ」と言ったことに対し「東北の人々が悪いとでも言うのか!」と猛烈な批判を浴びました。

しかし、この批判は的を得たものではありません。

これまで述べたことと同様、あの震災も「日本全体」あるいは「世界全体」に渦巻くネガティブなエネルギーの波動調整として起こったのです。

東北の地、東北の人々は無意識レベルにおいて「波動調整」を引き受けてくださったのです。

今回の天災においても同じです。

私たちは何を学ぶ必要があるのか。

それが繰り返し繰り返し問われています。

学べるまで、天は忍耐強く災害を通じて警告を発することでしょう。

「その3」へ続く

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