ご利益でなく「ご恩」を感じる場:千葉縣護國神社【神社参拝記】

初めてお読みの方はまず以下のページをお読みください。

千葉縣護國神社の本殿正面

各県にある「護国神社」

第1回目の記事として「千葉縣護國神社」を取り上げます。

2018年の年末に参拝してきたばかりなので、まだ記憶に新しいです。

ちなみに「縣」は「県」の旧字体です(やはり旧字体の方が雰囲気がありますね)。

念のため「護国神社」の説明を簡単にしておきましょう。

「護国神社」とは
「護国神社」はその地方の出身者で国家のために殉難した人の霊を祀るための神社です。

 

東京都と神奈川県を除く各都道府県にあります(東京と神奈川は有名な「靖国神社」が護国神社にあたります)。

私は千葉県に住んで5年ぐらいになるのですが、お恥ずかしながら今まで一度もこの神社には参拝しませんでした。

東京・九段の「靖国神社」は以前からずっと関心があるので、これまで何度も参拝しています。

そのぶん地元の「護国神社」は後回しになってしまいましたが、ようやく参拝することになりました。

なお「護国神社」は各県にあるので、もしあなたがこの記事をお読みになってご関心を持たれたら、ぜひ地元の護国神社へご参拝されると良いでしょう。

ひっそりと佇む神社

千葉縣護國神社の入口

千葉駅から10分少し歩き、だんだん住宅街になってきたところに神社はありました。

年が明けた三賀日ほどでなくとも、それなりに知名度のある神社の年末は、少なからず人がいるものです。

ただ、この神社はほとんど人がいませんでした。

個人的な意見ですが、もしこれが他の一般的な神社であれば、人がいないことはかえって望ましいのです。

それは周囲を気にすることなく「神社の波動」を満喫することができるからです(波動のあまり良くない神社もあるのですべてがそうだと言えませんが)。

実際、各地域の一之宮(いちのみや:各地域で最も由緒ある神社)で人がいない「貸し切り状態」は、実に心地よいものです。

けれども、この護国神社には、もっと人がいてほしかった。

千葉県民なのにしばらく参拝しなかった自分に偉そうなことは言えませんが、地元の人々が「地元の英霊」の皆様に感謝を捧げている姿を、もう少し見たかったのです。

「先人のご恩」に感謝を捧げる場

千葉縣護國神社の本殿側から鳥居を見る

これは本殿側から入口の鳥居に向かって撮った写真ですが、ご覧の通りこのアングルでは一人もいません。

私がここに滞在したときは、アジア系外国人の子供を2人、おそらく地元の方を数人を見ただけです。

次回に取り上げようと思っている「千葉神社」は、ご利益をバリバリに謳っていることもあってか、なかなかの人で賑わっていました。

一方、おそらくどの護国神社もそうだと思いますが、祀られているのが「地元ご出身の英霊」である以上「ご利益を謳う」のは建立の趣旨に合いません。

ここは普通の神社のように「ご利益(ごりやく)」を得るためではなく、先人の「ご恩」に対して感謝を捧げる場だからです。

ご利益という意味での「有り難さ」ではなく、ご恩という意味での「有り難さ」をいま一度思い起こすことが、この護国神社という場なのでしょう。

彼等は命に代えて何を守ろうとしたのか

ところが、私たちは義務教育によって「日本軍はアジアの人々に悪いことをした」という自虐史観をあてがわれてしまっているので、「英霊」という存在に対して複雑な気持ちを抱く方もおられるでしょう。

以前から指摘があるように、先日のセンター試験「日本史A・B」の出題内容も、ずいぶん「反日ウソ問題」がねじ込まれているようです。

・・・このブログは歴史や政治をメインに論ずる場ではないので、自分の見解をあれやこれやと並べるのは控えます(ご興味があれば「センター 日本史 反日」で検索を)。

ただ、この神社には「歴史を考えるヒント」があったのでご紹介しましょう。

千葉縣護國神社の特攻の像
(特攻の像)

千葉県特攻勇士顕彰碑
(千葉県特攻勇士顕彰碑)

上の顕彰碑の文言の要約は以下の通りです。

・大東亜戦争を戦ったのは、自国の安泰と欧米の植民地支配からアジアを解放するためだった。

 

・物資の窮乏で敵の反抗を許す中、二十歳前後の若者を中心に、機体ごと敵艦に体当たりする特攻戦法が採られた。

 

・その雄々しき歴史を絶たれた敗戦後の現代日本人よ、彼等は命に代えて何を守ろうとしたのか、この像に問い続けて欲しい。

 

・あのマッカーサーも公式の場で「日本の戦は自衛のためだった」と証言している事実を知ってほしい。

「教科書では絶対教えない歴史」でしょうが、これらは思想や歴史観には左右されない「事実」です。

自分は命に代えて守るべきものはあるのか

さて、

「先人は、何を守ろうとしたのか」

そんな問いを懐きながら本殿の前で「二礼・二拍手」をしてじっと目を閉じていると、その奥から「英霊の息吹」が伝わってきます。

とても静かではありますが、キリッとしたまっすぐな波動に、思わず背筋が伸びるのを感じます。

そして、今度は、

「自分は命に代えてに守るべきものはあるのか」

「今の自分はこの先人たちに堂々と胸が張れるだろうか」

という「問い」が、おのずと湧いてくるのです。

 

この「問い」は自分が行っているのしょうか。

 

それとも、先人から問われているのでしょうか。

 

周囲に誰もいない中、しばし沈黙の後、ゆっくりと一礼いたしました。

 

千葉縣護國神社サイト


不定期にはなりますが、今後も更新していけたらと思います。

あまり「Hanako」や「anan」では紹介されないような神社を取り上げられたらいいですね。