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「計画しない」という生き方

プランニング

「この仕事を通じて、何を実現したいのだろう?」

ときおり、こう自問することがあります。

私は「自己紹介」にも書いているように、最初からスピリチュアルな事柄を仕事にしたいとは考えていませんでした。いわば「成り行き」で始まったわけです。多くの場合、何か事を始めるにあたっては、実現させたい目的が先にあるはずです。ただ、私の場合は逆になってしまった。ですから、見切り発車してから、上述のように、行き先を考えている次第です。

どうやら人の中には、「これを実現するために、いまこれをやる」という目的的な生き方は、あまり向いていないタイプが存在するようです。私などもそうです。おまけに私はかなり飽きっぽいときている。計画したことのほとんどが、続かない。

それでもサラリーマン時代は自己啓発書の名著である『7つの習慣』を読み(いま観てもすごく良い波動です)、その思想を反映させるためのシステム手帳「フランクリン・プランナー」を持っていた時期がありました。あれを持っていると、「仕事のできる奴」とカン違いできる利点があったのです(スタバでネットサーフィン目的でマックを広げているようなものでしょうか)。

他には「ファイロファックス」や「夢を日付を!」のシステム手帳なども好きで、丸善などの大型書店でよく物色し、気に入れば購入しました。いま思えば向いていないにも関わらず、「計画的に生きてこそ、充実した人生を送ることができる」と考えていたのです。「ミッションステートメント(使命を声明として発表すること。またはその内容)」を手帳に刻み、肌身離さず持ち歩き、行動指針とすることが、格好良いのだと。

しかし、結局、それらの手帳を長く活用することはありませんでした。「本当はめんどくさい」というのが、本音だったからです。年末が近づいた現在、書店や文具店には2018年の手帳が売られています。ただ、手に取ることはもうありません。できるだけモノは持ちたくない。今はグーグルカレンダーだけで十分。今後も大きな意識の変化でもない限り、持つことはないでしょう。

個人的な実感ではありますが、人生には計画以上のことが起こる、あるいは計画以上のことが起こりうる可能性を多分に秘めている、と感じています。これは理屈ではありません。そう思わざる得ない体験が、少なくとも私の場合はこれでもかというぐらい起こるので、もはやそう感じざるを得ないのです。

しかし、計画以上のことが起きるから、最初から計画などする必要がない、ということではありません。ある程度の計画は行う(私の場合は何となく思い描く程度ですが)。しかし、想定外のことは往々にして起こるだろう。だから、もし想定外のことが起こったら、それに身をゆだねてみよう。だいたいはそのように考えています。

それを格好良く言えば、「人事を尽くして天命を待つ」ということです。もとより私は怠慢ゆえ、まともに人事を尽くしているという自負はありません。計画していることは、本当に大ざっぱなものでしかない。ただ、それでも「これも天命の一つなのかな」と思われる事柄が向こうからやってくることがあります。それが不思議でもあり、有り難いことでもあります。そのおかげで、さらに計画しなくなるのですが・・・。

というわけで、綿密な計画などほぼ無いに等しいのですが、ときおりはブログという形で、その時々に考えていることを述べてみようと思います。実はかねてより何人かのお客さんからご要望をいただいていましたし、知り合いのコンサルタントさんからも提案を受けていたのですが、「絶対続かない」と揺るぎない信念がありましたので、着手しませんでした。勢い良く始めたのに途中で尻切れになるのは格好悪い、ならば何もしない方が良いのでは、と。ただ、最近は「たまにはやってみてもいいかな・・・」と何となく考えるようになりましたので、何となく始めます。

ホームページの中のメニュー説明は、加筆修正を何度も繰り返したこともあり、ご覧になった方からはよく「内容が濃い」というご感想をいただきます。あちらは目に見えない事柄を対象としており、真偽・真贋の判断が難しいため、いろいろ表現を凝らしています。その結果、かなり硬く、かつ濃い内容になっていると感じていただけるのでしょう。

一方、このブログは、もう少しやわらかい内容を扱えたらと思っています。これが現時点での「計画」です。ざっくりですね。

繰り返しますが、私はとても飽きっぽいので、どこまで続くかはわかりません。もしかしたら、これで終わりかもしれません・・・まぁそれでも良いじゃないか、という軽い気持ちです。「乞うご期待」はしない方が良いでしょう。

ただ、その方が、意外と長く続くかもしれません。計画したことが続かないのなら、最初から意図して無計画な方が良い。これでは三日坊主にすらなれまい。いわば「無計画的な計画」というものを、もう少し信頼してみたいと思っている今日このごろです。