11月11日「人生を変える断食」講座を開催します!

占いとの根本的な違い3

開運おみくじ

※「おみくじ」もあくまでご参考です

「パート1」では主に「占い相談者の心理」を、「パート2」では「占い業界の構造」について述べました。最後の「パート3」では「占い師の実態」について個人の見解を述べていきましょう。

「パート1」「パート2」に戻りたい場合は以下からどうぞ。

「霊感」や「神通力」なんて必要ない

多少でも「占いの技術」を学べば「ある程度の割合で当てること」は難しくはありません。だから「天性の霊感」や「神から授かりし叡智」とやらは必要ないのです。そんな「特殊能力」を不要にするのが「占いの技術」だからです。

占い師のプロフィール欄は「神智を授かりし現代の巫女」とか「天に選ばれし雄大なる智者」とか、「戦国RPG(ロールプレイングゲーム)」のキャラデザインかな? ってツッコミたくなるフレーズが踊っています(これ人前で言われたらめっちゃ恥ずかしいでしょうね・・・)。

もはやマンガ『ワンピース』みたく能力者だらけに見えますが、実際はその大半が変わり者フツーの人ですよ。個人的にはオリンピックのメダリストの方がよっぽどスゴいと思います。歴代のメダリストこそ本当の意味で「天に選ばれた人」ではないでしょうか。

「パート2」で述べた通り、占い師の仰々しいプロフィールはすべて演出されたものです。大半の占い師は「霊感」も「神通力(じんずうりき)」もありません。

宣伝で「驚異的な霊感の持ち主」なんて書いてある占い師の波動(オーラ)を観ると、大半は

「Σ(゚д゚lll)ガーン」

って感じですからね・・・「見かけ倒し」であるほど波動は重たくなります。それでも自信満々に演出できてしまうところが、ある意味スゴいです。

そういうヤヴァイ波動の人でも、占いはある程度学べばできちゃうのです。もちろんさらに高みを目指すなら「豊富な経験」と「絶え間ない研鑽」は必要ですよ。

けれど、それでも「霊感」や「神通力」は必須ではないのです。本当の天才を除けば、占いの技術と経験に加え「あたたかい人柄」を根底としたコミュニケーションスキルがあれば十分ではないでしょうか。

占い師って変わってる人、一般常識に欠ける人が少なくないですからね・・・。

「統計」や「直感」で素人でも占える

西洋の古時計

神様ではない私たちは、誰ひとり完璧に未来を見通すことはできません。それは「占い師」も同じです。いわゆる「霊感」や「タロット」などで導けるのは「未来に起こる可能性の一つ」に過ぎません。

逆に言えば「何とでも言えてしまう」わけです。ただ、もしそれほどいい加減なら占いなんてとっくに消え去っているはずですよね。でもそうならないのは、やはり「参考になる部分もある」からです。

「手相」「人相」「姓名判断」「占星術や数秘学などの誕生日系」などの占いは、その人間の「過去」に基づいて未来を観てゆくものです。統計的にかなりのデータが蓄積されているので、それと照らし合わせれば「過去・現在・未来の流れ」は予測できるのです。

たとえ波動の重たい占い師でも「統計学」を活用すれば、ある程度は当てることができるのです。

先人が積み上げてきた「統計学」の素晴らしさ。これがヤヴァイ波動の占い師でも、ある程度の鑑定ができてしまう理由です。「霊感」なんて必要ないのです。

特に「過去から現在までの流れ」については「動かせない過去」があるため、検証しやすいわけです。そこで「あ、当たってるかな」と感じれば、その鑑定はおおよそ満足できるでしょう。


また、「タロット」「オラクルカード」「易」などは「道具を通じて直感を使うもの」に属します。

占いサイトをみると、ある占い師の占術名に「タロット」でなく「“霊感”タロット」と書かれてあることがあります。霊感もタロットも道具があるかないかはあっても「直感を使う」という点では同じだからです。

ただし、これは「『霊感』という言葉をつけた方が集客率が上がる」という運営側の狙いもあります。「霊感タロット」の方が「何かやってくれそうな期待が持てる」というわけですね。これも「演出の一つ」として見抜きましょう。

人間の直感は「第六感(シックス・センス)」とも言い、これには「未来を予感・予見する力」があります。ただ、普通の占い師は「素手」より道具を使った方が、その直感をカタチとして表現しやすいでしょう(そうすることでサマにもなりますしね)。

「直感を使う占術」は、先ほどの「統計を活用する占術」よりは文字通り「直感力」が必要です。ただ、これまた占い師の波動が重たいとしても、ある程度は占えるのです。

素人が遊び半分でタロットを引いても、「おっ!結構当たってるかな?」と感じることは意外と多いのですよ。私はご相談者さんとの雑談でそういうことをお聞きすることがあります。

さすがに複雑なカードの引き方や並べ方は練習が必要ですが、「カンにまかせて数枚引く程度」であれば誰でもできるし、それで案外満足できちゃうのです。


もちろん素人と本職との違いはありますよ。

「まともな占い師」であれば、それまでの自己研鑽と鑑定経験から、相手がそれなりに納得のいく説明ができるはずです。スピリチュアルにありがちな「ふわっとした事柄」でも、うまく言語化ができるでしょう。

そして、先ほども述べたように「あたたかい人柄」を持っているのです。「聴き上手」ともいえます。だからたとえ素人と同じような見解を伝えているとしても、その人間力によって「より伝わる」「より安心できる」わけですね。

まぁそんな波動の良い「イケてる占い師さん」は、正直あまりいないのですが・・・

あ、人のことばかり言ってないで、私も研鑽を積んでいかなくちゃ!

「イケてない占い師」が多い理由

泣き崩れる赤ちゃん

たとえ波動が重たい人でも「統計学」や「直感」を活用すれば、ある程度は占えてしまうと述べました。

そうやって「ヘタでも当たってしまうこと」が、「波動の良い占い師」の少ない原因の一つではないだろうか・・・。

と私は考えています。

つまり「技術」だけ学んで満足してしまい、最もエネルギーを使う「心を高めること」「人間を学ぶこと」「相談者の苦悩に共感すること」などの大切な心がけが、おろそかになってしまうのです。

だって、「それなりに当たっちゃう」のは、とっても面白いですもんね!!

最初の「友だちだけを占う程度」でも、「えーっ、当たってるよ!●●さんすごーい!」と驚いてくれる人が何人か出てくる。

そうすると、これまでの自分に物足りなさを感じている人ほど面白くなるのではないでしょうか。

もちろんすべてではないでしょうが「占い」を学ぶ人の中には「それまでの人生がうまくいっていない人」や「心を病んでいる人」がいます。また「うまく人間関係を築けない人」や「会社勤めなどの社会生活がうまく送れない人」も、少なからずいると思われます。


ちょうどこの文章を某カフェで作っているとき、隣の席で「40歳前後の女性二人」がこんなことを話していました(Aさん、Bさんとしましょう)。

Aさん「●●さんってさ、なんか『タロット占い』やってるらしいよ。あと『アロマ』もやってるんだって」

 

Bさん「えー、そうなんだ。でもさ、●●さんってココロ病んでるらしいよ。学校の栄養士、すぐやめたらしいよ。ってかさぁ、病んでる人に見てもらいたい?」

 

Aさん「まぁいいんじゃないの。それで少しでもお金を生んだらさ。勤め人の稼ぎの足しになったらいいじゃん」

 

Bさん「うーん、まぁそうかもしれないけどね~。私はヤダなぁ・・・」

私はイヤホンで音楽を聞いていたのに、ホームページのネタを探している「問題意識」のおかげなのか、会話がめっちゃ耳に入ってきました(笑)ネタ提供ありがとうございます!

上の会話の「●●さん」の波動を拝見し「あぁ、確かにこの人しんどそうやなぁ・・・」と感じていました。そして心の中で「せやな、せやな、ソレめっちゃわかりますわ~」って相づち打ってました(笑)


自分の悩みが「占いを学ぶきっかけ」になることは少なくないようです。

「悩み」や「葛藤」の解消する手段の一つとして、占いに出会うことがあります。

最初は「お客さんの立場」で鑑定を受けるだけだったけれど、ちょっと興味が出てきたから自分もタロットとか四柱推命とかを学んでみる。

ある程度学んだあたりで、試しに家族や友人を観てみる。そこで先ほど述べたように「えーっ、当たってるよ!●●さんすごーい!」と喜ばれる機会がポツポツ出てくる。なので「ワタシってちょっとイケてるかな?」と思えてくる。

ここで「けっこう人に喜ばれるみたいだし、自分も占い師やってみようかな」と考える人が出てくる。または「占い師だったら一人でもできるよな。もしうまくいったらイヤな会社勤めをしなくても済むようになるしな」と考える人も出てくるでしょう。

鑑定すると「先生ポジション」に立てるので、「劣等感の深い人」はその反動として「優越感を満たせる」ようにもなります(完全に満たすことは不可能ですが)。

「だったら、しょーもない会社勤めなんか辞めて、超ウザい上司やお局様(おつぼねさま)とはオサラバして、占い師やった方がいいじゃん」

「だったら、ダンナの給料だけじゃ心もとないし、私だって自分の好きな趣味とか服とかにお金使いたいし」

・・・という感じで、ユーチューバーみたく「好きなことをして、生きていく」可能性にワクワクしてくる。


その先にめでたく占い師になれたとしましょう。

ただ、繰り返しますが占いを学ぶ人というのは「人生がうまくいっている感覚を持てない」「自分に劣等感を持っている」「うまく人間関係を築けない」「会社勤めなどの社会生活がうまく送れない」傾向があります(もちろん全員がそうではないですよ)。

学校でも「趣味は占い」だと、明るいキャラでもなければ「暗いヤツ」「変わり者」というレッテルを貼られることがあります。そこには偏見もあるでしょうが、あながち間違いとは言えないでしょう。

でも、「占いの技術」をちょっと学べば、ある程度の鑑定はできるようになります。加えて「それっぽく見えるビジネスネーム」を名乗れば、普段の素顔は「変人」でも「立派な先生」として占い師デビューできるわけです。

「パート2」で述べた通り、たとえ占い経験が1年でも運営会社の手にかかれば「経験10年」に化けます。そして「類まれなる霊感」や「驚異的な神通力」の持ち主だというファンタジーてんこ盛りの宣伝によって、それっぽく演じることを求められるのです。

その結果、素顔の自分が抱えている「ネガティブな感情」を癒すことや「人間を学ぶ」「人生経験を積む」ということがおろそかになってしまうのです。「自分を見つめること」の苦しさに比べれば、他人を見ることの方がよっぽどラクで、しかもお金にもなるからです。

説教で相談者を否定する占い師や、都合が悪くなると「あなたの心がけが悪い」などと言って逃げる占い師を見るたび「『技術』の前に『人としてのあり方』やなぁ」と思います。

・・・いえ、決して他人事ではありませんね。

「当たる/当たらない」を超えた世界

フランスの占い広告
(フランスの占い広告・ネットから拝借)

素人であるほど「当たることそのもの」に驚いたり価値を見出したりします。しかし「運勢の流れ」というのは、実は「ある程度決まっている」のです。これを「宿命」と呼ぶこともあります。

何度か述べている通り「統計」や「直感」を活用すれば、それなりに当てられるのは「当たり前」なのです。

ただし、一方で「未来は完全には決まっていない」ということが、人生の奥深いところですね。

ある程度までは当てられても、肝心な部分ではその通りにならないことがあります。逆に占いでは予想もつかないことが起こる場合もあります。

私の場合、西洋占星術、手相、姓名判断などで「霊能がある」「将来独立する」なんてことは一度も言われたことがありません(指摘したのは今の師匠だけ)。でも自分の意図を超えて、いまこういう仕事をしているわけです。

そういう意味で、やはり「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という昔からの常識を基本とするべきでしょう。

当たるときもあれば、そうでないときもある。中には本当に「霊感」の豊かな占い師もおられるのですが、ほとんどの場合は「話半分」のつもりで活用した方が良いのです。

その「占いの限界」を見つめるとき、人生の本質は「当たる/当たらない」を超えた世界にあることに気づきます。なぜなら、人生の深いレベルでは「答えがない」からです。

運命はある程度決まっているけど、すべてが決まっているわけではありません。その「境目」どこなのは個人差があるとともに、自分の決意で多少は動かせるものでしょう。ただどれぐらい動かせるかというのは、具体的に何かを決断し、具体的に行動してみないとわからないものです。


面白いエピソードがあります。私は今の仕事をするようになってから、ある場所で手相を観てもらったのです(手相師さんには「自分はサラリーマンです」と本業を伝えずに観ていただきました)。

すると手相師はこうおっしゃったのです。

手相師「あなたね、ここに【神秘十字線】ってのが走ってるんですよ。だからさ、けっこう霊感あるんじゃない? うん、きっと守られてるよ 」

 

ワタシ「ほぉ~そうなんですね~」(なにぃ~ホンマか!サラリーマン時代はそんなん言われてへんねんけど・・・)


俗に「役職が人を作る」「立場が人を育てる」と言われる通り、意識や環境の変化によって手相が変わったのでしょう。ということは、運命も以前とは変わったということになります。

サラリーマン時代の手相に【神秘十字線】はなかったようです。もしそのときの鑑定を鵜呑みにしていたら「オレはスピリチュアル向いてへんのかなぁ・・・」と意気消沈し、独立をあきらめるか先延ばしにしていたかもしれません。

でも、導かれるように(最後は追い込まれるようなカタチで)独立を決意した数日後、今でも応援してくださる方々との出会いがあり、おかげさまで仕事の基礎ができたわけです。

こういう「想定外の出来事」は、それまで何度か受けた占いでは一切言われていないことです。独立した当時を誕生日系の占いで振り返っても、「運命の転換期ではない時期」なのです。

そういう意味で、やはり占いは「参考程度」「現状確認」にしかならないものだと思うのです。未来のことはわからない。運命はすべて決まってはいない。

それをわかった上で、ときに利用されると良いでしょう。

間違っても、占いはベッタリ頼るものではないですよ。

「霊能者タイプ」のイタい占い師

水晶玉で顔が反転する占い師

ここからは補足です。

これまで述べた「フツーの占い師」以外に、やや専門的ですが「特殊能力」を謳う「霊能者タイプの占い師」にも触れておきましょう。

この世ならざるものが「視える」「聞こえる」「感じる」らしい占い師。「守護霊対話」とか「先祖霊対話」とか。この種の人はいかにも「スゴそう」(あやしい?)ですよね。

ただそういった人物の波動(オーラ)を観察していると「人格の未熟さ」を感じたり「スゴい霊能力があると思い込んでいるだけ」だったり、または「自分は特別だと思い込みたいだけ」だったりすることが少なくないのです。

そういう人の中には、それなりに力のある人もおられるでしょう。しかし往々にして「うまく社会生活を送れない」「普通の人間関係を築けない」「一般常識に欠けている」のです。

だから「自分の考えを押しつける」「『あなたの行いが悪いんだ』と説教する」「ちょっと意見するとキレる」「自分が一番だとすごく思いたがる」というような「めんどくさいヤツ」になってしまうのです。ただ、めんどくさいヤツになるのはある意味で「仕方がない」ことなのです。

特に「生まれつきガチで霊的な体質の人」というのは、子どもの頃から「普通の人」と同じような生活を送れません。それはなかなか他人に理解されないから、かなり孤独感を抱えることになってしまう。中には苦しみのあまり自殺する人だっているのです。

そのような体質に生まれたのは「変えられない宿命」です。辛いでしょうけど、でもきっと何かの「役割」が与えられているのでしょう。だからその運命を受け入れ「霊的なトレーニング」を積み、能力をコントロールできるようになる必要があるのです。

あのパイオニアの江原啓之さんも、特殊な体質を改善されるため、相当なご修行をお積みになったと聞きます。

ただ、江原先輩とは違い、霊能者として活動する人の多くは「中途半端な段階」で世に出てしまうのです。まだ未熟なのに「小金稼ぎ」で表に出てしまう。

だから「感情のコントロール」がなかなかできない。「霊的に敏感であることの特徴」は、感情をコントロールできないということですから。

そして、そういう「中途半端な霊能者タイプの占い師」は、よく「私はよく念を受けるから大変なのよ」ということを言います(「念」というのは「他人からもたらされるネガティブな思いのエネルギー」のこと)。その「念」を相談者から受ける量が多くなると心身のバランスを崩すのです。

そりゃー「私はめっちゃ幸せです!」「めっちゃツイてます!」って人は占いに相談なんかしませんよ。やっぱり何かしら不安や迷いがあるから相談するわけですよ。

そういう人から相談を受ければ、占い師は多少の「念」を受けるでしょう。ただそれで相談者がスッキリすることもあるので、それもれっきとした仕事です。何も相談者は趣味で念を飛ばしたいわけじゃないのですから。

それなのに、相談者に対して「これ以上ワタシに念を飛ばすな!」ってキレる占い師もいるんですよ。「アナタにたくさん念を飛ばされたから私はとても辛い」って、まるで「被害者ヅラ」をする。また「アナタの念をたくさん吸ってあげたから」なんて言って「追加報酬」を求める者もいます。

・・・ハッキリ言いましょう。

こういうヤツは「ただのクソバカ野郎」です。

なぜなら「受けた念」を自分で処理できるだけの基礎体力も技術もないからです。自分の未熟さや不勉強を棚に上げ、人のせいにする幼稚な思考の持ち主だからです。

もしこういうヤツに出会って「私、よく念を受けるのよ~」なんて言われたら、「そうですか、私も超ウケるんですけどwww」って笑ってやりゃいいのです。「基礎体力もないヤツはベンチに引っ込んでろバーカ!」ってね。

そいつが「私も大変なのよ~」ってグチみたいにこぼすなら「じゃあお仕事やめたらどうですか?よっぽど世のためになりますよ」と返してあげましょう(心の中で)。

そういう人は本当は「普通の人のように生きられない自分」に対して深い劣等感を抱きがちです。その裏返しとして「ワタシは他の人とは違う特別な存在なんだ!」とイキがってしまいがちです。

「普通の感覚」も「一般常識」もあまり持っていないので、人の気持ちを察することができない。結果的に「めんどくさいヤツ」「スーパーウルトラ自由人」になってしまうのです。

ただ別に擁護するわけではありませんが、こういう人は普通に生きるだけでもかなり大変です。お気の毒な一面もあるのです・・・実際に過去のセッションで、能力のコントロールができず人知れず苦しんでいる方からお話を聞いたこともあります。

しかし、霊能を使った仕事を望むなら、徹底的に自分を浄化しなければなりません。

それは大変な努力が必要でしょうが、逆に言えば「それでも本当に人の役に立ちたいという志」があるかどうかを、問われているのです。「思い」だけではダメです。独りよがりの「使命感」もダメです。

何度断っても周囲が「あなたの力が必要だ」と引っ張り上げてくれるまで、念を受けずに普通に接客できるようになるまで、徹底的に霊的な基礎体力を培わなければならないのです。

それができなければ、少なくとも霊能を使う仕事はしない方がいいのです。ちょっと厳しいかもしれませんが、逆に人に迷惑をかけるだけです。きっと不器用だから人間関係もうまく築けないでしょうが、どうぞ「普通の仕事」をしてください。それも「修行」なのかもしれません。


過去に某占い会社の事務スタッフさんから伺ったことがあるのですが、このタイプの占い師の多くは「本当に自分勝手な人が多い」「スケジュールを確認したくて何度も連絡しているのにまったく反応がない」「『あんなヘンな客は寄こすな!』と怒られる」とのことです。

「お互い様」「役割分担」だというのに・・・きっと事務所の給湯室で「アイツ、マジでキモいんだけど!」って言われてますよ(でもスバラシイ霊感があるからすでにお見通しですよね~)。

そういうめんどくさいヤツでも表面的には「スゴい先生」として、ファンタジーメガ盛りオニ盛りで権威を演出されているのです。「幼少の頃より天から授かりし、万象を透徹せる稀代の霊能」なーんてね。

もし力はあっても人格的に難しさを感じる占い師には、華麗にスルーすることをおすすめいたします。

世にも奇妙な「霊能力のドーピング」

背後霊が多すぎる
(画像は「ボケて」より)

補足の二つ目です。混乱するかもしれませんが、あえて言いましょう。

その占い師の背後に「低級霊さん」がついてしまうと「特殊な能力」が出てくる場合があります。だから「スゴい当たる」こともあるのです。

「うそやん、マジで?」と疑問に感じたかもしれませんが、一部はマジなのです。

占い師が人格の向上をおろそかにし、「特別な力が欲しい!欲しい!欲しい!」と強く思い続けていると、その人の肉体を使ってイタズラしてやろうという意図を持った「低級霊」が取り憑くことがあります。

「取り憑くこと」は意識の波長が合ったときに起こります。「特別な力が欲しい」という自分本意の意識の波長と、「それを使ってイタズラしてやろう」という低級霊さんの意識の波長とがピッタリ合ってしまうのです。

その結果、幸か不幸か、願いが叶って「特殊な能力」が高まることがあるのです。いわば「悪魔に魂を売った状態」ですね。これは「ドーピング」「麻薬」と言って良いでしょう。

「自分は神に選ばれた」とカン違いし、一時的に快感に満たされます。その代わり人格が低くなったり金銭欲や性欲が異常に強くなったりします。

こういう人は言葉では完全に言い表せない「ドス黒い異様な波動」をまとってしまうのです。この「ドス黒さ」は低級霊さんの波動によるものです。観ているとホンマ気持ち悪いんですよ・・・。

だから相談者や周囲とのトラブルが頻繁に起こるようになります。ただ一方でその「特殊な能力」を頼りにする信奉者が出てきたり、多少のトラブルは権力や金力でねじ伏せたりもするので、表面的には安定して過ごせる人もいます。

まぁそういう人が亡くなった後に往く「世界」は、そりゃもう悲惨なんですけどね・・・。

いわばヤミ金から多額の借金をしているようなものです。それにもかかわらず、ご本人は「神仏が願いを聞き届けてくれた」「私は選ばれた人間だ」なんて壮大なカン違いをしてしまうわけです。

その背後の低級霊さんは「低級」とはいえ霊的な存在なので、人間の目先の運勢がどう動くかはわかるのです。占い師はその力を借りているので、「めっちゃ当たる」こともあるのです。

低級霊さんの目的は人間を混乱させてイタズラ小僧のように楽しむことや、その占い師の肉体を借りて享楽にふけることです。

鑑定を途中で巧妙に外したり、脅かしたりして相談者が戸惑うのを楽しむのです。またその占い師を通じて高い金品を要求したり、性行為を強要することもあります。

後ろの低級霊さんは肉体を持っていないので「ブツとしてのお金」や「肉体的な快楽」は必要ないのですが、そこから「お金のエネルギー」や「性的快楽のエネルギー」を吸い取るのです。

以上を読むと「こういう人間にはくれぐれも注意しよう!」と思うはずです。ただしヘタに自信もあるしヘタに鑑定が当たることもあるので、その「見せかけの強さ」に魅力を感じる人が集まってきちゃうのです。

そりゃ魅力的でしょうね。説得力をもってズバズバ言ってくれるわけですから。人生に迷っている人からすれば、かなり心強い存在でしょう。でも、それは怖ろしい「依存のはじまり」かもしれないのです。


さらに厄介なことに、信奉者たちの「依存のエネルギー」によって、その人物の能力がさらに高まることがあるのです。

つまり、「この先生は超スゴい人であってほしい(そうすれば私は救われるから、頼れるから)」という期待感が、その人物をネガティブな意味で「応援する」ことになるのです。だからカルト宗教のリーダーは、一時的であっても「カリスマ性」を放つことがあるのです。

カルト宗教絡みの犯罪がメディアで報道され、その「教祖」の映像や写真が流れているのを見たとき、普通の人なら「なんであんなうさんくさそうなジジイ(ババア)にだまされるの?」なんて思うかもしれません。冷静に考えればその通りなのです。

ただ、それがカルト特有の依存的、密室的、秘密的、加えていま述べた「一時的なカリスマ性」が備わると「この人は救世主だ!」と感じてしまうわけです。ある意味で「究極の演出」といえるでしょう。

だから、たとえスゴい能力があるように感じても、その占い師の人間性に「曇ったもの」を感じるなら、勇気をもって避けることです。

そういう人と関わると一時的には救われたように感じても、そのネガティブな波動を受け、いつかは何らかのトラブルに巻き込まれる可能性が高いからです。

それを見抜くのはかなり難しいと思います。なぜなら、そういう人ほど「見た目」「演出」には気をつけるものですし、それなりに「良さそうなこと」も言うからです。

「パート2」で述べた通り、多くの人は「見た目」で判断するのです。「やっぱり人は内面だよ」なんて言ったところで、実際はイケメンや美人に惹かれるものです(笑)

だから、決して簡単ではないことを知ってください。特にその種の占い師と縁ができた後、「ワタシから離れると大変なことが起こるよ!」なんて脅されていると、縁を切るのは本当に大変なことなのです。

「真の占者は占わず」の意味

「パート1」「真の占者は占わず」という言葉をサラリとご紹介しました。矛盾した表現でわかりにくいと思いますので、最後のまとめとして少し説明しておきます。

なぜ本当に優れた占い師は占わないかというと、たとえ自分の見解が当を得たものであっても、それに相談者を依存させることで自ら考え判断する力を失わせることを懸念するからです。

だから占う代わりに大まかな方向性や指針だけ与えるのです。ときにはそれすらもなく、雑談レベルの会話のうちに相談者が自然と気づきや勇気が生まれるように導くのです。

さらには言葉を交わさなくとも、ただその占者と共にいるだけで、不安や迷いが静かになってゆく。これは達人レベルですが、そういう世界もあるのです。

「ズバズバ答えを言いまくる」「バンバン当てまくる」能力は、大きな魅力であることは否定しません。しかし、それは決して最上級の占いではないことを知っておきましょう。


なお、もしあなたが「占い師の●●先生、ホントに信用できるのかな?」という懸念があったら、手前味噌ですが「霊能者占い師を見抜く!」というメニューがあるので、どうぞご参考にしてください。

まぁその前に、「そもそもオマエが信用でけへんわ!」なんて思われているかもしれませんけどね(笑)

そう、信じるか信じないかは、あなた次第です!!


「パート3」は以上です。長い文章だったと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうございます!もし「パート1」「パート2」へ戻りたい場合は以下からどうぞ。

2018/09/02 更新