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マジスピ塾

勉強中の写真

このページは、「スピリチュアルやヒーリング等の仕事をされている方」、また「スピリチュアルをもっと深く学びたい方」向けのページです。

こういう方のお役に立てます

「個人セッション」にお越しになるのは、お悩みを抱えた方だけではありません。いつの頃からか、次のような方々からもご相談をいただくようになりました。

「占い師」「霊能者」「カウンセラー」「セラピスト」の方から「こういう相談者さんがいて手を焼いている。どう対応すれば良いか」「私にはこの相談者さんをこのように理解しているのですが、あなたからはどう観えますか」というご相談。

カウンセリングの世界で言うところの「教育分析」(心理カウンセラーが自分自身の成長のために受けるカウンセリング)や「実際の相談事例の検討」を行います。

「いつかスピリチュアルな仕事をしたい方」から、「将来独立するためにどういうことをすればいいですか?「そもそも自分には才能や適性があるのでしょうか」「あなたはこの仕事だけで生きていくために、どういう準備や修練をされてきたのですか」というご相談。

スピリチュアルな事柄に特化した個別アドバイス」を行います。

「スピリチュアルな事柄への知的好奇心の高い方」から、「仕事にするつもりはないが、霊的な世界にとても興味があるのでいろいろ教えてほしい」というご相談。

後ほど述べる「マジスピ講座」「レイキヒーラー養成講座」が参考になります。

ここでは以上の方々を「スピリチュアリスト」(霊的な価値観を求めて生きる人)と定め、それぞれのご要望に対するレクチャーを行うことにしました。これが「マジスピ塾」です。

「霊的な世界」は、本だけではわからない

最初から意図したわけではありませんが、気がつけば「先生の先生」みたいな立場になることがあります。ただ、私はそんなに立派な人間ではありません。自分の未熟さに嫌気がさし、「この仕事をする資格などない・・・」と思い詰めたことは数知れずです。また、私の師匠をはじめ、真に優れた方は他にたくさんおられることでしょう(そういう方はあまり表に出てこないのですが)。

ただ、私は霊的な能力のみで、暴利をむさぼることを戒めながら仕事をしています。それは、これまで行き過ぎた金銭欲で堕落してゆく方を何人も見てきたからです。そして、本で得ただけの知識を切り売りしているのではなく、限られた範囲ではあるけれど、普段から霊的な「現場」を体験し、そこから情報発振している者です。

だから、「スピリチュアルカウンセラー」「占い師」「セラピスト」等を生業とされている方でより研鑽を積みたい方、また霊的な世界を深く求めている方にとっては、多少ともお役に立てる部分はあるかと思います。

余談ですが、過去には「現役の整体師さん」からもご相談がありました。お聞きしたところによると、整体師さんの一部の方は、かなりスピリチュアルな価値観の強い方がおられるようです。それはそうでしょう。「からだの癒し」を求めていけば、必ず「こころの癒し」の世界に入ってゆくからです。「からだ」と「こころ」は同じカードの裏表だからです。

とはいえ、「こころの世界」はある意味で「何でもアリ」ですから、後にも述べるように、何が真実なのか迷うことがあるのです。そこでご相談をいただいたわけです。

その「心理的な事柄」以上に、「霊的な事柄」というのは、本を読んだだけで「本質」を掴むことは難しいのです。「目に見えないもの」を扱うだけに、「言葉の定義」が人によって異なっていることがあります。テキトーなことを言う人もいます。

特に「波動」という言葉は、物理学では明確な定義があるのでしょうが、スピリチュアル業界では曖昧に使われています。それでも「エネルギー」や「オーラ」や「氣」というふうに、おおよその言い換えは可能ですが。

一方、例えば「霊」という言葉になると、人によって様々な定義の仕方があります。本来「霊」とは「存在の根源」を示す(と私は定義している)のですが、人によっては「オドロオドロしい存在」として説明します。そういう「定義の違い」が「霊的世界」をよくわからないものにさせているのです。

もちろん、本はとても参考になるものです。だから「おすすめの本」のページまで作っています。ここでご紹介しているような良書を読むことで、学びはさらに深くなってゆくでしょう。ただ、それでも本は「しおり」「目印」に過ぎません。読んだ内容を本当に血肉にしてゆくには、「自分の身をもって知ること」が必要不可欠です。

特に「スピリチュアルな真実」は「生きることそのもの」と密接に結びついているため、ときに深刻な体験、「深く刻まれるような体験」をくぐり通らなければいけないこともあるようです。これは私も自戒とするところです。

「霊性レベル」の差は、ごまかせない

愛宕神社ブログ用
(画像は愛宕神社)

「定義の差」が生まれてしまうのは、実は「霊性レベルの差」があるからなのです。例えば、東京23区で一番標高が高い山は、愛宕神社(あたごじんじゃ)を構える愛宕山(標高25.7メートル)です。なかなか強い波動の神社ということもあり、何度か登ったことがありますが、その頂上からは新橋・虎ノ門のオフィス街を見渡すことができます。

一方、ちょっと極端ですが、富士山の頂上からは、もっともっと広く景色を見渡すことができます。見ている広さは違えど、両者とも「地上を観ていること」には変わりません。

このように、その人物の達している「霊性レベル」の違いによって、「見えている世界」が変わるのです。だから、ある人物にとっては、「霊」とはオドロオドロしい魑魅魍魎の世界です。「生霊が~」「怨霊が~」みたいな世界ですね。

一方、ある人物にとって「霊」とは「いのちの根源としての、無限なる光の世界」であり、まさに「聖なる世界」なのです。同じ「霊」という言葉でも、見方が全く違うのです。もちろん、これは知識としてのみ身につければ良いのではありません。

本当に大切なのは、単に知識でなく、こういうことを「実感」として感じられているか、そしてそれを行いに現すことができるか、ということなのです。その度合いが、まさにその人の霊性を示すことになるのです。振り返って、私がどこまで霊性を高めているかは、自分で言うことではありません。それはこれを読んでおられるあなたのご判断です。

もし他のページも含めてご一読いただき、「この人はそれなりの知見があり、それなりの実践もしているようだな」とお感じになるのであれば、お役に立てることがあるかもしれません。

この地上はカタチある世界です。「霊性が高いこと」をカタチの上で偽装することはできなくもありませんが、最後までその「偽装工作」を隠し通すことは、絶対にできません。

この私も、いくらこのサイトで「良いこと」「それっぽいこと」を語っていても、もし実際に体感がなかったり行動に現れていなかっとしたら、それだけ波動(オーラ)は不調和になります。

わざわざ不調和になりたいほどドMな趣味はないので、「実力以上に自分を飾っていないかどうか」「言葉と行いにズレはないか」、しょっちゅう自問しています。もちろんすべてのことが、できているわけではない。反省することは、たくさんある。しかし、その「問い」を忘れてしまったら、もうおしまいです。

「神界レベル」って、どんなレベル?

さて、ここでは具体的なエピソードを織り交ぜて説明していきます。

スピリチュアル的な事柄というのは、「わかったようでわからない」と感じることが多いかもしれません。それは説明する側に「霊性レベルの差」があることで物事の解釈にも差が出るから、ということはすでに述べました。

それに加え、「目に見えない領域」が広いため、ややもすると「体験的な確信」でなく「感覚的な憶測」に流れてしまうからです。さらに、まさにそのことによって、論理的表現の苦手な「先生」が少なくないからです。

つまり「フワッとした人」が多いわけです。だから、説明を聞く側は得てして「言っていることは何となくわかる気がするけど、少し突っ込むとよくわからない」という曖昧な理解レベルに留まってしまうのです。鋭い方なら「この人の言うこと、なんか薄っぺらいな」と感じることもあるでしょう。

もちろん逆から見れば、聞く側の霊性レベルやこれまでの体験や知見の程度も無関係とは言えません。ただ、その人の理解の仕方に合わせて説明するのが「先生」ですから、少なくとも私は「お相手が理解できないのは、自分の説明がヘタだからだ」と考えます

「曖昧な説明」の典型的なエピソードをご紹介しましょう。以前、あるお客さんからこういうご相談を受けました。「●●という先生から『あなたの背後には「神界(かみかい)レベル」の霊が守っている。だから安心しなさい』と言われたんですが・・・本当にいるんでしょうか?」と聞かれたのです。

これをお聞きして私が最初に感じた疑問は「えっ?『かみかいレベル』って何やねん?」ということでした。そもそも「かみかい」という呼び方を聞いたのは初めてで、「本来は『しんかい』と呼ぶんとちゃうの?」という疑問を抱いたのです。

この「かみかいレベル」とやらは、神仏の世界のどのレベルを指しているのでしょうか。守護霊か、守護神か、指導霊か、指導神か、動物霊か、低級霊か、高級霊か、いや高級霊になりすました低級霊なのか、それとも地球以外の知的生命体(宇宙人)なのか。私なら「波動を観る」ことで、(本当に高級霊なら畏れ多いことですが)おおよその見当をつけます。

それをハッキリ観ることなく、「かみかいレベル」とものすごく大ざっぱに言われたところで、意味がよくわかりません。そのご相談者もフワッとした理解では、確信に至ることは難しいでしょう。

「あぁ・・・その先生もよくわかってないんやろな」というのを、その「先生」自身の波動を観て察した次第です。「フワッとした説明しかできないのは、本当にわかっていないからだ」と見た方が良いでしょう。

そして、さらに疑問があります。「先生」のおっしゃる通り、背後に何らかの「神霊」が実際についているとしましょう。ただ、なぜ「だから大丈夫」なのでしょうか?「神様のご加護」があれば、本当に大丈夫なのでしょうか?

実際に「神様のご加護」があったとしても、「大丈夫ではない(と思っている)」から「先生」にご相談されているわけです。そうであれば、大丈夫な状態にしてくれない神様というのは、本当に「かみかいレベル」と呼べる存在なのでしょうか?

「うわー細かいなぁ~」とお感じになるかもしれませんが、こういうことをできるだけ突き詰めて考えていかないと、本当に腑に落ちる回答はできないと思います。

また、上の例だと「神々のお役割とは何か?」「神と人間との関係は何か?」「全知全能の神が宇宙を創ったなら、どうして世界にはいまだ悲しみが絶えないのか?」ということも、可能な限り追窮していなければ、やはり言葉は曖昧になってしまいます。

できる限りの追窮を
もちろん有限の知性である人間に「宇宙の本質」のすべてがわかるわけはないのですが、だからこそ未熟なりにも求め続けるのが、本来のスピリチュアリストの「あり方」のはずです。それは、私たちは有限の存在でありながら、内に「無限なるもの」をも宿しているからです。この「マジスピ塾」というのは、「宇宙の本質」を、「無限なるもの」を、一緒に追窮してゆく場でありたい、と考えています。それでこそ、「マジで真面目なスピリチュアル」ではないでしょうか。

「霊能開発」は、一切行いません

霊能開発はしません

誤解があるといけないのであらかじめお伝えしておきますと、「特殊な霊的能力」を得ることは、少し努力や修行をした程度では難しいでしょう。だから、このマジスピ塾で「霊能開発」は一切行いません。「霊能」は資格試験のように、誰でも勉強しさえすれば一定の水準まで達せられるものではないからです。人為の努力ではなく、「そのような『天命』を与えられているかどうか」という側面が強いと思います。

天命の現れ方は大きく2点あり、生まれつき能力があるパターンと、あるとき急に開花するパターン。私の場合は後者ですね。

以前、「スピリチュアルカウンセラー」の先駆者である「江原啓之さん」のラジオ番組を聞いていたら、リスナーからの質問に「私もスピリチュアリストになりたいのですが、どうすれば江原さんみたいになれますか?」というものがありました。

江原さんのご回答の要旨は、「それは天のはからいによって決まるもので、なりたいと思ってなれるものじゃないんです。それよりも、いまあなたの置かれている場で、愛を実践すること。それこそがスピリチュアルなんですよ」というものでした。明快なご回答。流石でいらっしゃいます。

もちろん、「タロット」「オーラソーマ」「占星術」「数秘学」の道具や統計を使うものや、「カウンセリング」「マッサージ」などの対人援助の技法は、本当にしっかり学べば、一定水準のレベルまで達せられるでしょう。またスピリチュアル色の強い「(エネルギー的な)ヒーリング」も基本的なことに限れば、手前味噌で恐縮ですが「レイキヒーラー養成講座」で学ぶことができます。

しかし、「どうすれば『波動を観る』というような特殊な能力を身につけられますか?」というご質問に対しては、冷たいようですが「わかりません」としかお答えできない。それは「過去世を観る能力」「(低級霊も含みますが)神霊と通じる能力」「難病をも癒すヒーリング能力」というご質問も含まれます。

せいぜい「そういう天命が与えられてるなら、必要なタイミングで、何かのお導きがあるんとちゃいますか」としかお答えできないのです。だから、もし上記のような「特殊な霊能開発」を期待しておられるなら、残念ながらそれにはお応えできません。

安易な「霊能開発」は危険

スピリチュアル業界を見渡してみると、例えば「あなたもオーラが観えるようになる」「スピリット(霊)と対話ができるようになる」「アカシックレコードに自由にアクセスできる」などと、「霊能開発を謳うスピリチュアルセミナー」があります。そこでは「この方法を学べば、誰でも簡単に霊能開発できる」みたいな広告宣伝がなされています。果たしてこれは本当でしょうか。

私は「安易な霊能開発」は危険だと考えています。だから、そういったセミナーも厳しい吟味が必要でしょう。例えば「第6チャクラを開くことで、目に見えない世界が観れるようになる」というセミナーにおいて、「チャクラ瞑想」とやらで無理に眉間の第6チャクラをこじ開けてしまったため、精神的におかしくなった人がいるという話を聞いたことがあります。

チャクラは主要なものが「7つ」あると言われています。本来は真ん中(ハート)の第4チャクラを中心にバランスよく、かつ自然に開くことが正しいやり方です。しかし、特定のチャクラのみを開くため、他のチャクラとの調和が取れなくなりおかしくなってしまうのです。

他にも、例えば「この瞑想法で第7チャクラを活性化させることで、無限の創造力を発揮できるようになる」みたいなセミナーは魅力的に感じます(そしてお金にもなる)。しかし第7チャクラを本当に開きたいなら、そんな「怪しい方法」は必要ありません。本当に世のため人のため何かを生み出したい意欲を持ち、その成就に向け行動し続けるなら、特に何か「修行」をしなくともチャクラは自然に開いていくのです。

また、「オーラが観えるようになる」といっても、それはせいぜいエーテル(肉体に最も近いエネルギー体)のレベルでしょう。その程度なら、訓練すればある程度わかるようになります。しかし、それ以上のレベルを観るとなると、「誰にもできる」ものではありません。無理にやろうとすれば「第6チャクラを開きましょう」という「不自然な修行」に陥ってしまうのです。

また、これは怖ろしいことですが、安易な動機で「霊能を得たい」と思い続けていると、「低級霊」「動物霊」が取り憑いてきて、それなりに「霊的能力」が出てきてしまうことがあるのです。しかし「いやー願いが叶って良かったですね~」と言えないのは、その代償として人格が低劣なものになったり、金銭欲や性欲が過剰になったりするからなのです。

「スピリチュアルビジネスセミナー」に要注意

ハンドパワーかな?

以上に加え、そういうノウハウやコンテンツを提供する側に、総じてあまり「純粋な意図」を感じないのも、安易に取り入れるのは要注意だと考える理由です。また、たとえ提供する側が「自分たちは純粋な使命感を持ってやっているんだ!」と強く思っていたとしても、波動を観てみると「あまり清らかではない」と感じるケースもあります。

一部のスピリチュアル好きの「神秘的な力が欲しい」「魔法使いみたいになりたい」「現実の苦しみから逃避したい」などの、ともすればファンタジーに陥る需要。また、そこまでオタクでない「そこそこスピ好き」な人にあり得る「自分は会社勤めには向いてないな・・・何か『自分にしかできないこと』があるんじゃないか」という自己実現欲求。

そういった「スピリチュアルニーズ」に対し、「あなたも『スピリチュアル的な幸せ』と『物質的な豊かさ』を両方を手に入れることができる。このメソッドやノウハウさえあれば・・・」と、魅力的にパッケージングされた「スピリチュアルビジネスコンテンツ」を、計算され尽くしたコピーライティングでもって訴求するわけです。

そのような「ビジネスコンテンツ」にもまた「波動」があります。それをときおり観ることがあるのですが、「いやーこれは素晴らしいな!」と感じるものは、少なくとも私は知りません。それは、提供する側の波動もさることながら、本来「真に力のあるスピリチュアリスト」は大量に育成できるものではない、という事情もあるのでしょう。

先ほどご紹介した江原啓之さんのお考えの通り、本当は天命によって決まるもので「誰にもできるわけがない」のに、より多くの集客のため「誰にもできる」と謳ってしまうところに、波動が重くなる要因があるのかもしれません。

ただ、上記の「スピリチュアルニーズ」はあり続けるでしょうから、今後も「育成系のスピリチュアル自己啓発ビジネス」がなくなることはないでしょう。だから、そういうコンテンツを提供する方々の多くは、「生粋のスピリチュアリスト」ではなく、スピリチュアル市場でメシを食っている「スピリチュアルっぽい実業家」または「スピリチュアルっぽいマーケッター」ではないかと考えています。

もし、それで正当に収益を得るのなら、私は「全然アリ」だと思っています。しかし、何をもって「正当」とするかは、よくよく考える必要があります。そうでないと、「なんちゃってスピリチュアリスト」が世に蔓延することになるからです。

たとえ「純粋な意図」でノウハウを提供していたとしても、その結果として「見かけ倒し」が広がるなら、本当の意味で「世のため人のため、そして天のため」にはならないからです。

そしてその場合、おそらくそのセミナーで語っているだろう「与えるものは、受け取るもの」という原則によって、提供側は「収益」とともに、「より重たい波動」まで受け取るのです。だから、その意図は本当に純粋なのかどうか、何度も何度も何度も何度も、自問自答する必要があるのです。

「目に見えない世界」を扱うだけに、逆説的に「目に見える結果」を「天」から厳しく問われることになるのです。私はこの文章を作りながら、その「厳しさ」を感じています。

「霊能開発は誰でもできる」立場への注意点

これまで述べた通り、私は「霊能は誰でも開発できない」とする立場です。もちろんいろんな考え方があるでしょうから、「霊能は誰にも開発できる」とする立場もあるでしょう。それを全面的に否定するものではありません。

ただし、後者の立場について、注意すべきポイントは2点あると考えています。1点目は、「その霊能を開発できるのは、どのレベルまでを言っているか」ということです。それが「スゴい秘術」や「マニアックなレベル」を目指しているものほど注意が必要です。

先ほどから何度か述べている「レイキヒーラー養成講座」というメニューは、厳密に言えば、霊能開発の一つに当たるものです。これは約100年にわたって生き残っている「ヒーリングの基本技法」です。それに、あまり難しい方法論はありません(背景にある思想や哲学は深いですが)。

もちろん自己研鑽は必要ですが、順を追って学べば、誰でも修めることができます。また、レイキについてはすでにたくさん情報が出ているので、およそ「秘術」や「マニアックなもの」でないことは「周知の事実」です。私はこのように理解しているからこそ、メニューとして情報発振しているのです。

しかし、例えば「すべての願望が簡単に成就する秘法」とか「霊的な存在と自由にコンタクトが取れるようになる秘術」とか、「超常的なもの」であればあるほど、疑う必要があります。私の知る限り、その種のスピリチュアルセミナーでまともなものは、ほぼ皆無に等しいです。もしまともなものがあるとしても、「極めてクローズな場」で行われているのではないかと思います。安易に公開するのは危険だからです。

次に「霊能は誰にも開発できる」という立場について、見るべき2つ目のポイントは、「それが客寄せのフレーズになっていないかどうか」ということです。もっと言うと、宣伝している人物や団体の「単なる金儲けの手段」になっていないか吟味するということです。

やはり「誰でもできる」と言われると、霊能開発に多少でも興味のある人は、つい興味を持ってしまうものです。特に「書籍」や「ウェブ媒体」というのは、「タイトル」や「キーワード」によって、かなり注目度が左右されます。だから、注目されるには、それなりに「エッジの効いたフレーズ」を使う必要があるのです。

その結果、「誰でもできる」というフレーズだけでなく、「これまで口伝のみで伝わってきた秘法が、ついに今ここに公開される」とか「『5次元波動』を超え、今や『7次元波動』を下ろせるようになる」とか、「なんだかよくわからないフレーズ」へと表現がインフレーションしてゆくのです。

おおよそ「オーバーな表現」であるものは、まずダメだと思った方が賢明でしょう。特に霊能開発に心惹かれる人は、「人柄が良くて、純粋に物事を信じやすい」タイプの方が少なくないように感じます。だから、「魅力的なタイトルコピー」を見たら、一度冷静になることです。そして、「主催者の人物」をよく見てみることです。

たとえ波動が観えなくとも、その人物から「清らかなもの」を感じなければ、それに手を着けてはいけません。ただ、マーケティングに長けた人物であるほど、「見た目」にはとても気を遣うものです。おそらく人物写真はプロカメラマンが撮影したものを使うはずですし、服装もビシッと決めているでしょう。

正直言って「見抜く」のは、過去に痛い目にでも遭って学習していなければ、かなり難しいと言わざるを得ません。私がときどき意外に感じるのは、「見た目」はすごく立派そうなのに、「波動」はとっても重たい人物を観るときです。「これは波動が観えんかったら、たぶんわからへんやろなー」と思いますね・・・。

以上、霊能開発セミナーの類を否定的に意見してきました。とはいえ、すべてを否定しているのではありません。霊的な世界を知る「きっかけ」としては、これらのセミナーは参考になるでしょう。

例えば「エーテルレベルのオーラ」を感じることで、「あぁ、この肉体がすべてではないのだ」と認識できたら、死に対する考え方が変わり、怖れから少し距離を置くことができるかもしれません。

また「守護霊」や「守護天使」の存在を知ることで、何の変哲もない日常も、少し有り難さを感じられるようになるかもしれません。逆に「いや、それは違うんじゃないかな」と疑問点が出てきたとしても、それはさらに追窮してゆくための問題意識に変えられるわけです。

「スピリチュアルビジネスセミナー」に多額を費やしたとしても、スピリチュアルでメシを食っていくことはできないかもしれません。ただ、それでもそこで得た考え方、物の見方というのは、本当に真剣に学んだなら、間違いなく人生の役に立つでしょう。「おすすめの本」のページ冒頭でも述べているように、どんな内容のものでも、こちらの受け止め方、活かし方によって、いくらでもプラスにすることができます。

本当に力と意欲のある方は、セミナー講師の話をきっかけに、その講師以上の「気づき」を得るでしょう。どんなことからも「成長の糧」を見出してゆくでしょう。前述したように、「霊性レベル」が高い方は「視野が広い」からです。その上で意欲があれば、同じ話を聞いても、より深いものを掴み取ることができるのです。そういう方の中から、真に人の役に立てるスピリチュアリストは生まれるのでしょう。

だから、無駄のないことは、一つもありません。とはいえ、やはりコンテンツを提供する側としては、「安易な霊能開発セミナー」になっていないかどうか、「安易なスピリチュアルファンタジー成功哲学」を吹聴していないかどうか、厳しく自問自答していただきたいものです。もちろん、それはこういうページを作っている私自身もそうです。

「宇宙の本質」を、ただ追窮したいだけ。

私は自問自答を経て、繰り返し述べているように、「安易な霊能開発」は行いませんし、まして「あなたもスピリチュアルでメシが食えるようになる」なんてことは、口が裂けても申しません。

さらに、単に私の話を聞いて「知識を増やすだけ」では、ほとんど意味がないことを付け加えておきましょう。自ら問い、自ら行じ、自ら掴む。その姿勢がなければ、血肉になることはあり得ない。

私にもささやかながら能力があるので、もしそれをマーケティングの手法を総動員し、「あなたも波動が観えるようになる」と大々的に宣伝すれば、ある程度の集客はできるかもしれません。ただ、それをしてしまえば、お金とともに「重苦しい波動」を背負うことになるでしょう。

そうではなく、特殊な霊能が発現するかしないか、仕事になるかならないかは天命の定めるところで、私はただ「宇宙の本質」を、「無限なるもの」を、ささやかでも真剣に追窮していきたいと思っているだけです。

その「ただ、知りたい」という望みは、「特殊な霊能」を得るもっと以前から、持っていました。途中で何度も捨てかけましたが、かろうじて、今でも持つことができています。

天は、自ら助くる者を、助く。

一隅を照らすともしび

「特殊な能力」は、きっと身につかない。しかし、これから述べる講座の内容を一通り学び、あとはご自身で問い、行じ、深めていくこと。それは、「自然の仕組み」「波動の法則」「神の摂理」と呼ばれるものを、自ら行いに現してゆくこと。それによって、波動(オーラ)が「本来の輝き」をより発揮してゆく。そのプロセスにおいて、以前より精神的な豊かさを多く味わえたり、直感力が高まったり、人に対する共感力が深まったりしてゆく。

実は、それこそが、「真の霊能力」なのです。なぜなら、私たちは「霊的な存在」だからです。「特殊な能力」は、しょせん特殊なものに過ぎません。

その結果は、「好きなことだけして年収●万円」というような、「わかりやすい成功事例」ではないかもしれない。依然として目の前にあるのは、何の変哲もない日常かもしれない。ただ、その「光景」は、今までとは違う「輝き」を放っている。私が輝いていれば、世界は今日も美しい。

そんな「輝ける人間」を、「天」は決して放っておかない。たとえ小さくとも、「一隅を照らす『ともしび』」となるべく、あなたを導くことでしょう。たとえ「守護霊」や「指導霊」を肉眼で見ることはできなくとも、そのときのあなたには、もうわかっている。「すべては、導かれている」のだと。「必要なものは、すでに与えられていた」のだと。その気づきは「光そのもの」です。

もはや以前のように力まなくても、その「光の波動」は静かに波紋を広げ、この世を照らしてゆくことでしょう。そして「与えるものは、受け取るもの」という原則により、あなたはさらに受け取ることを、自分に許せるようになるはずです。

・・・何だか「大風呂敷」を広げてしまいましたね。ただ、これが実感なのです。もちろん、ここで述べたことは、そのまま私に問われること。「お前は、そう言えるだけの豊かさを、直感力を、共感力を、持っているのか」と。

まだ、絶大なる自信を持って「イエス!」とは言えません。けれども、かつて自分のことを「人間のクズ」だと思った時代。「自分なんか死んだ方がいいんじゃないか」と、自己嫌悪に苛まれていた時代。まるでその時代が懐かしいどころか、もはや「過去世」ではないかと思えるぐらい、有り難い日々を過ごしています。

現象的には、千葉の片隅で小さな仕事をしているだけ。ときどき出張で、主に東京都内に出るだけ。しかし、私は自分は与えられた「天命」を、確かに生きている気がします。その証拠に、独立してからというもの、特に宣伝らしい宣伝はしてこなかったけれど、生活に困ったり、大きなトラブルに見舞われたことは、一度もありません。それは、やはり以下でお伝えするような学びを、途中で何度も脱落しかかったけれど、それでも少しずつ深めてこれた結果だと思うのです。

しかし、今後もし大きな困難やトラブルがやってきても、それはそれで、大いに結構なことなのです。なぜなら、「すべては学びとしてやってくる」ということが、今はある程度のレベルでわかっているからです。まぁ実際にその渦中に投げ込まれたら、私も人間なので「もうイヤや~!ホンマ勘弁してや~!」と、弱音を吐くことはあるかもしれません。

ただ、それでも大きく逸脱することは、もはや絶対にない。たとえ途中で大きくスピンアウトしたとしても、いつか必ずロードサイドに戻ってくる。その自信はあります・・・いや「自信」といっても、あまり意識しているわけではないのですが・・・ただ、「何があっても、絶対大丈夫」という思いは、「意識の深い部分」にどっしりと横たわっているような気がします。

何度でも言いましょう、「与えることは、受け取ること」そして「受け取ることは、与えること」だと。教えることは、教わること。教わることは、教えること。この「マジスピ塾」の最大の生徒は、私自身です。私が今まで学んできたことを、あなたの「行じてゆくためのご参考」としてお伝えすることを通じ、私もさらに学んでいきたい。成長していきたい。そう願っています。

「マジスピ塾」で行うこと

上述の「霊能開発セミナー」や「スピリチュアルビジネスコンテンツ」のお話は、「マジスピ塾」のスタンスをお伝えするための長い補足でした。スタンスをご理解いただいたところで、もう一度「マジスピ塾」で何を行うか、ということを整理いたします。

「占い師」「霊能者」「カウンセラー」「セラピスト」の方へ

いまご自身に必要な気付きを深めるための「教育分析」(自分自身の成長のためのカウンセリング)を受けていただいたり、「過去の相談事例の検討」を行います。また、お仕事を水面下で支える「より深いレベルの霊性」を追窮していきます。また、「レイキヒーラー養成講座」もお役に立てるかもしれません。

「いつかスピリチュアルな仕事をしたい」方へ

すでに述べた通り、「安易な霊能開発」は行いませんし、「スピリチュアルでメシを食う」保証も一切しませんが、もし仕事をするとしたらどういうことを学べば良いのか、どういう「あり方」と「やり方」が必要なのか、という「個別アドバイス」を行います(ただし、経営ノウハウは個人的経験の範囲でしか語れません)。

「スピリチュアルな事柄への関心が深い」方へ

すぐ下で述べている「マジスピ講座」や「レイキヒーラー養成講座」がご参考になります。「レイキヒーラー養成講座」は「スピリチュアルの基本を学ぶこと」を大きな目的の一つとしているからです。ただ、まずは「霊的世界入門」をはじめ、このサイトの他の文章を読んでいただくと良いでしょう。なぜなら、単なる宣伝だけではなく、何かの知見を得ていただくことを意図しながら作ったものだからです。

「マジスピ講座」一覧

現時点では、一つの項目に対し、「120分・マンツーマン」で行っています。

  1. 守護霊・指導霊のご加護を受けるには
  2. 地球界・幽界・霊界・神界のしくみ
  3. カルマを学びに変える方法
  4. 波動・オーラを高める方法
  5. 自分でできる浄霊と浄化
  6. 引き寄せ”ない”法則
  7. 祈りと天命と導きについて
以上の項目のアウトラインは、「霊的世界入門」で説明しています。まずはそちらを読んでいただくと良いでしょう。それをより深めたものがこの「マジスピ講座」です。おそらく「引き寄せ”ない”法則」が少し謎めいていると思いますが、決して「タイトル間違い」ではありません。世に広まっている「引き寄せの法則」以上に大切なことをお伝えします。

「霊的世界入門」はできるだけわかりやすく述べたつもりですが、それでも文字情報だけでは細やかなニュアンスが伝わりにくいかもしれません。また、「文字」よりも「音声」の方が理解しやすいタイプの方もおられるでしょう。そして、現在はマンツーマンで行っているので、細やかなご質問にも柔軟にお答えできるものと思います。

すでにある程度学んでおられる方は、これまでの学びと違う内容が出てくると、「あれ?自分が過去に勉強したのはこういうことなんですけど、それとはどう違うんですか?」と、次から次へと疑問が湧いてくるようです。その意味でも、マンツーマンというスタイルはなかなか意義があるだろうと思います。

私もまだ学びの途中ですが、それでも霊的な能力一本で仕事をしている人間です。単なる「知識の切り売り」をするつもりはありません。もしあなたに「より学びたい意欲」がおありであれば、どうぞお問い合わせいただければと思います。

全体の注意事項

これまで述べたことと重複する部分はありますが、「お申込み前の確認事項」として、改めてお伝えします。

  • 「安易な霊能開発」は行いません。
  • 「スピリチュアルビジネス」で生計を立てる保証は、一切いたしません。
  • 単に話を聞いて知識を増やすだけでは、ほとんど意味がありません。「自ら問い、自ら行じ、自ら掴む」姿勢をお持ちになってください。
  • 「経営ノウハウ」は、個人的経験の範囲でしかお伝えできません。
  • 「マジスピ講座」のすべてを修了されても、「修了証」などは発行いたしません。つまり、一切の「お墨付き」を与えないということです。「墨」は自ら磨ってください。
  • 内容は予告なく変更する場合があります。

なお、この補足として、もし余裕があれば「個人セッション」の「【重要】料金・注意事項」の冒頭2つのタイトル(「受けられないご相談」と「当方のスタンス」)を読んでみてください。当方の姿勢がよりご理解いただけるものと思います。

料金

「教育分析」「事例検討」「個別アドバイス」
・60分 / 20,000円
・30分延長につき、10,000円いただきます。

・「個人セッション」と全く同じ料金体系です。ただし、経営者の方でも経営相談ではありませんので、この価格でさせていただきます。

「電話セッション」でも同料金で承ります。


マジスピ講座
・210,000円
・全7項目。1項目あたり「120分」(つまり、1項目あたり30,000円)。

・厚いテキストはありませんが、振り返りのための「レジュメ(概要)」をお渡しします。

・「単発の受講」は承っていません。

・遠方にお住まいの方は、さすがに電話では難しいので、同料金で「スカイプ」や「ハングアウト」等で承ります。

料金に関する注意事項

  • 「教育分析」「事例検討」「個別アドバイス」の料金は、セッション後に頂戴します(初回は事前振り込みをお願いする場合があります)。
  • 「マジスピ講座」の料金は、事前に一括でお振り込みいただきます。
  • 開始時間に遅れても、予定通りの時刻に終わります。もし延長される場合は、30分あたり1万円を頂戴します。お時間には余裕をもってお越しください。
  • 上記の料金は消費税込みです。
  • 料金は予告なく変更する場合があります。

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2018/08/13 更新