11月11日「人生を変える断食」講座を開催します!

霊能者占い師を見抜く!

地獄に落ちるわよ!
(ネットより拝借。インパクト大ですね)

霊能者や占い師の見極め方については、すでに「インチキ霊能者にご用心」「占いとの根本的な違い」のページで、じっくり説明いたしました。かなりボリュームがありますが、この二つも読んでいただくとこのページの理解がより深まるかと思います。

このページでは「上の二つのページのまとめ」という意味、そして「少し別の角度から整理する」という意味でさらに説明していきましょう。このページもまたボリューミーですが、もしあなたがご興味があれば意外とスイスイ読めるかなと思います。

なお、このページもまた根本は「自己批判」です。他人の批判だけを行い、悦に入るものではありません。が、もし「行間」に軽薄さがにじみ出ているとすれば、それは私の未熟さゆえであることは言うまでもありません。

ここがヘンだよ霊能者(占い師/宗教家)

企業社会では「80対20の法則」ということが言われています。これは「組織の中で仕事のできる人は全体の2割」と言われる法則です(「2・6・2の法則」と言われることもあります)。私は10年ほど企業組織にいたので、感覚的によくわかります。

例えば「全体で10名の『営業第二課』」であれば、2人がとても成績が良く、6人が普通で、残り2人は上司からの「有り難ーいご指導」が待っています(かつて私もその「薫陶」を受けたものです)。

これは「他の世界」にも応用できるものです。例えば、「それなりに夫婦円満な家庭」は全体の2割で、それ以外は「最高の修行の場」「最高の愛の巣」なっているという・・・私はこれまでのセッションの経験から「確かに!」とうなづけます(いま、あなたも「んもう最高です!」と、激しく首を振っているかもしれません)。

また、驚くことに「働きアリの世界」もまた、「本当によく働くアリさん」は全体の2割だそうです。ひるがえって霊能者」「占い師」「宗教家」の世界を眺めていますと、上の例と同様、信用できる人は2割、いや場合によっては「もっと少ない」かもしれません。

企業の力量は「営業利益」として数値化されます。もちろんその数字がすべてではないにしても、実績を判別する指標としては手堅いものです。かつて、私が在籍していた会社の営業部では「数字は人格」と言われていたのを思い出します。より多く売上数字を出した人が(少なくとも営業としては)「人格者」だったのです。

一方、「目に見えない世界」に触れるスピリチュアル、占い、宗教の世界は「目に見えない世界」を扱うため数値化が難しい。何とでも言えるため、一般企業より大きく「ゴマカシ」がきいてしまう。それがなんとも悩ましいわけです。

「このページの内容は、もちろん私自身にも問われていること」を大前提に言えば、「信用できない8割」は以下のいずれかに当てはまります。
 

  • 悪徳
  • 不徳
  • 勉強不足
  • 一般常識が足りない
  • 見かけ倒し
  • 能力メガ盛り誇大宣伝
  • 良いことしか言わないテキトー鑑定
  • 依存心や恐怖心につけ込む
  • 実は心を病んでまーす(^o^)
  • 一方的な説教
  • ブチギレモードで「地獄に落ちるワヨ!」
  • ぼったくり鑑定料金
  • 性欲エロガッパ

そういう人も、ホームページやブログ等で「それなりに良いこと」を「それなりの論理」で述べていたり、「特殊な能力」や「悟りの体験」があったり、メディアで取り上げられているような「実績」があったりすれば、「なんとなく良さそうに見える」でしょう。

人格は「波動」に出る
しかし、そういう「見た目」「見かけの実績」だけではまだわからないのが、なんとも難しい。本当に信頼できるかどうかは、関わってみて初めてわかるものです。とはいえ私は波動(オーラ)を観れば、会わなくてもかなり見当がつきます。

 

残念ながら「不調和で重たい波動」を放っている人は少なくありません。たとえ多少の「実力」や「実績」があろうとも、それだけで決して判断してはいけません。「人は見た目」なので簡単なことではありませんが、本当は「人格」や「誠実さ」まで観てゆく必要があるのです。

 

そうでなければ、一時的に不安や迷いは晴れたとしても後で何らかの「トラブル」に巻き込まれたり、「恐怖心」や「依存心」を刺激されたりすることがあるかもしれません。最悪の場合、多くの「時間」と「お金」と失った上に、深い精神的苦痛を負うことにもなりかねないのです。

「この先生どうですか?」というご相談の多さ

私はまだ駆け出しの頃、スピリチュアルや占いの業界がどういう場所か、ほとんど知りませんでした(新興宗教の世界は多少知っていましたが)。ただ、そのうちお客さんから「霊能者/占い師の●●先生にこういうことを言われて悩んでいます」というご相談が、ちらほら出てきたのです。

お話を伺ってみると、もうびっくりするのなんのって!「えー!」「うっわー!」「うせやん!」「マジっすか!」「ありえへん!」と、そこらへんの中高生と同じような言葉しか出てこない。

例えば、過去に不倫のご相談をされたお客さんから「以前●●という霊能者の先生から『あなた、不倫はどんどんしなさいよ』ってアドバイスされたんですけど、これってどうなんでしょうか?」と聞かれたことがあります。

私がもしその現場にいたら、「おうおうおう!ネエさん(ニイさん)ちょいと待ちやがれい!してみると、そのお言葉、いったいどんな料簡で?」と身を乗り出しているに違いない。

だって、「不倫しなさい」ってさぁ・・・「人生一度。不倫をしましょう。」で有名な不倫SNS「Ashley Madison」(2015年7月にハッキングされた結果、クズサイトであることが判明)じゃあるまいし・・・それが言えるためには、よほどの事情がなければアカンでしょ・・・。

まぁそれは直接は聞けないので、代わりにその霊能者や占い師の「波動を観る」わけです。そうすると、

「あっ・・・(察し)」

と、その人がどんな程度の人か、という理解が得られるのです(何から何までわかるわけではありませんが)。ここでは「メチャクチャなこと言うてはるなぁ・・・」と。ご相談者さんには、その人との他のやり取りまでお聞きし、「あぁ・・・だからこんな波動してはるんやな」と、さらに理解を深めていくのです。最初は驚きましたわ・・・。

また、「マジスピ塾」にときおり来られる現役の霊能者さんや占い師さん(有り難いことに真摯な方ばかりです)とお話をする中で「業界話」が出ることがあります。そこでは「実はあの先生はですね、お客さんと肉体関係を持って問題になったんですよ」と、リアルな話が出てくることもあります。

上の囲みの最後に「性欲エロガッパ」と書いたのはコレが理由です(カッパさんには申し訳ないのですが・・・)。中には「浄霊」や「ヒーリング」と称し、肉体関係を迫るゴミクズ野郎までいるんですよ・・・実際に被害に遭った方もおられるのです。政治家や官僚のセクハラ問題が可愛く思えてくるぐらいです(それもアウトですが!)。

霊能者の「7つのタイプ」

さて、そんな霊能者(占い師/宗教家)のタイプを、ここでは「7つ」に分けてみました。

もちろん人それぞれ「独自の性格」があるので、本当は単純に分けることなどできません。「いくつかの組み合わせ」であることも少なくないと思います。

また、もっと特殊な場合もあるでしょう(実際、マジで「ブッ飛んだ人」もいます)。

以下を書き終えてから改めて感じたのは、これは「霊能者のタイプ分け」にとどまらず、「スピリチュアル好きな人のタイプ分け」にもなっているということです。なので、「霊能者」「占い師」「宗教家」という特殊な人種だけに限らず、より広い視点でご一読いただければと思います。

もし読んでいて「イラッとする」「モヤッとする」部分があれば、(私の表現の拙さを除けば)あなたの中にその要素が隠れているのかもしれません。

あくまで可能性なので、断定はできませんけどね。

なお、以下は「芸能人のモノマネ」のように、多少の誇張をしています。そうした方がわかりやすいからです。ただ実際はすべてこの通りではないでしょうから、あくまで見分けるためのご参考としてください。「あっ、近くのスピってる人にこういうタイプいるいる!」という発見があればうれしいです。

多くの人は「発展途上」
ひとつ注意点ですが、「波動が重たい・暗い」からといって、それがそのまま「ダメ」なのではありません。もちろん悪どいやり方で金儲けしか考えていないアホは論外ですが、中にはご本人なりの「正しさ」や「信ずるもの」があって活動されている方もおられます。

 

ただ、私自身も当然そうですが、それはまだ「発展途上の段階」なのです。世の中に「非の打ちどころのない素晴らしい人物」は、めったに存在するものではありません。多くの人は「一芸に秀でる」ところはあっても、ある意味で「人間らしい欠点」も持っているものです。

 

特に宗教やスピリチュアル方面では先生を「神格化」してしまう傾向があります(その敬意が学びを促進するので、決して悪いとは言いませんが)。中には「本当にスゴい人」もおられるのですが、やっぱり多くは「発展途上」なのです。

 

その意味で、このメニューは「冷静な視点」「一歩引いた目線」をご提供するものでもあります。どうぞ「一芸を学ぶ」ためのご参考としてください。

1「俺は天才アミバ様だ~」タイプ

俺は天才アミバ様だ
(「パチスロ北斗の拳」より拝借)

まず「アミバ」が何かを説明しないといけませんね(笑)これはマンガ「北斗の拳」の悪役キャラです(いかにも男子っぽいネタの選び方ですみません 笑)。主人公ケンシロウの兄に「トキ」という人物がいます。トキは深い慈悲と知性、そして繊細かつ高度な戦闘能力を兼ね備えた「誰もが尊敬する人格者」です。

 

このアミバはトキが放射線被爆による病であまり活動できないのをいいことに、「トキのニセモノ」を演じ、罪のない人々を傷つける器の小さいヤツなのです。最後はそのショボさに見合った「みじめな死に方」をするのですが・・・そのアミバの決めゼリフが、上の写真にある「おれは天才だ~!!」です。

この「アミバタイプ」(男性だけでなく女性も含みます)は、大した見識も実力もないのに、さも「わかっている」「自分はデキる」と演出したがるのです。また、アミバがトキとそっくりの服装をしたように、それっぽい「コスプレ」をしています。

男性であれば、「売れないホスト」のような格好や、白装束や作務衣で「そっち系アピール」をしている人が典型です。女性であれば「地球を愛してます」的なナチュラルエコな服装でしょうか。その上でプロフィール写真をフォトショップで加工しまくっているかもしれません。

また「二の腕ダイエットですか?」と聞きたくなるぐらい、腕にパワーストーンをジャラジャラ巻き付けている人もいます(笑)たまーに男性でも見かけますが。

あと、このタイプの霊能者(占い師/宗教家)は、同業者を強く批判する傾向があります。「ぼったくり浄霊、そんなの許すまじ!」とか「『オマエは地獄に落ちる』なんて言う同業者は相手にしてはいけない!」とか。「こんなヤツはダメだ!!」ってすごく主張するのです。

逆に言うと、「自分はそんなこと絶対しない」とか「困っている人は、みんな私のところで救われた」とか、自分の「公明正大さ」や「力量のすごさ」をアピールする・・・ところが、実際は自分も似たようなことをやっているのです(-_-;) 「オマエが言うなっちゅうねん!!」って言いたくなるわけです。

「アミバタイプ」のブログなどを読むと、一見「もっともらしいこと」を書いています。しかし、少し注意深く読んでみると、論理的に矛盾していたり深掘りがされていない。また、どこかの文章のパクリや名言っぽいワードを並べているだけで、実は大して自分の考えや体験を述べていないのです。実は、見識も自信もないのですね。

そのくせ、劣等感の裏返しから「俺は天才だ~」と匂わせてくるので、「隠し切れないバカ」が一層引き立つのです。少しカンのいい人、またスピリチュアルをよく学んでいる人から見れば、「あ、コイツはバカだwww」と感じるはずです。ここで述べている7つのタイプの中で一番わかりやすいのが「アミバタイプ」と言えるでしょう。

すでに何度も述べている通り、できもしないことを「さもできるように」見せかけたり、すべてがうまくいったわけでもないのに「自分の力でみんな救われた」なんて誇大宣伝したりする人も、このタイプの中に入っています。

こういう人は、ほぼ確実に「波動が重たい」のです。頭も尻も隠してはいるけど、「波動までは隠せない」のです。まぁ中にはあえて見せたいのか、「ケツ丸出し」の人もいますがね(汗)。

私はこうなるのがイヤだから、たとえ「こいつアホやな」「大したことないな」と思われても、できるだけ正直にやっていこうと思っているわけです。ただ、私がどこまでできているかは、これをご覧のあなたのご判断です。

ま、私も同業者に批判的な記事を書いているので「アミバタイプ」なのかも・・・ただ少なくとも「できないことは言わない」「自分の力を盛らない」ことは心がけていきたいと思っています。

アミバの最期
(ネットより拝借。アミバはなんだか憎めないですね 笑)

2「イケメンマーケッター」タイプ

「イケメン」と名付けましたが、これは女性にも当てはまります。女性でも「イケメン」と言いたくなるぐらい「カッコよさ」を感じることがあるのです。

この「イケメンマーケッター」というのは、本当に「イケメン」「美女」である場合もあるのですが、それ以上に「見せ方(魅せ方)」が非常に上手です。さっきの「アミバタイプ」のように、ただのバカではありません。「どうしたら自分の価値を最大化できるか」ということを、誇大妄想に陥ることなくしっかり考えています。その意味で「マーケッター」なのです。

このタイプの人は「ITツール」を積極的に取り入れていることが多いです。Facebook、Twitter、Instagram、LINE等のSNS、またブログ、メルマガ、YouTube、また最近ではFRESH!やZOOM等を使って「動画生配信」をすることもあるでしょう(ちょっと前ならUstreamですね)。

継続的に活動しているので、ネット記事やスピリチュアル系雑誌で取り上げられることがあります。また、その延長線として本を出版していることもあります。

それらに出ている写真を見てみると、かなり洗練されたファッションです。古臭い「霊能者」ではなく、もはや「マルチタレント」のようです。格好だけでなく、実際に発信している情報も、なかなかわかりやすい。ユーモアのセンスまである。「顧客のニーズ」にちゃんと寄り添っている。結果、それなりの「実績」も出している。

その人のホームページは専門業者に依頼しているからスタイリッシュだし、プロフィール写真はもちろんプロのカメラマンが撮影しています。「アミバタイプ」はホスト崩れだったり写真を死ぬほど加工したりしますが、こちらのタイプは「やり過ぎないナチュラルなレベル」にとどめます。それが「プロの力」というものですね。

あとは、一番肝心の「波動(オーラ)」が輝いていれば「文句なし」です。ただ、ここがなかなか難しいところなのです。もちろん、このタイプの中に「活動」も「波動」も輝いている人はおられますよ。少なくとも「アミバタイプ」よりは断然多いと言えるでしょう。

しかし、外側の「洗練された活動」とは裏腹に、「波動がひどく重たい人」もおられるのです。たとえ本を出版し、テレビに出演し、誰もが認める「売れっ子」だったとしても、なぜか「波動だけは重たい」のです。

私はこれが最初はすごく不思議でした。だからかなり調べたのです。今でもこのタイプの方を発見すると「こんな波動が重たいのに、売れてはるのはなんでやろ?」と興味を持って調べます。

いろいろ調べていくうちに、「意外と劣等感や怖れを手放せずにいる」「実は野心が強い」「都合の悪いことは外に出していない」「その人物の作った団体で内輪モメがある」など、波動を重たくさせる「不都合な真実」が垣間見えてきました。いわば「隠れアミバ」が存在しているケースもあるのです。

例えば「愛や豊かさを引き寄せる方法」を魅力的に語っていながら、実際のご本人はそうでもないこともあります。人気はあるのでお金は稼げていても、パートナーシップは「意外とお寒い」ことがあるのです。

ただ、その「裏側」はご本人の緻密なブランディング上の理由で表にはまず出ません。また、この世的には稼げるだけでも十分に立派なことなので、それをもって世間的には「豊かさを引き寄せる素晴らしい人物」と見なされるのです。

「表と裏のギャップ」は本当はしんどいことです。けれど、これまでのファンを簡単に裏切るわけにはいきません。もし事務所や出版社などのバックアップがあれば、その期待も裏切るわけにはいかない。いわゆる「しがらみ」ってやつです。いかにも「この世的」ですね。

ファンが求めるイメージを崩さないよう「素晴らしい人物」「頼りがいのある人物」「スピリチュアルリーダー」を演じようとするのですが、「生身のご自身」がそれに満たないため、やはりそれには限界がある。その状態を続けていると、波動的にはだんだん重たくなってしまうのです。繊細な方はそこに「苦悩」を感じるはずです。

過去にある交流会でスピ系の某ベストセラー作家さんに「自分のオーラ、どうですか?」とこっそり聞かれたことがあります。私は率直に「正直、良くないですね・・・」と答えてから「見えないところでいろいろ抱えてませんか?」と聞いてみたところ、「いや、実はあるんですよ・・・」とお答えになっていました。

そのときは会の終了直後だったので、それ以上会話はしませんでした。その後、某有名セラピストさんと対談されている記事を発見したとき、「あぁ、たぶんこのときに悩み相談されたんだろうな・・・」と察しました。

表に出ているのは一部に過ぎません。水面下ではいろいろあるのです。

ただ、こういうタイプの方に対し、私はある種の敬意を持っています。メディアを駆使し情報を発信し続けることは、ものぐさな私からすれば尊敬に値します。波動はどうであれ「売れる」ということはやはり価値の高いことですから。

また、こういう方のおかげで多くの人がスピリチュアルを学べるわけですから、それは無条件に良いに決まっています。ただ、そういう方も「裏」ではいろいろ抱えておられるのです。

このタイプの霊能者や占い師に、最初はファンになることもあるでしょう。けれど、そのうち「なんだか違うな・・・」と、ふとした瞬間に疑問を感じることがあるかもしれません。そのときは関わり方を見直してみる時期でしょう。

3「プチカルト受難メシア」タイプ

イエスキリストの受難(磔刑)
(「キリストの磔刑」Wikipediaから拝借)

まず、言葉の意味から。「メシア」というのは「救世主」「救い主」という意味です。また、「受難」というのは「苦しみを受けること」ですね。「メシア」も「受難」も、宗教的な文脈でよく使われます。「受難のイエス(キリスト)」という表現はご存知かもしれません。

 

念のため「カルト」も簡単に解説すると、「熱狂的、狂信的な宗教組織、または熱狂的、狂信的な状態のこと」というぐらいの意味でしょうか。特徴としては「非常に排他的」ということです。つまり、自分の思想信条に合わない人たちのことを、独自の論理で排除する傾向がとても強いのです。

 

ご参考までに「日本脱カルト協会」という組織では、カルトの定義を「組織に依存させて活動させるためにマインドコントロールを用いて個人の自由を極端に制限する全体主義的集団、人権侵害の組織」としているようです。

この「プチカルト受難メシア」タイプというのは、まず「メシア(救世主)」というだけあって、非常に愛が深い(ように見えます)。この地球界にはびこる罪悪、虚偽、強欲などに心身をすり減らした人に対し、「さあ、私のところにいらっしゃい、ここで疲れた羽を休めるのです」という感じで、やさしく愛の手を差し伸べる言動が多い(ように見えます)。

「受難」というだけあって、その霊能者(占い師/宗教家)もまた、この世界の「闇」によって、「救いの見出だせない時期」が長らく続いたそうです。けれども、「あの日、ある出会い(例えば「神」や「先生」)や突然の気づきによって、私は光明を得た」と。このように「ドラマ仕立て」のマイストーリーを語ることが多いです。

「よって、私が救いを得たように、必ずあなたも救われる。あなたもまた、『選ばれた人』なのです」と説く。このようにして、自信のない人々、いま人生の困難に苦しんでいる方々に対し、「救いの光」を与えようとするのです。

このタイプの人が書いている文章を読むと、例えば「愛」「光」「感謝」「導き」などスピリチュアルチックな言葉がよく出てきます。「愛は無償なのです」と。「私はあくまで『神の道具』に過ぎないのです」と。このように、非常に謙虚そうに振る舞います。

で、もしその人の波動も「愛」や「光」に満ちているなら素晴らしいのですが・・・もうお分かりでしょうけど、少なくとも私が波動を観る限り、そうじゃないことの方が多いのです・・・ぐぬぬ(-ω-;)

このタイプの方が本を出しているとします。そのAmazonレビューは不自然にも「星5つ」ばかりです。もちろん「サクラ」「身近な関係者」を除き、内容自体の「表現の美しさ」に高評価をつけている一般読者はおられるでしょう。ただ、1割程度は「星1つ」「星2つ」の辛口レビューがあるのです。

そこには、「著者の言葉と行いが食い違っている」「自分の言葉に酔っている」「キレイゴトばかりでうさんくさい」というような意見が書かれています。そこで著者の波動を観てみると、「なるほどその通りかもしれんな・・・」と感じることがあります(すべての方がそうではないでしょうが)。

その人の「受難」というのは、実はまだ続いているのでしょう。苦しみや悩みに、まだ徹し切れていないのかもしれない。もしそれに徹することができたら、いつか必ず「突き抜ける瞬間」があるはずです。ただ、そのプロセスは苦しいものです。

だから、その苦しみを遠ざけ、中途半端なところで「自分はもう大丈夫だ」と早合点し、今度は「他人の救い」に目を向けてしまう。

だって、ラクなんですもん、自分を癒すより、他人を癒す方がね。他人のことを気にかけていれば、自分と向き合わなくて済むんですからね。

もちろん肉体を持っている限り「完全なクリアリング(浄化)」はあり得ないのですが、それでも人を相手とする以上、ある程度の「軽快な波動」にまで自分をクリアにしておかないと、短期的にはともかく、長い目で観ればちょっと厳しいかなと思います。

ただ、「他人への癒し」を「世のため人のため」って美化することは簡単にできる。その人の「表向きの姿」しか知らない人々は「あの人は素晴らしい」と言う。実際に「あなたのおかげで救われた人」も出てくる。それによって、その人の「表面的な自信」は補強される・・・もちろん、何もしないよりはずっといいんですけどね。

こういう人は、生じっか苦しい体験をしているだけに、「あなたが辛いのは、よくわかりますよ。私も苦しかった時期があったのですから」なんて、その人なりには共感できてしまうのです。

でも、心の中から「痛み」を癒し切ってはいないので、その「痛み」に大きく触れてしまうような出来事が起こると、それを無意識に遠ざけるか、場合によっては「火消し」にかかるでしょう。このとき、ひどく感情的になることもあります。

その「痛み」はパートナーシップにおいてネガティブに炙り出されることがあります。また、宗教団体であればトップの家族や役員同士の「内輪モメ」として炙り出されることもあります。

ただ、それが表に出ることはありません。その「負の側面」を強く、ときには美しく隠蔽しようとする体質こそ、「プチカルト」と名付けた理由です。その隠蔽工作は、場合によっては暴力的にもなるでしょう。

何もないときは「愛」とか「自分を許しましょう」とか説いているので、さぞ「心の器」は広そうに見えますが、実はそんなことはないのです。自分より「格下」か「もっと苦しい立場」で、従順で大人しい人間が相手であれば、その人も穏やかなのです。「自分の方が格上」という余裕があるからですね(それが実は余裕がないってことですが)。

しかし、例えば理性的に物事を見ている人間が「センセー、言うてはることとやってはること、違いますやん」とか「センセー、それ私はちょっと違うかなぁと思うんですけど?」とかツッコミを入れるとします。

それがかなり「図星」だったりすると、急に機嫌を悪くしたり、感情のコントロールが難しい人であればブチギレるのです。もう少し穏やかな人であればその場は穏便に済ませるものの、その後は距離を取るでしょう。

「痛み」や「古傷」がうずくとき、それは自分の未熟さに気づけるチャンスです。ただ、それをプチカルトらしく「美しい論理」でごまかす。例えば「あの人は、『魔』や『闇』に魅入られてしまった。残念だけど、もう私たちとは『波動が違う』のよ。だから、もう手放すしかないのよ。でも、せめてあの人のために祈ってあげましょう」なーんてね。

いくらそれが表面的には「愛」や「慈悲」に見えようとも、その裏側には、先ほどの「アミバ様=強いエゴ」が潜んでいるのです。だから、波動は重たいのです。

そのエゴに気づくのは難しい。向き合うのはかなりの勇気が必要ですから。よって、ここで述べている7つのタイプの中で、このタイプが一番救われないと思われます。かりにも「メシア」なのに・・・「救い主」が一番救われないという、まさに「ブラックジョーク」または「ブラックスピリチュアル」なのであります。

このタイプの霊能者や占い師(また、このタイプは宗教家にもいますね)とは、最初は関係性がとても濃くなることが多いのですが、一度「物別れ」に終わるやいなや、ものすごく関係が悪化する危険性があります。

ここで未熟なセンセーは、あの決めゼリフである「オマエは地獄に落ちるゥゥゥ!!」「オマエの今後は大変なことにィィィッ!!」を『ジョジョ』のセリフばりに吐き捨てます。

すでに心の中で「なんやねんアホやんけコイツ!なめとんか!今後の縁は無いなぁ~」と決めた人なら華麗にスルーできるのですが、まだその「先生」を信じている部分が残っている人は、ひどく傷ついてしまうことがあります。

余談ですが、もし私がこういう人から「あなたも疲れた羽を休めなさい」なんて言われたら、「いやーオレ、羽なんか生えてないんで、大丈夫ッス!大丈夫ッスよ!」って、ソッコーで逃げるでしょうね(笑)めんどくせえ関係に巻き込まれる前に撤退せよ。「波動を観る」ってえのは便利なもんだ。

4「悟り覚醒イエス!高須」タイプ

イエス!高須クリニック
(「高須クリニック」さんより。私は高須先生は好きですね。)

先ほどの「プチカルト受難メシア」タイプが「文化系」だとすると、こちらは「体育会系」と言って良いでしょう。「スピリチュアル系」と「イケイケ自己啓発系」がブレンドされたようなところがあるのです。

つまり、「スピリチュアル的な幸せ」と「現実的な成功」という「物心両面の繁栄」を、アグレッシブに求めていく立場です。だからこの種の人は「引き寄せの法則」が好きです。「引き寄せの法則」に必要なものは「明るく楽しくワクワクした感情」なので、基本的に「テンション高め」です。

「誰もが『無限の可能性』があるんだ!『内なる神』には、何でもできるんだ!」というように、元々の自己啓発的な考え方を、スピリチュアルテイストにアレンジしているのです。霊能者や占い師ではありませんが、「ネットワークビジネス」や「完全歩合制のセールス」をバリバリやっている人の中に、このタイプの人は比較的多いと思います。

このタイプの人は「気」を「氣」と書くのが好きです。また、「気合」を「氣愛」と言ったり、「お疲れ様です」ではなく「お元氣様です」と言ったりする。「言葉」は「言霊(ことだま)」で「エネルギー」なんだ!お金も「エネルギー」なんだ!みんなみんな「波動」なんだ!これからは「魂の時代」だから、ハドーで生きるんだぁぁぁ!!!

また、「悟り覚醒」と名付けたように、「悟り」や「覚醒」という言葉も好んで使います。これから地球はどんどん「アセンション(次元上昇)」していくんだから、もっと「魂のレベル」を高めなくっちゃね!悟っちゃえば、お金も自由も豊かなパートナーシップも、必要なものは「みーんな与えられる」んだから!

「奴隷サラリーマン」とか「専業主婦やパートタイマー」とか、古い生き方はもうやめようよ!私たちは親から教えられた「偽りの常識」や「古い習慣」を手放して、「新しい時代」を「新しい価値観」で生きていこうよキラリンッ☆

だから、「グチ」や「泣き言」や「弱音」は吐かないの!人生に無駄なことなんてないんだから!みんな必然なんだから!どんなことがあっても、人生に「イエス!高須!!」と言っていくんだから!人生も美しく整形していくのよっ!!

こういう人は、2番目の「イケメンマーケッター」タイプと相性が良いです。物質的な成功意欲が強いので、情報発信や露出も好んで行います。スピリチュアル業界で名が知れている人を見ていると、このタイプの方がおられるのがわかるはずです(すべてじゃないですよ)。

で・・・もう言うことは同じですね。これで「波動」も輝いていたら、まさに「スピリチュアルリーダー」なんでしょうけど、実際はそうでないことの方が多いのです。

先ほどの「プチカルト受難メシア」タイプと同様、やはりどこかに「無理」があるのです。例えば、「ワクワク」と「ハイテンション」とは違います。「ワクワク」は自然に起きるものであって、無理に掘り起こすもんじゃありませぬ。それは自己啓発で言う「モチベーション」ってやつです。

ワタシ、『強い刺激』がないと、もう感じられないの。だから、大きな目標を掲げて、それに向かって『氣愛』と『お元氣様』で『顔晴って(がんばって)』突き進んじゃうの。やっぱり最終的な目標は『世界平和』だよね!みんな本当はワンネス(ひとつ)なんだから、手をつないで輪(和)になって踊ろうよ!」

明るく前向きで、果敢なチャレンジ精神。次々と夢を叶えていく(ように見える)姿勢。それは一見「素晴らしいこと」のように思えます。頼りがいがありそうだし、実際に「ファン」も集まっている。

しかし、その内面に立ち入ってみると、「欲求不満」や「劣等感」や「無価値感」が隠れていることがあるのです。「見た目」からは想像がつかないほど波動が重たい場合があるのです。人生を美容整形するのはもちろん悪いとは言いませんが、それは都合の悪い部分を隠すということではないでしょう。

そういう人は、まるで「ブレーキの壊れた列車」のように、止まることができない。常に成功や幸せを求めていないと「自分の存在価値」を感じることができない。「転がる石には苔(コケ)が生えない」のだから、常に転がっていないと、私は「私らしく」生きることができない・・・というように、「意外と危ういところがある」のです。

なんだかんだ言って、もっとお金が欲しい。「引き寄せ」と言ったところで、ぶっちゃけお金さえあれば多くのモノは引き寄せられるし、周りだって認めてくれる。それで引き寄せスーパーマン&スーパーウーマンになれば、もっと注目を集めることができる・・・。

この種のタイプを深いレベルで見つめていくと、ホンマは「スピリチュアリスト」ではなく、「マテリアリスト(物質主義者)」とちゃうんか?と感じることがあるのです。「スピリチュアルという衣装」を身に着けたお金大好きビジネスパーソンとちゃうんか、と。

もちろん「スピリチュアリスト」と「マテリアリスト」の二つは、明確に線引きできるものではありません。ただ、底意地の悪い私は「ほな『神さま』じゃなくって、正直に『金さま』を崇めたらええやんけ」と思うことがあります。

「正当な努力で儲ける」なら、別に「悪いこと」ではないと思うんですけど。でも露骨に「お金が欲しい」と言うとヒンシュクを買う怖れがあるから、「まず与えましょう」とか「自分の内なる豊かさに目覚めよう」とか、スピリチュアルを経由してマイルドな口当たりに変えているのかな、と勘ぐることがあるのです(性格悪いかな?)。

実は、そこに「稼ぐことへの罪悪感」があるのかもしれない。一方で「何もない自分が怖い」と感じているのかもしれない。それは、実は手放そうと思っているはずの「親の呪い」ってやつでは?

なんだかんだ言って、実は「親」が大切なんでしょ?でも、一方で「親が許せない」んでしょ?だから「私は絶対に親のようになんかならない!」って、無理して頑張っちゃうのでしょうか。

もしそういった葛藤を抱えているとすれば、多くの人に起こりうる人生の一面です。それって「普通」ですよ。「普通の人間」なんだから、しんどいことだってありますって。それ、控え目に言っても「悟り」や「覚醒」からは百万年早い状態では?

そもそも、「悟り」や「覚醒」って何なのでしょうか。この言葉って「さあみんなで悟ろうぜ!」「ユー覚醒しちゃいなよ!」って、そんな軽いノリで言えるものなのでしょうか。筋肉を鍛えれば身体能力が目に見えて向上するように、「心を鍛えれば必ず悟れるもの」なのでしょうか。

これまた底意地の悪い物の見方かもしれませんが、それは「悟り」や「覚醒」というものを、「商売ネタ」や「自己アピールの道具」にしてるだけじゃありませんこと?

「イエス!高須!!」

これは悟っていない私の想像に過ぎませんが、「悟り」や「覚醒」は、本来は言葉にできないものではないかと思います。それを言葉にした瞬間、「悟り」や「覚醒」から遠くなってしまうように感じるのです。「いまを生きる」と言った瞬間、その「いま」からすでに離れてしまっているように。

よほどの確信でもないかぎり、「悟りだ」「覚醒だ」なんて言わない方が良いでしょうね。「真理」はおそらく厳しい。中途半端に「私は悟った覚醒した」と言っていると、一部の人々の注目を集める代償として、「真理」は容赦なくその人の波動を重たくするでしょう。

これは私にとっては「夏の怪談」より怖い話なのであります・・・。

高須先生のみたままつり寄贈作品
(「2018年度 靖国神社みたままつり」へ先生が奉納された作品。現場にて撮影)

5「天然キラキラボンバー」タイプ

お父さんふりかけ失敗したらしい
(Twitterの投稿より拝借)

これはかなりわかりやすいタイプでしょう。こういう人は、例えば「天使様」とか「マリア様」とか、「特定の見えない存在」にジャニーズみたく入れ込んでいる状態にあります。

もしブログをやっているなら、「今日の大天使●●様からのメッセージはコレです☆」とか「このことについて、マリア様にお伺いしたところ、こうおっしゃっています♪」というように、本気なのか冗談なのかわからない文章を書いています(たぶん本気でしょう)。

何でもかんでもチャネリング(宇宙人や神霊とコンタクトを取ること)を通じてメッセージを発する人も、この種のタイプかと思います。いずれにしても、「宙に浮いている」「地に足がついていない」「政治や経済の現実的な事柄にはほとんど関心を示さない」傾向が強いです。

こういう人たちの波動は「それほど重たくないことが多い」という印象です。というのも、ある意味では「純粋」なのですね。発言内容は一般からすれば「意味不明」でも、「不思議ちゃん」だからそれはそれでアリか、別に誰かに迷惑をかけているわけでもないし、と憎めないところがあります。

私が勝手に名付けているだけですが、人間が発する波動(オーラ)の中には、「オタクの波動」というものがあります。言葉では説明しにくいのですが、簡単に言うと「重たくはないが、内向きで、範囲が狭い波動」です。このタイプの人からは、こういった「オタクの波動」を感じることが多いです。

「不思議ちゃん」なので万人には好かれませんが、同じ「天使様好き」「マリア様好き」の人とは、深くつながることができますね。ちょうど同じジャニーズの「●●クン」を追っかけしているファンであれば、結束が固くなるようなものでしょうか(サラリーマン時代の同僚にキスマイ(Kis-My-Ft2)の「ジャニオタ」がいましたが、その仲間同士の絆の強さはマジでハンパなかったですな・・・)。

ただし、中には波動の重たい人もいます。それは「天然」や「純粋」に徹し切れていないところのある人です。つまり何らかの「心の痛み」や「現実の苦しさ」から逃れるために、いわゆる「精神世界」に引きこもっているような人です。

日々の現実をうまく生きることができないので、いわば「ハンドルネームで、掲示板に怒り、不満、妄想などを書き込む人」のように、痛みと切り離された「仮のキャラ」を作って演じるのです。人によっては「●●神」とか「宇宙人●●」とか架空の存在を作り上げ、「その神との対話」「その宇宙人との対話」を語る人もいます。

このタイプの人と実際にお会いすると、少なくとも見た目は「いい人」が多いのではないかと思います。これまで述べたタイプの一部に見られる「物質的欲望」は比較的少ないからです。ただし、何か具体的な相談を持ちかけても、そもそもあまり「現実」には疎い人なので、それほど役には立たないかなと思います。

何かをガチで相談するというよりは、天使とかマリア様とか、「同じ趣味や興味を分かち合う」つもりで接すると良いでしょう。

6「草食成幸ミニマリスト」タイプ

「草食」と名付けているだけあって、スピリチュアル的な事柄を淡々と求めている人が多いです。これまで述べた1~4のタイプのような「積極的に見える生き方」は苦手としています。かといって5のタイプのような「天然」でもなく、理性的、知性的なところを持っています。

よって、経済的豊かさも含めた「成功」でなく、マイペースに精神的な満足を求める「成幸」が心地良いのです。「ミニマリスト(「持たない暮らし」を実践する人)」なので、モノはそれほど必要としていません。暮らしていくのに十分なモノとお金があればいい、と考えています。

人間関係も「人脈の多さ」「有力者とのコネ」を誇るのではなく、数は少なくとも「本当に気心の知れた人」とつながっていれば満足できる人です。

このタイプの人が占い師だったら、別に人生に深刻な悩みがあったわけでないけど、子どもの頃から「不思議なこと」に関心があって、気がつけば占星術とかタロットとか楽しく学んでいた、というような人が多いでしょう。

霊能者だったら、子どものころから「視える」「聞こえる」「感じる」が普通で、むしろ周りはそうじゃないと気づいたときはびっくりした、という人です。それでいて、敏感な体質で悩んだり、(周囲と違うために)孤独感に苦しむこともあまりありません。もしあったとしても、すでに乗り越えています。

普通に社会生活も送ってきたけど、同時に違和感も感じてきた。だから成長するにつれ、一人の時間が多くなり、思索的になっていった。霊能者や占い師として生きているのは、別に「この仕事がしたいと希望した」というよりは、「気がついたらこの仕事だった」と、自然に流れ着いたようです。

もうお察しかと思いますが、このタイプの人の波動は、全体的に「落ち着き」があります。人によっては、先ほど述べた「オタクの波動」を感じることもあります。ただ、少なくとも「重たい」とか「暗い」とかは、あまり感じません。

静かに活動しているので、そんなに目立つ人ではありません。カタチだけのホームページがあったり、ブログをときおり更新したりする程度です。中にはWEB媒体すら持っていない人もいます。ただ、ご縁のある人たちによって、仕事は成り立っています。

また、普通の仕事で生活の収入を確保している人もいます。こういう人は、スピリチュアルな活動は趣味としてやっています。他に、「パートナーに一定の稼ぎがあるので、自分はガツガツ働く必要がない」。だから、家事をこなし趣味を楽しみながら、空いた時間で自宅の一室を使い個人セッションをしている人もいます。

世に出ている霊能者や占い師の多くは、すでに述べた1~5のタイプです。冒頭で述べた通り、その8割はあまり信用できないところがあります。しかし、この6番目のタイプの中には、ときどき「力のある人」がおられます。

1番目の「アミバタイプ」のように、間違っても「ワタシは天才だ~」なんて絶対に言いません。自己アピールは控え目です。しかし、もし「天命」が働けば、表舞台に出てきて活躍することもあります。スピリチュアル業界のパイオニアである江原啓之さんは、そういう方かなと思いますね。

このタイプの霊能者や占い師は、恐怖心を刺激したり、ボッタクったりはしません。その人のできる範囲内で真摯に対応されるはずなので、もしこういう方とご縁があれば、どうぞ大切にしてくださいね。

7「隠れ賢者」タイプ

最後はシンプルなタイプ名です。

「本当にスゴい人」の多くは、あまり表に出てこないものです。

この種の方は、自分の能力をあまりひけらかしません。依存する/させることを懸念しているためです。また、その見た目は「どこにでもいる普通の人」のように見えます。「大富豪のファッションは意外と地味」というエピソードに似ているでしょうか。

このタイプの方は、霊能者や占い師、または宗教家として優れているのは言うまでもありません。ただ、意外なことに、その本業は経営者だったり、研究者だったり、アーティストだったりすることも少なくありません。その優れた霊的な能力を、(今生では)違う方面に活かしているのです。その意味で「隠れている」のです。

また、お若いときはそれなりに活動していたけども、ある程度の年齢で一線を退き、今は悠々自適に暮らしている人もいます。いわば「隠居生活」です。これも「隠れている」ということですね。もう積極的に動くことはないけれども、ご縁がある後進を陰ながら指導していることもあります。

原則として「優れた霊力」は「優れた人格」とセットなので、こういう方は人間として深く尊敬できるものをお持ちです。だから、人々は教えを請いに集まってくる。別に宣伝などしなくても、自然と集まってくる。

それで気がつけば「●●先生を囲む勉強会」という集まりが発足しています。営利目的ではないので、無理に拡大することはない。その多くは寄付金か負担の少ない会費で成り立っています。

・・・私も師匠もまた、こういった方だと思っています。師匠もある事情があって、決して表に出ることはありません。私もお名前を出すことはないし、もし紹介してくれとお願いされても、ご本人のご意向でお断りせざるを得ません。

もし、あなたがこういう方との出会いがあれば、それは「僥倖(ぎょうこう)」以外の何物でもないでしょう。

「ホンモノ/ニセモノ」は何で決まるか?

ポプテピピック さてはアンチだな
(『ポプテピピック』より。このクソマンガ、私は好きです 笑)

「この先生って、ホンモノですか?」

よく聞かれることなので、意見を述べておきましょう。

「そんなの、あっしには、わかんねえっす・・・」

「は?ふざけんなよ!テメーそれ仕事ちゃうんけ?」

と思ったかもしれません。確かにここまで引っ張っておいてコレかいっ!というツッコミは当然でしょうが、まあまあ、もうちょっとお付き合いください。

では、一つお聞きしましょう。

人が「この先生はホンモノです!」「この先生はニセモノです!」と言うとき、それは何を基準にしているのでしょうか。この発言は「ここから先はホンモノ」「ここより前はニセモノ」というような「明確な基準」があってなのでしょうか。

・・・実は、そんな「明確な基準」なんて、ないのです。たいていは「自分はこの先生をホンモノだと思っている」「ニセモノだと思っている」という、主観的なものに過ぎないのです。

たまたま苦しいときに助けてくれた先生がいたら、その先生は「ホンモノ」ということになるでしょう。ただ、そういった先生も能力は万能ではないので、力になれないこともあります。また、依存的な人が何でもその先生に頼るため、結果的に改善しない場合もあるでしょう。

この場合、その依存的な人は、その先生を「ニセモノ」だと判定することがあるのです。ただ、もしその人が主体的に努力する人で、先生のアドバイスを忠実に守った結果良くなったのであれば、「あの先生はホンモノです。おかげさまで救われました」と言う可能性もあるのです(本当はその人の勇気ある実践の結果なのですが・・・「先生」はきっかけに過ぎません)。

また、先ほども少し述べましたが、霊能者や占い師が出している本のレビューに、「この先生はホンモノです、信じられる人です」と書かれてあるものがあります。一方で「この先生をホンモノって言う人は信者かサクラです。この先生は、本当はニセモノです。私は信用できません」と書くレビュアーもいます。さて、どちらが正しいのでしょうか。

少なくとも、この2種類のレビュアーが「専門家ではない一般人」である限り、どちらも正しいし、どちらも正しくない。それぞれが主観で意見を言っているに過ぎないからです(もっと言うと、専門家ですら憶測でモノを言っている場合もありますね・・・例えば報道番組のコメンテーター)。

もちろん、その意見の根拠に客観性や正当性があり、多くの人を納得させるものであれば別です。しかし、そこまで掘り下げたレビューはほとんど見られません。たいていは「好き嫌いの感覚レベル」に留まっています。

自分の発した言葉によって、人の意思決定に影響を与えることの恐ろしさと素晴らしさ。また、自分にとっての「正しさ」が、万人の「正しさ」であるとは限らないということ。(たとえ匿名であっても)意見することで、自分の視野の狭さや未熟さが露呈してしまうリスク。それらを踏まえた上で、なお思案を凝らして意見しているレビュアーは・・・ほぼ皆無に等しいでしょう。

ちょっと良ければ「ホンモノ」?

一般的に、「講師業」「先生業」という「人に何か教える仕事」をするには、普通の人より少し多く知っていれば良いのです。この意見は私の「主観」ではなく、まともな「起業セミナー」であれば必ず言われることです(そう述べた方がセミナー集客できるという意味もあるでしょうが!)。

だから、霊能者や占い師をやるにも、普通の人より少し知識や能力があれば良いのです。もちろんそれだけでは不十分で、他に「集客ノウハウ」や「自分の考えを明確に伝えるノウハウ」を学び、実践する必要はあります。

正直、こちらの方ずっと大変です(同業者さんなら激しく首を振っていることでしょう)。だって、多くの人は集客ノウハウなんて学んだことがありませんから。「本業さえコツコツ頑張ってりゃあ、それなりに収入になるんじゃねーか」と職人的に考えていたのが、そのうち甘すぎることに気づくのです(私は集客ノウハウを学ぶのが面倒で途中で放棄したものの、運が死ぬほど良いのか、仕事はしぶとく続いています)。

もし、それで「ヤ、ヤバい!集客しなきゃ・・・メルマガとかブログとかFacebookとかTwitterとかInstagramとかYouTubeとか、あっ!その前にUSP入りのイケてる名刺を・・・ああっ!!プロフィール写真も撮影しないと、誰にお願いすれば・・・あああっ!!!ホームページもレスポンシブデザインに・・・ぐぬあああっっっ!!!」

・・・って錯乱発狂しているときに、「集客ノウハウを少し知っているコンサルタント」がいたら、めちゃくちゃ心強いと思いませんか?もはやそのコンサルさんは「後光が差している」ように見えるに違いない。まさに先ほど述べた「メシア(救い主)」でしょう。

そう、少なくとも本業に関する知識や能力は、「超一流」である必要はないのです。なので、スピリチュアルをほぼ知らない人が、自分よりちょっとだけ知っている占い師のセッションを受ければ「おぉ!当たってるやん!この先生、信用できるわ!ホンモノかもしれんな!」と感じる可能性は高いでしょう。少なくとも「ニセモノ」と思われることはありません。

でも、スピリチュアルをよく知っていて、かつモノ申したい欲求の強い人なら、同じ占い師に「先生、当たるのはよくあることですよ・・・その先はどうなんですか?いま出てきたカードの解説なら誰でもできるんですって。私だって知ってますって。いま聞きたいのは、先生の未来への直観と洞察、そしてその根拠なんですって」って聞くかもしれません。

そのとき、普通の人よりちょっとだけ知っているレベルの占い師は、おそらくこの相談者が満足するような回答はできないでしょう。もう冷や汗をダラダラ垂らして、自分でも何を言っているかわからない説明をしてしまうのでしょう。このとき、「なんじゃいこの先生。めっちゃ薄っぺらいやんけ。そんなんでよく商売できるもんやな!ワシにだってできるで!」と、「ニセモノ認定」されてしまうのです。

・・・もうお分かりいただけたでしょう。ホンモノかニセモノを決めるのは、たいていはその人の主観であると。もちろん、「この先生はホンモノだ」という主観による得票数が多いほど、「よりホンモノと思われる」ということにはなるでしょうけどね。

しかし、世の中の得票数、つまりレビューや評価は「偏り」があります。例えば、Amazonレビューは「あくまで一部の人の声」であって、大多数は静かに黙っています(この大多数のことを「サイレントマジョリティー」と言います)。だから、レビューは参考にはできても、決して鵜呑みにはできないのです。

少し前には「食べログ」のやらせレビューもありましたね。このように表に出ているレビューは、意図的に作られている可能性があります(Amazonレビューの高評価の中には「無料モニター」の人もいますしね)。

まして、霊能者や占い師に対するレビューは、ほとんど参考にならないでしょう。なぜなら、その大半は「2ちゃんねる」などの掲示板への匿名の書き込みだからです。電話占いについては「ウラスピ」というレビューサイトがあります。これもまた匿名です。

(なお、私は「ウラスピ」は占い会社が運営しているのではないか、と疑っています。なぜなら、このサイトは結局のところ、電話占いに誘導するよう設計されているからです。実際、いくつも存在するように見える占いサイトも、実は「バックは一社のみ」ということもあるのです。もしそうだとすれば、ここへの書き込み内容は、なおさら疑いの目で見る必要があるでしょう)

また、電話占いのサイト内のレビューも、「誹謗中傷・激しい人格否定」や「個人が特定されるようなもの」は、運営側がカットします。これは正当性があるので全然ダメとまでは言いませんが、もし「ちょっとした否定」までカットされているとしたら、これも鵜呑みにすることはできません。

以上をまとめると、

「ホンモノ/ニセモノ」を決めるのは、個人の主観である。ネットに出ているレビューは一部の匿名者による偏った意見であり、意図的に作られている可能性もあるため、その信憑性は疑わしい。よって、「信頼できる専門家の意見」や「実際の体験者によるリアル口コミ」でもない限り、信用を置くのは難しい。

ということになります。

「評価の難しさ」は承知の上で

私の場合、霊能者や占い師や宗教家の「人となり」の判断は、「波動(オーラ)を観る」ことで行います。これについては、他のページでもさんざん説明した通りです。詳しくは冒頭でも触れた「インチキ霊能者にご用心」「占いとの根本的な違い」、また他のページもご参考になると思います。

厳密に言えば、「波動を観る」ということも、私の「主観」ではあるでしょう。ただ同時に「客観性」も備えています。その客観性は、「波動から人間を観る」という訓練をずっと繰り返し、ご相談者さんの「え、なんで名前言っただけでわかるんですか?」という驚きの反応の積み重ねの上にあります。

その意味で、自分で言うのも何ですが、一般の方が個人の主観で好き嫌いを言うよりは、信頼できるものと思います。

なお、私と同業者であっても、その方が波動的に観て「素晴らしいオーラの方だな」「信頼できそうな方だな」であれば、私は率直にそう述べます。逆に「ちょっと気をつけた方がいいな」「結構ヤバそうだな」と感じたら、これもまた率直にそう述べます。

もし先ほどの「アミバタイプ」の人物なら、「波動的に素晴らしい人」であっても「この人はダメですよ!近づかない方がいいですよ!」と否定的に言いそうですね。今後も自分のお客さんでいてほしいのであれば、そういう打算が働いてもおかしくはありません。ただ、そういう打算ばかりしていると、やっぱり波動は重たくなるのです。

このページもそうですが、他人を評価するというのは、本当に難しいものです。そもそも「自分に評価できる資格があるのか?」ということを重く問われるからです。そして、その評価の内容を通じて、今度は自分が評価されることになるからです。

また、「その人が信じている先生」のことを私があまり良く言わなかった場合、嫌われてしまうリスクが伴います。特に宗教やスピリチュアル方面の「先生」は神格化されてしまう傾向があるので、なおさらです。「自分は●●先生にとてもお世話になっているのに!コイツはなんてこと言うんだ!マジで許せねえ!」と。

そもそも私への信頼がなければご相談を依頼されるわけがないので、反発を買うリスクは低いでしょう。賢明なご相談者さんなら「そういう意見も参考にしておこう」と冷静に受け止めていただけるでしょう。それでも、「敵を作ってしまうリスク」はゼロにはできないのです。できれば穏やかに暮らしたいんですけどね・・・。

これらのことを深く考えれば、決して他人を安易に評価できるものではありません。なので、この「霊能者占い師を見抜く!」というメニューは、その意味では私の誠実さと責任が問われているメニューでもあります。

なんでこんなシンドイことをしようと思ったのでしょうか・・・やっぱやめとこっかな(笑)ただ、これまで「この先生、どうですか?」というご相談をいくつもお受けした結果として、このメニューは生まれました。これもまた私の意図的な創作ではなく、「自然な流れ」によるものなのでしょう。

その「自然な流れ」として、この長い文章をここまでお読みになったあなたに、感謝いたします。もしあなたの周りに「人となりが気になる人」「信頼していいかどうか迷っている先生」がおられたら、どうぞご相談いただければと思います。

たとえ「神」のように見えても、人間である限り完璧な人などいません。まして普通の人は、長所と短所が「カードの裏表」のようにセットになっているものです。したがって、他人を評するに、全否定もしなければ、全肯定もいたしません。

「完全なホンモノ」もいなければ、「完全なニセモノ」もいません。波動という観点から言えば、「本質により近い人物」と「本質からより遠い人物」の2種類に分けられます。言い換えれば、「より深い」か「より浅い」か、ということです。ただ、誰もが内面の奥深くには「本質」を秘めているのです。

その意味で、「単純なレッテル貼り」を超え、できるだけ冷静な観点から波動的な意見をお伝えできればと思います。


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2018/08/13 更新