11月11日「人生を変える断食」講座を開催します!

霊的世界入門

福岡県大刀洗の甲条神社の鳥居
(写真は福岡県の甲条神社)

「スピヲタ」になる必要はない

私が把握している霊的世界は、ごくわずかな程度です。

それでもそれを知ってから、人生観は変わりました。

あらゆる迷いを脱するほどではないにしても、かなり生きやすくなったのは間違いありません。今後も成長し続けるのであれば、この認識はさらに深まっていくでしょう。

以下で述べている内容は現時点での霊的世界の理解を述べたものです(ときどき加筆修正します)。

「スピリチュアルオタク」になる必要はありません。

「宇宙人や地底人、陰謀論や終末論、プレアデスやシリウス、ムーやアトランティス、ポールシフトやアセンション、●●マスターや●●宇宙連合・・・」

この種の事柄にすごく惹かれる人は一定の割合でおられます。それも「宇宙の仕組みを知りたい」という探究心の一つなので否定するつもりはありません。

私も集中して学んでいた時期がありました。

ただ、いま改めてそれらの「情報そのものの波動」を観ると、デタラメなものは決して少なくありません。なので知れば知るほど「現実から浮いてしまう」懸念があるのです。

日常に活かすための基本的な知識、その大半は地味なものです。しかし本当はそういうものの方が大事です。

このページではそういった基本的な事柄を中心に述べていきます。

本ページ「霊的世界入門」では「原理原則」を述べています。地味かもしれませんが根本となる考え方を述べていますので、よければじっくり読んでいただければと思います。

 

続編の「霊的世界入門2」は「神社の参拝の仕方」等、もう少し身近な内容も含んでいます。さらにご興味があれば以下からどうぞ。

当ページは何度も修正していくうちに、かなりシンプルになりました。「もっと細やかに知りたい」という方は、「個人セッション」か「マジスピ塾」にお越しください。

Q:「守護霊」とは何ですか?

文字通り、あなたを「守護」している存在。

あなたに専属で、いつもあなたを見守っています。

かつて「地上の人生」を体験している方が大半なので「人情的な部分」があります。だから基本的にやさしいご性格です。

この世的に言えば「親しみのある兄弟姉妹や親戚筋」というところでしょうか。

守護霊の目的は、あなたの成長を影から支えることです。そのことを通じて守護霊自身も成長してゆきます。子育てを通じ、子も親も共に成長してゆくようなものです。

ただし、何から何まで都合の良い存在ではありません。

「可愛い子には旅をさせよ」ではないですが、自分が成長するために必要な試練や困難を、過保護な母親のようにすべて取り除いてくれるわけではありません。

あくまで「見守ること」が基本スタンスであり、緊急事態でもない限り手を出すことはありません。

しかし、あなたが守護霊の存在を意識し、さらにその守護に対する感謝の念が深いと、大難も小難で済むことがあります。

ただ「目に見えないから信じねえよ!」とか「本当にいるなら姿を見せてみろ!」とか言って守護霊の存在を否定していると、完全に関係性が切れるわけではないものの、とても守りにくくなってしまうのです。

それは波長が合わなくなるからです。

また自分の精神状態がネガティブな状態に陥っていると、これまた守護霊の波長と合わなくなり、やはり守りにくくなってしまうのです。

功成り名を遂げた方が、「私は特に信仰を持ってないが、過去を振り返ると、特にピンチのときはいつも何かに導かれ救われたような気がする」と述懐されることがあります。

これは感性として守護霊的な存在をわかっておられるということでしょう(表現は「神」でも「仏」でも「天」でも、何でも結構です)。

真に道をひらくというのは「自力」のみでは絶対できない、と断言します。もちろん「自力」がないのは論外ですよ。

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉の通りなのです。

「おかげさま」とは「お陰様」のことです。「陰」なので肉眼には見えませんが、私たちは「おかげ」の力で生かされています。

ただそのことを骨身に沁みてわかるためには、やはり苦労を含めた人生の深い体験が必要なのかもしれません。最初からそれが素直に実感できる人は霊的に恵まれた方でしょう。


なお「あなたには守護霊がついていない」とか「お金を払えば守護霊をつけてあげる」とか言う輩がいますが、これは完全に間違いです。

たとえあなたが極悪非道な人間であろうと、守護霊は常にいます。ただ、あなたがネガティブな波動(オーラ)を放っていると、波長が合わないため守ろうにも守れない状態なのです。

しかし、それは決して「守護霊がいない」という意味ではありません。

Q:「指導霊」とは何ですか?

守護霊と同様、あなたを陰からサポートしている存在。

「ガイド」と呼ぶこともあります。文字通り、あなたの人生の何らかの分野に特化して「指導」する存在です。

守護霊は専属なので一生変わりませんが、指導霊は状況によって変わります。

例えば一流の芸術家には「芸術に秀でた指導霊」がつきます。志の高い経営者には手がけている事業内容に長けた指導霊がつきます。

その霊的な指導力によって直観が鋭くなったり、出会いや資金など現実的な援助を得やすくなったりするのです。

俗に言う「ツイてる状態」とはこのことですね。

もしあなたがエゴではなく本心から成し遂げたい目標があり、その成就に向けて真剣に努力を重ねるなら、霊的世界など知らなくても指導霊はつきます(知っているに越したことはありませんが)。

例えば職場の中で周りのために誠実に懸命に働いている人がいたら、利害関係者や意地悪な人でもない限り純粋に応援したくなるはずですよね。

それと同様、霊の世界でも清らかな想いで頑張っている人は応援したくなるのです。

しかし、道半ばで目標をあきらめたりエゴが強くなったりすると、それまで応援していた指導霊とは波長が合わなくなり離れていきます。

それでも「これではいけない」「また頑張ろう!」と深く反省し再び決心すれば、指導霊はまた戻ってくるでしょう。

「人生は何度でもやり直せる」というのは、単なる励ましの言葉ではなく、霊的に観ても真実なのです。

指導霊は私たちの「気づき」をサポートする存在でもあります。なのでもし何か問題に直面したら、「この出来事を通じて何を学べということなのだろう?」と自問自答することです。

その姿勢は指導霊の波長と合わせるために大切なものです。

Q:「オーラ」とは何ですか?

私たちは肉眼には見えませんが、「肉体を超えた高次元のボディ」をいくつも持っています。ボディは「エーテル体」「アストラル体」「メンタル体」など、レベルに応じた名称があります。「肉体」は肉眼で見える一番外側のボディです。

図解すると以下の通りです。

エネルギーボディの名称
(画像はネットから拝借)

鵜呑みにしないこと
ただ、実際のボディはこの図の通り「タマネギの皮」や「地層」のようにキレイに分かれているわけではないし、「エーテル体」は黄色、アストラル体は緑色と決まってはいません。あくまで便宜的な図だと理解しましょう。

各ボディについての説明をするとかなりマニアックになるので、ここでは省略いたします。

肉体がすべてではない
ここで述べたい重要なことは、「肉体という物質が人間のすべてではない」ということです。肉体とは「生命エネルギーの器」に過ぎないのです。

 

人間の「生命エネルギー」というのは、各ボディから放たれているエネルギーの集合体です。その集合体のエネルギーが波動(オーラ)と呼ばれるものです。

 

私が仕事でいろんな方々の波動(オーラ)を観る領域は、肉体からメンタル体にかけてのレベルと思われます。この領域は思考や感情のエネルギーを含んでいるので、これらを観ればある程度の性格や気質を感じ取れるのです。

その人の日頃の考え方や思い方によって、オーラの色合い、カタチ、繊細さや粗雑さ、軽さや重さなどが決まります。

それは絶対にゴマカシがききません。肉体レベルだけならファッションや化粧、またマーケティングや情報工作によって演出が可能ですが、オーラまでは隠し切れません。

まぁ肉眼では見えないので、理解するのは難しいですよね。でも「見えないから無い」わけではないのです。


(画像はネットから拝借)

理解の助けとして、試しに「オーラ写真」を撮影してみると良いでしょう。そうすると上の画像のように「肉体を超えたボディが放っているエネルギー」が見える化されるので、「あぁ、オーラってあるんだな」ということが楽しく学べるでしょう。

オーラ写真が撮れる場所は割とあるのではないかと思います。私が「おすすめ情報」でご紹介しているパワーストーン屋の「岩座」さんでも簡単な撮影ならお手頃価格なので、ご興味があれば行ってみてはいかがでしょうか。

ただし、オーラ写真で写っているものがすべてではありません。これは機械が捉えた表面的なレベルのオーラに過ぎません。「自分のオーラ写真は緑色が多いから●●という性格らしい」と鵜呑みにしない前提でオーラ写真を試すことです。

なお、波動(オーラ)は人間のみならず、鉱物、植物を含めたすべての生命が持っています。動かない鉱物も「いのち」なので意識を持っています。

鉱物も「意識を持って生きている」から、スピ好きな方は「パワーストーン」をブレスやネックレスとして身につけるわけですね。

「死」は肉体を脱ぎ捨てるだけのこと

ぬいぐるみはしんどい

せっかく「高次元のボディ」について触れたので、「死」についても触れておきましょう。

人は死んでも死なない
人間の「死」とは、この肉体から離れることです。

 

しかし「高次元のボディ」は死んでも消滅しません。すでに述べたように、肉体は「一番外側のボディ」に過ぎないからです。肉体は「ぬいぐるみ」のようなもので、死はそれを脱ぎ捨てるだけのことです。

 

いくつもの宗教が「魂は永遠である」と言っているのは、こういうことです。

 

なので、私はすでに亡くなった方の波動(オーラ)も観ることができます。それを観れば、いわゆる「あの世での状態」と「生前の性格」などを知ることができるのです。

 

そう、すでに肉体は無くとも、その人の生前の言動はすべて「情報」として高次元のボディに記録されているのです。

 

昔は「生前の言動はすべてエンマ帳に書かれている」と言っていましたね。たとえ秘密を墓場まで持っていっても、あの世のエンマ様の前ではゴマカシがきかないぜ、ということです。

「死ねば完全に無になる」というのは、完全に間違った考え方です。そう思い込んで実際に亡くなる(肉体を脱ぐ)と、往くべきところに往けなくてかなり苦労することになります。

別に無理に信じなくても良いですが、「死はすべての終わりではない」という知識だけは頭の片隅に置いておくこと、死ぬほどオススメしておきます。いつか必ず来るその日以降、きっと役に立ちますよ。

Q:「あの世」とは何ですか?

ステンドグラスの螺旋

死ぬことを「往生」「他界」「昇天」「帰命」などと表現することがあります。これらの表現のすべては「あの世」の存在を前提としています。

肉体を脱ぎ捨てた後の「高次元のボディ」はもうこの世にとどまることができないので、「あの世」にお引越しすることになります。

ただ「あの世」と一口には言っても、さまざまな世界があるようです。神道の流れを汲む宗教では、あの世を「幽界」「霊界」「神界」の3つに区別しています(当サイトではこの表現を採用しています)。

幽界は低く、神界は高く、霊界はその中間。「高い世界」であるほど光り輝いた場であることは感覚的に理解できますね。「天上界」なんて言葉を聞くと、反射的に清らかなイメージを抱くのではないでしょうか。

死後は自分の波動(オーラ)の輝きのレベルによって、往くべき「あの世の階層」が変わります。愛や思いやりの深い人ほど波動がキレイなので、そういう人は高い階層に往生するはずです。

逆に、悪い行いを犯したり、恨みつらみを残したりしている人ほど暗い波動をしているので、低い階層に往かざるを得ません。

俗に言う「地獄に落ちる」というのは、エンマ様に無理やり落とされるのではありません。不調和なオーラであるほど「重たい」ので、低い階層にしか往くことができないのです。

「成功」して地獄へ向かう人たち

ここでのポイントは、この世における社会的地位と死後の地位(あの世での階層)とは、イコールとは限らないということです。この世では「成功者」と讃えられても、あの世では逆になってしまうケースは少なくありません。

エゴが強い人ほど波動が重たいわけですが、それでもこの世では行動力があればそれなりの地位や財産を築ける場合もあります。この世は物質中心、行動中心の世界だからです。ただそれは調和に基づいていないので、波動はさらに重たくなってしまいます。

そんな「成功者」も死後(肉体離脱後)は重たい波動がむき出しになるので「地獄」へまっしぐらです。迷いなく「迷いの世界」へ!

特に社会に大きな悪影響を与えたりたくさんの人々を傷つけたりした人は、そりゃもう耐え難い苦しみの世界へと爆走していくのです。

そういう人の波動を観察すると「お気の毒」としか言いようがありません。でも本人の自業自得なので仕方がない。

こう述べると「原則」は極めてシンプルだとご理解いただけるはずです。でも、この世はなかなか複雑で、必ずしも原則通りには進まないものです。

例えば有力な財界人や政治家がいくら「公正と信義」を貫いたとしても、その言動が特定の集団にのみ恩恵を与えるだけで、それ以外の人々にとっては多大な不利益になっているとしたら、そのマイナス分だけその人物の波動は曇ることになります。

たとえ「自分は世のため人のために働いている!」と強く思っているとしても、それは「天」から観ても紛れもなく真実かどうか、絶えざる自問自答が必要でしょう。

何度でも言いますが、波動は絶対にゴマカシがきかないのです。特に最近報道が多くなった政治家や官僚、企業の不祥事などを見ていると、昔ほど不正が隠し通せなくなっています。

「不正直者こそバカを見る時代」になりつつあるのでしょう。

ただ、エゴが強い人ほど「自分は間違っていない!」といろんな屁理屈をこねるし、だからこのサイトで述べている霊的な世界もバカにしがちなので、冷静な反省はかなり難しいでしょう。

だから、せっかく生まれる前より波動(オーラ)を高めるために「この世」という学校に生まれたというのに、「不良」になって「落第」してしまう人が多くなっているわけです。

Q:「カルマ」とは何ですか?

「カルマ」とは「行い」のことです。細かく言えば「身体による行い」「言葉による行い」「想念による行い」の3つがあります。

蒔いた種がやがて芽を出し花を咲かせ実を結ぶように、もし過去に蒔いたカルマ(行い)が善いものであれば、いつか善い結果となって返ってくるでしょう。逆に悪いものであれば、いつか悪い結果となって返ってくるでしょう。

「原因があって結果がある」という考え方(因果論)は、普段から「時間」に親しんでいる私たちにはしっくりくるものですね。

「カルマ」という言葉には「逃れられない宿命」という重苦しいニュアンスを含んでいます。確かにそういう一面もあるのですが、ことさらに怖れる必要はありません。

なぜなら、「カルマは学び」という側面もあるからです。

「悪いカルマの報いは後で必ず受けることになる」からこそ、そこには反省があります。私たちが深く学べる機会というのは、たいていは失敗や挫折や敗北の瞬間ですね。

もちろん痛みは歓迎すべからざるものですが、カルマは「法則」なので逃れることはできません。だとすれば「これは学びなんだ」と前向きに取り組んだ方が収穫が多いはずです。

一時的に逃げることもできるっちゃできますが、そうすると借金の利子みたいに痛みはどんどん大きくなります。なのでまだ芽が小さいうちに刈り取った方が賢いわけです。

芽が小さいうちに刈り取るコツは、「日頃から自分の言動に対して深く反省する習慣を持つこと」です。

例えば一日の終わりに「今日の自分の振る舞いは人として真っ当だったかどうか」を振り返り、改善点があれば明日以降に活かしてゆくことです。

深い反省とそれに伴う改善ができれば、たとえ過去に過ちを犯したとしても、カルマの報いによる痛みは少なくなります。学びの動機づけとして痛みがあるので、前もって学んでおけば痛みは少なくて済むわけです。

・・・ただ、私も含めた多くの人は、大きな困難でもなければ本気で学ぼうとはしないものです。だから突然のトラブルにあわてふためくわけですが、まぁそれもまた人間の成長のプロセスですな(^_^;)

なお「反省」というのは「自分を責めること」ではありません。「ワタシが悪うございました」と懺悔することでもありません。

「罪を憎んで人を憎まず」と言うように、「自分の行動」は憎んでも「自分の人格」までは憎まないことです。

「完璧な人間」なんて、一人もいないのですから。

「過去世からのカルマ」もある

4歳で千本桜を叩く少年ドラマー
(画像はYouTube「4歳ドラマーライブ『千本桜』」から拝借)

ただ、カルマが悩ましいのは、せいぜい100年の人生のスパンで考えると、納得がいかないことがあるのです。

ある人は裕福な家庭に生まれ、ある人は貧乏な家庭に生まれる。生まれつき美男美女もいれば、そうでない人もいる。才能に恵まれた人、そうでない人。あまり努力していないのに成功する人、努力している割にはあまり報われない人。

「人生は理不尽だ」と言われる通りです。「理性を尽くしてもわからない」ので、理性を超えた世界を考えなければならないのです。

実は、今回の人生の時間に加え、いわゆる「過去世におけるカルマ(行い)」をも考える必要があるのです。

過去世があるかないかは科学的には証明できませんが、ここでは「ある」という前提で進めていきます。

無理に信じる必要はありませんが、私は個人セッションでときおりご相談者の過去世(のイメージ)を観ることがあるので、それが「無い」とは言えません。

例えば、芸術やスポーツの世界ではときどき「神童」が現れますね。テレビやYouTube等で、小さな子が難しいクラシックピアノをバリバリ弾いたり、ドラムを超絶演奏している映像を見ると「世の中にはこんな子がいるのか・・・」と驚きます。

そういう子は、過去世で音楽的な修練をかなり積み重ねていると思われます。

不肖この私もまた、ほとんど霊修行らしいことはやっていないのに、急速に霊的な能力を発揮できたのは、私もまた過去世の中で相応の修行を積んでいたからなのでしょう。

このように、年齢というものを霊的に観ると、「過去世+今生の時間」になるのです。今生の時間の差はせいぜい数十年ですが、過去世の時間の差には、数百年、数千年、数万年の違いがあるのです。

だから、小さいのにしっかりした子もいれば、「いい大人のくせに・・・」と影で「老醜・老害」と言われる残念な人もいるのです。

そういう意味で、あのデーモン小暮閣下の自称年齢が「100055歳」(2018年現在)であり、今の人間の格好は「仮の姿」であるのは、霊的には正しいかもしれません(笑)

過去世で良いカルマを多く積んでいる人は今生では恵まれることが多く、その逆も然りです。

過去世で悪いカルマを積んでいる人の中には、その「罪滅ぼし」として「今回の人生では良いことをやってマイナスを帳消ししよう!」という意欲が無意識レベルで強い方がおられます。

ただ、いくら良いことをやったとしても、過去世で積んだ悪いカルマの方がずっと大きいので、運勢が好転するのに時間がかかるのです。

もちろん、水面下では悪いカルマがどんどん解消されているのですが・・・表面だけ見ると「神も仏もあるものか!」と腹が立つかもしれませんし、他人からは「いい人なのになぜ不幸なのか・・・」と気の毒に思われるかもしれません。

これは厳しいっちゃ厳しいですが、逆に考えれば「報われない努力はない」とも言えます。ただ、すぐ報われるとは限らないので、こういった「霊的世界の原則」を深く学び、忍耐強く努力を続けることが肝要なのです。

お疲れ様でした
ここまでが原理原則的な事柄の説明です。ご一読いただき、ありがとうございます。次の「パート2」もう少しライトな内容です。進みたい方は、以下からどうぞ。

※2018/10/06 加筆修正