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目次
今回の要約文
■自己啓発・成功哲学が合わない人へ‐魂の成長を求め続ける生き方
成功哲学や自己啓発では、「強烈な願望や野心」が成功の大前提として語られます。
しかし、多くの人は「強烈な想念」を持つこと自体が難しいわけで、試合の場にも立てないわけです(汗)
また「潜在意識」をクリアにすることが簡単ではないため、たとえ強い成功意欲を持ったとしても、その反作用として「失敗の怖れ」が生まれてしまう。
「失敗を怖れるな」なんて言われても、怖れちゃんうんだからどうしようもない。
「強烈な願望」が生まれる背景には、挫折や喪失などの「負の体験」があります。
空前絶後の大ヒット『鬼滅の刃』の主人公・炭治郎が鬼を殺す執念に燃えるのは、鬼に家族を惨殺され妹(禰豆子)を鬼にされたという「慟哭」があるからです。
振り返って、普通に生きて普通に暮らしてきた私たちの多くは、そこまでの執念を持てますか?
死にもの狂いになれるほどの「かなしみ」を飲み込むことができますか?
もともと野心が強い人、エゴも含めた生命エネルギーが強い人であれば、成功哲学は使えるでしょう。
でも、スピ系・心理系・セラピー系などにシンパシーを感じる人に多い「やさしい人」「真面目な人」「気の弱い人」は難しい。
「引き寄せの法則」のルーツは成功哲学なので、本当は引き寄せだって難しいんですよ。
では、成功哲学・自己啓発がが合わない人はどうすればいいのか?
「成功は約束されていない。しかし、成長は約束されている」
この言葉の通り、成功でなく成長を求める生き方に切り替えることです。
「生命の躍動」と「魂の成長」を求め続けるプロセスにおいて、特に追いかけなくても、自分の境涯にふさわしい物質的成功はやってくるでしょう。
以前の「ダライ・ラマ回」で述べた通り、布施(利他)と瞑想(祈り)の実践によって、潜在意識に巣食う煩悩をクリアにしていくのが "成功哲学・自己啓発が苦手な人" にオススメです。
自己に与えられた宿命と運命を深く省察し、本当は「すでに多くのものを与えていただいている」ということに気づき、ささやかでも人の役に立つ生き方をすること。
物質世界はすべて「無常」であり、この生命は一瞬の内に過ぎ去ってしまう。
「むなしさ」に目覚め、本来の目的(生命の躍動と魂の成長・成熟)に生きること。
それだけが、この肉体を手放した後にも残る「霊的資産」なんです。
運良く物質的に成功したところで、そこに真の志がない人の波動(オーラ)は、私から観れば大したことはないんですよ。
大した志を持っていないため、物質的成功に魂が飲み込まれてしまう。
そこから立ち直ることは、よほどしっかりしないと難しい。
成功法則の元祖・マーフィーの本の波動(エネルギー)は、別に悪くはないけど、かといって特に良いわけでもありません。
「神に物質的繁栄を祈る」ようなすごくエゴイスティックな部分と、「人のために奉仕しなさい」という伝統的なキリスト教の価値観がごちゃごちゃに混ざっている。
前者の部分の波動は "濁っている" ので、この部分は受け取らない方がいいですよ。
物質的成功を主たる目的にしてしまうと、多くの人は虚無感に襲われます。
そんなの当たり前じゃん、「無常」を相手にしてるんだから。
もしうまくいけば一時的にはスリルと興奮が味わえるかもしれませんが、物質には限度があるため、必ず虚無感に襲われます。
これが社会的には「成功者」と言われる人たちの中に、波動(オーラ)が重たく暗くなっている人が少なくない要因です。
でも、周りからはチヤホヤされるから、もう抜け出せないのよ。
こういうことを言っても「たとえむなしくたって、一度はそんないい思いをしてみたいな!」という人もいるでしょう(笑)
まぁよろしいんじゃないですか。
輪廻が踊る「かりそめの世」で、たまにはそんな生も良きかな。
個人的にはオススメしないけど、とことんやりたきゃご自由に。
要点・要約文を読んで、あとは動画でご覧になりたければ以下からどうぞ。
成功哲学・自己啓発は使い方を間違えると身を滅ぼしてしまう
前回に引き続き、成功哲学(自己啓発)についてお話ししていきます。
今回は
「成功哲学に向いていない人でも、無理なく幸福をつかみ取る方法や考え方」
について。
成功哲学のギラギラ・オラオラした感じが苦手な人、また成功哲学の派生型である「引き寄せの法則」がしっくり来ない人はご参考になると思います。
今回も成功哲学の元祖であるジョセフ・マーフィー『眠りながら成功する』という本を取り上げます。
この『眠りながら成功を得る』という本の波動を、前回は言い忘れていました。
私は人の名前や物の名前、あるいは本のタイトルから波動(オーラ)を観るという、ちょっと変わった特技があります。
それでこの本の波動といえば、
「別に悪いわけではないけれど、特別良いわけでもない」
という、かなり微妙な感じです。
(ついでに言えば、マーフィーさん自身の波動も決して悪いとは言わないけど、かといって高潔でもありません。社交的には「いいおじさん」だったと思いますが)
本当にダメな本は波動がくすんでいて重たいエネルギーを感じるのですが、この本はそうではない。
でも、他のレビュアーが絶賛するような「名著」ではないんじゃないかと思います。
だから前回もお伝えしたとおり、「使い方次第」でしょうね。
エゴ的な野心を増幅させる道具として使うこともできれば、本当に世のため人のために生きる指針として使うこともできる。
著者のマーフィーはキリスト教の牧師で、強い肯定的な思いのことを「祈り」と呼んでいます。
本書の一部には物質的欲望を満たすために祈りを使う箇所もありましたが、その箇所はあまり波動が良くないと感じました。
例えば本書にこういう祈りが紹介されています。
神の富が豊かに私の人生に流れ込んでくることに感謝します。
そして四ヶ月間の世界旅行ができたことに感謝します。
そして私と完全調和する素晴らしい精神性の高い男性を得たことに感謝します。
そして最後に美しい家具の入った素敵な家に対して感謝します。
ハッキリ言いますが、こんなものは祈りではなく、ただの野心であり欲望です。
祈りは本来、高く清らかなもの以外あり得ない。
マーフィーは「物質的繁栄も神の力によるもの」という思想があるので、おそらく罪悪感なくこの祈りを唱えられるのかもしれませんが、私は賛同できかねる。
その一方、お店を経営している人に対してマーフィーがアドバイスした祈りもあります。
神の平和は私の魂を満たし、神の愛は私の全存在を調和させます。
神は私を導き、栄えしめ、霊感を与えてくださいます。
私は光を受け、神の癒したもう愛は私からすべてのお客様に流れていきます。
これは自分の幸せよりまず他者の幸せを願う祈りなので、波動は別に悪くない。
この本はモロにエゴイスティックな部分と、そうでない部分が混在する、ちょっと困った本ですね。
この本を「名著」と評価するレビュアーは、エゴイスティックな欲望の追求にも肯定的なのでしょうか?
だとすれば、その人は「エゴの振動波」をそれ相応に抱えている人なんでしょうね。
繰り返しますが、私はこの本は「使い方次第」であり、使い方を間違えると身を滅ぼすと思います。
物欲の追求は決して悪くはないんですけど、ものを食べる量と同じで、多くを求めて食べすぎてしまうと不健康の原因になります。
成功哲学(自己啓発)が絶対言わないことは、「足るを知る」ということですね。
なので前回も述べたとおり、この本の「エゴを刺激する部分」は意識的に拒否することをオススメします。
とはいえ積極的な思考や考え方は人生を切り開く上で重要なのは間違いないので、その指針となるような使い方をすれば良いでしょう。
成功哲学以前に、強烈な願望を持てる人は少ないという事実
前回の配信を受けて、視聴者Yさんからご感想をいただきました。
この方は過去に私の『レイキヒーラー養成講座』にご参加くださった方で、よく知っている方です。
許可をいただきましたので、その一部をご紹介します。
林さんこんにちは。
今回のテーマが「マーフィーの法則」だったので、感想をいいたく(笑)
というのも、私のスピリチュアルの入り口がマーフィーだったからです。
基本的に怠惰なんでしょうね。
「眠りながら成功する」さんざん読みました。
何冊も何冊も依存性のように(笑)
簡単に書かれていますが、結局のところ潜在意識をクリアーにすることが並大抵の事では出来ないということがわかりました。
聖書を読んだり、般若心経を読んだり紆余曲折、結局たどり着いたのが、五井先生の消えていく姿の教えでした。(注:世界平和の祈り)
(成功しようが失敗しようが)「どっちでもいいんだよね…」という心境なんとなくわかります。
それが諦めなのか虚無なのか…?なところはありますが。
今はやっと、現実世界に於(お)いては、地道な努力に越したことは無いという事を受け入れつつあります(笑)
Yさん、ご感想ありがとうございました。
こういうお声があると、視聴者さんの方向を向きながら考えることができるので有り難いです。
それにしても、成功哲学に興味がなさそうに見えた?Yさんがまさかマーフィーにハマっていた時期があったとは知りませんでした。
講座でお話をしていたときは、一切話題に出ませんでしたし。
では、Yさんのコメントを深堀りしていきましょう。
最も重要だと感じたのは、
>結局のところ潜在意識をクリアーにすることが並大抵の事では出来ない
という部分。
成功哲学(自己啓発)の最重要項目は、
「結局どれだけ強い思いを持てるか」
ということ。
でも、多くの人は「強烈な想念を持てない」という壁にぶつかります。
最初はテンション高くノリノリで願望を掲げても、そのうちに小さく萎えていきます。
また「必ず成功する!」と強く思い込もうとすると、まるで物理学の「作用と反作用」のように「でも、できなかったらどうしよう・・・」というネガティブな思いが同時に湧いてくる。
これはアクセルとブレーキを同時に踏んでいるような状態ですね。
アクセルが強ければブレーキも強くなり、結果的にプラスマイナスゼロに近くなる(強い願望を持てない自分の不甲斐なさに落ち込んだりすると、むしろマイナス方面に落ちていきます)。
強烈な想念を抱くことが何よりも大切なのに、それが持てない、長く続かない。
そうなると、もはや「自己を啓発する」どころか「自己否定感を深める」ことになりかねません。
したがって成功哲学(自己啓発)と特に相性が良いのは、成功を純粋に確信できる人、あるいは頭のネジが2~3本外れていてネガティブな想念が湧かない人です(笑)
「普通の人」や「常識的な人」にはなかなか難しい。
けれども、どんな人でも欲望だけは普通に持っているから、成功哲学(自己啓発)の類は今でもなくならないわけですね。
そもそも、なぜ成功したいのでしょうか?
多くの場合、「強烈な動機」は挫折や失敗、喪失、屈辱などの「負の体験」から生まれます。
「こんなところで終わってたまるか!」「今に見てろ!」といった強烈な思いですね。
そこから強い願望が生まれてくることが多い。
(後述しますが、もちろん純粋な好奇心や希望から強い動機が生まれることもあります)
例えば最近、2作目の映画もめちゃくちゃヒットしている『鬼滅の刃』(私も映画館で観ました)。
主人公は「竈門炭治郎(かまどたんじろう)」です。
ご覧になった方はおわかりの通り、「一匹残らず鬼を殺したい」という炭治郎の強烈な動機はどこから生まれてくるのでしょうか?
鬼の総大将である「鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)」。
炭治郎が死んだような目つきで「無惨、お前は絶対に生かしておいてはいけない奴だ」と語る場面がどこかでありましたが、その執念はどこから出てくるのか?
それは家族を皆殺しにされた悲惨な体験です。
一瞬のうちに家族を失い、妹の禰豆子(ねずこ)は鬼に変えられてしまった。
この「強烈なる負の体験」が炭治郎の動機になっているわけです。
これは漫画の話ですけど、現実世界でもそうではないでしょうか。
「死んでも成功したい!」「何が何でも絶対にのし上がってやる!」といったドロドロに渦巻くエネルギーを、あなたはご自分の内側に持てますか?
あるいは負の体験はなくとも、大きな好奇心や憧れを持ち続けられるほどの「生命力」はお持ちですか?
・・・多くの人には、なかなか難しい。
だから最初からズッコケてしまっているんです。
そんなことより、ぶっちゃけホンネでは「そこそこの、人並みの生き方でいいや」なんて思ってませんか?
別にそれがダメとは言わないけど、もしそうだったら一般的に言う「成功」は難しいことを理解しなければなりませんね。
「いや、ワタシは人並みの人生なんかで終わりたくないんです!」
と強く言う人もいるでしょうけど、ここで語っていることは、そういう人でも上記の事情によって「強い思いが持てない、続かない」ということなんです。
「大きな想念」を強く思い描けるだけでも、実はその半分以上を達成できたのと同然なんですよ。
ウソだと思うなら、ウソでもいいから「大きな想念」を抱いてみてください。
多くの人はそれを長く心に思い留めることができません(たぶんあなたもそうでしょう)。
漫画『ワンピース』の主人公のルフィは、「俺は海賊王になる!!」と純粋に本気で思い続けているからこそ、あの壮大な物語が生まれるわけです。
(もちろん思っただけでは願いは叶いませんが、少なくとも思わなければ何も始まらない)
逆に言えば、多くの人にはそれだけ「大きな想念」を思い描けるだけの背景・理由・野心・生命力がない。
たとえ野心やエゴであろうと、その強欲によって「大きな想念」を思い描ける人はそれを実現する可能性は高い。
そういう人は、善悪を抜きにすれば、強烈な個性や人間的魅力を持っているものです。
現実的に、多くの人はガンガン稼いでいる人には一定の魅力を感じるし、それが男性である場合、たいていは美しい人が隣にいるものです。
やっぱり男はカネよ、カネっ!!
これは釈尊やイエスが教えない、古今東西を貫く「不滅の真理」であります(笑)
「エゴの振動波(バイブレーション)」によって波動が暗くなろうが重たくなろうが、そんなもん関係ねえ!!
誰かを傷つけてでも裏切ってでも、天下を獲ったらあ!!
こういうある種の「正直さ」を持っている人は、良くも悪くも大きな人物になっていく。
一方、スピリチュアルや宗教にシンパシーを感じる比較的「やさしい人」「真面目な人」は、
- 「いやいや、自分なんて大した人間じゃないです」
- 「別に贅沢したい気持ちはなく、慎ましやかに生きていければ十分です」
- 「お金を持つとロクなことにならないんで、そこそこで幸せです」
- 「生かされているだけで、本当に有り難いです」
- 「〈足るを知る〉こと、それが仏様の教えであります」
・・・という考えを持つ傾向にあります。
これらはスピ的・宗教的には立派なのですが、現実的なスケールは小さくなってしまう。
これが歴史的に、仏教圏やイスラム圏より、欧米のユダヤ・キリスト教圏が物質的に繁栄した理由です。
マーフィーや前回ご紹介したノーマン・ヴィンセント・ピールなどのキリスト教牧師が自己啓発(成功哲学)を説くのは、キリスト教が「成功や繁栄は〈神から与えられた尊い権利〉なのだ」と思い込める根拠を与えてくれるからなんです。
さあ、あなたはこの現実をどう考えますか?
私は今回の配信において、スピリチュアルや仏教など「物質的成功にあまりコミットしない教え」に親しんでいる人でも、大きく強く広く深く生命力を拡大していけるにはどうしたらいいのかを提案してみたい。
私たち〈真のスピリチュアル〉に生きる者は、いわば「聖なる野心」とでもいいましょうか、小さくまとまらず、世のため人のため、そして自分の魂の大きな成長・深い成熟に向かっていく「大いなる欲望」を持たなければならない。
この「聖なる野心」や「大いなる欲望」こそ、従来の理解を超えた【祈り】ではないのか。
それがこの物質世界で実現できるかはわかりませんが、少なくとも「想念」においてはそういう道を求め続けなければならないのではないでしょうか。
本当の引き寄せの法則は、引き寄せを意識しなくても幸運に恵まれること

今回は久々に視聴者さんの声を取り上げたいと思います。
いま映っているのはiTunesの画面です。
たまにiTunesのレビューを見るんですが、最近とても嬉しいレビューをいただきました。
ペンネームは「ゆーみん公邸料理人」様です。
最近はSNSもフォローしてくださっていると思います。
ありがとうございます。
レビューを読ませていただきます。
「この放送に出会えたことに感謝。
どの回も深く納得のいく内容で心の奥に静かに響きました。軽やかな引き寄せとは異なり、真実に誠実に向き合う姿勢が全回を通して伝わってきます。内側を輝かせ、大いなる存在へ祈ることの尊さをこの方から学ばせていただきました。このような尊い放送に巡り会えたことに感謝し、淡々と活動を続けておられるお姿に心より敬意を抱きます。」
本当にありがたい言葉で、励みになります。
こういったことも、最初から期待していたわけではありません。
意図して引き寄せたわけではないんです。
今回述べた通り、物質的成功は期待せず、特にイメージもせず、淡々と活動を続けてきた結果、こうした言葉をいただいたということです。
成功しようが失敗しようが、この動画や音声が再生回数を多く取ろうが少なかろうが関係なく、私は自分の宇宙的使命だと感じたことに取り組んできただけです。
たとえそれが間違っていても、そう感じることに向かっていった結果です。
その中で、このような思わぬお声もいただく。
私は「引き寄せ」は意図していませんが、自分の思った以上の運命が展開していく。
私はこれが「本当の引き寄せ」ではないかと思っています。
引き寄せようとしなくても、結果的に自分の意図を超えた運命がおのずと展開していく。
これを古い日本語では「自然(じねん)」と呼びます。
私はこの考え方が好きですね。
成功哲学が向いている人もいるし、私のように苦手な人にはまた別の方法があります。
いろいろ学んで、自分に合う方法を試していただくのが良いと思います。
ゆーみん公邸料理人様、本当にありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
なお、YouTube(Podcast)は今回の文字起こし編集でカットした部分があります。
今回も動画と文字起こしは内容が変わります。
なので動画(または音声)もご視聴いただけると、より理解が深まるかと思います。
※この下に「音声プレーヤー」があります。倍速再生も可能ですし、YouTubeより通信量も少ないし、スマホを画面オフにしても聴けるので便利です。
追伸
なお、今回は加筆修正がかなり多くなってしまったため、この334回の文字起こしは全体の半分ほど切り取りました。
その切り取り分は次回の配信で語ることにしました。
よろしければ次回の335回目もご覧いただければ幸いです。






