※ウェブサイト『マジスピ』には音声の文字起こし(読みやすく加筆修正済)があります。

■YouTubeではメモ、資料、スライドなどを映していますが、音声プラットフォームの「ながら聞き」でも十分ご理解いただけると思います。
ウェブサイトでは最下部に音声プレーヤーがあります。倍速再生も可能ですし、YouTubeより通信量も少ないし、スマホを画面オフにしても聴けるので便利です。
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ここから下はまだ編集中です。「一部に誤字脱字を含む、ざっくり文字起こしの段階」をご理解の上で読んでください。配信日から1週間以内に加筆修正とスライド等を足して読みやすくするので、待てる方は少しお待ちください。
目次
今回の要点と要約文
今回の要点
- 書籍『タフティ・ザ・プリーステス』は、従来の「引き寄せ」とは一線を画し、現実を「選択」し「編集」する監督の視点を持つことを説いている。
- 私たちは無意識の信念による「刺激と反応」で生きる操り人形(ペーパー人間)になりがちだが、意図を持って目覚めることで現実創造が可能になる。
- 現実が思い通りになることを保証する魔法ではなく、ままならない現実の中でいかに自分の意図を持ち、自分らしく振る舞うかという態度のあり方が本質である。
※要点は以下のショート動画でも語っています
(ここにショート動画が挿入される予定です)
■【解説】ベストセラー『タフティ』は"引き寄せ"超えの願望実現メソッドではない!■
今回は、数年前からスピ系で話題になっている『タフティ・ザ・プリーステス:世界が変わる現実創造のメソッド』の内容を、私なりの解釈で概要を述べてみます。
この本の謳い文句は「"引き寄せ" を超えるメソッド」ということですが、それは間違いです。
ちょっと読んでいけばわかるはずですが、従来の自己啓発、成功哲学、引き寄せとは違うポジション取りをしています。
確かに従来の自己啓発っぽい表現は結構盛り込まれているんですが、「こうすれば願望は実現しますよ」という断定は避けています。
また凡庸なスピ系にありがちな「ミラクル」や「マジック」など、"幼稚園児" 向けの表現もありません。
おそらく宇宙物理学で言うところの "多次元解釈" をベースに認知科学の知見を取り込んだ、意外と地味な内容です。
ただし独自の造語が結構あることから、かなりとっつきにくい文章です。
またオネエキャラ「巫女タフティ」の上から目線の語り口によって、私もその一人ですが読み進める意欲を削がれてしまいます。
それでも世界的にベストセラーになるのは、独特の語りスタイルが逆に新鮮に映ったこと、著者の元量子物理学者という肩書に期待があったこと、そして「引き寄せ疲れ」の次の受け皿になったという要因が重なったからはないかと思われます。
この本の概要をサクッと言うと、私たちは普段、目の前の現実に翻弄され、嫌なことがあれば怒り、良いことがあれば喜ぶという「刺激と反応」のサイクルの中に閉じ込められています。
タフティの言葉を借りれば、これは「眠っている」状態であり、過去の信念というフィルムに従って動くだけの「ペーパー人間(操り人形)」に過ぎません。
スピ好きの多くが「引き寄せ」に期待するのは、この操り人形の状態のまま「外側の現実だけを都合よく変えること」ですが、「だからアンタはうまくいかないのよ」タフティ姐さんはおっしゃる。
タフティが説く「覚醒」とは、無意識に自分の望まない台本を演じさせられている役者の視点から、人生という映画を俯瞰する「監督」の視点へと次元を高めることです。
現実はフィルム(潜在意識・信念・価値観)が映し出した「スクリーン」であり、そこに映る現象自体を直接コントロールすることはできない。
けれども次に来るコマ、つまり未来のフィルムを自らの「意図」によって「選択」することはできる、というのが本書の主張ですね。
ただし、意図をもって選択したからといって、必ずしもその通りに実現するわけではない、というのは私が解釈したことです。
こういう願望実現本というのは、ある程度の期待やワクワク感を抱かせる内容でないと売れません。
この本は「絶対叶う」という断定的な表現はしていないけど、やっぱり読者にワクワクしてもわないといけないので、適度にリップサービスしている印象はあります。
とはいえ著者の意図を汲み取るとしたら、自分の「意図」と「エネルギー」と「行動」を編み合わせる「三つ編み」の状態でもって現実に対峙することで、「ただ流されるだけの人生」とは決定的に違う道が開け始めます。
たとえ予期せぬトラブルが起きたとしても、監督の視点があれば「これは最高の結末を迎えるためのスパイスだ」と面白がることさえ可能になります。
運命の脚本そのものは書き換えられなくても、それをどう解釈し、どう次に繋げるかという「編集」は常に自分自身の手に委ねられています。
自分の望む役を「らしく」振る舞い、自らの意志で人生を編集していくこと。
それこそが、タフティが伝えたい「現実創造」なんでしょうね。
これは「願望実現」や「引き寄せ」とも違う点です。
でも、多くの人はラクして夢や願望を引き寄せたいから、そのニーズに応え出版社は「引き寄せを超えたメソッド!」と言っちゃうし、本書を紹介する発信者の多くも「引き寄せ」というカテゴリーから抜けられない。
スピ系っぽいんだけど、実際はそんなスピスピしていない。
この本を願望実現メソッドではなく、ままならぬ人生をそれでも主体的に人生を歩むための「認知転換」のヒントとして手に取った方がいいんじゃないかなと思います。
でも、正直読みにくい文章で、ちょっと何言ってるかわからない箇所も結構あるので、強い興味のある方以外はあまりおすすめはしませんね。
要点・要約文を読んで、あとは動画でご覧になりたければ以下からどうぞ。
なぜタフティは「引き寄せメソッド」ではないと断言できるのか
今回は、ある本の紹介をさせていただきます。
今回もYouTubeではスライド、およびその本を映しております。
ただ、音声だけでも分かるように説明をいたしますので、お好きな媒体でご視聴、ご聴取ください。
今回取り上げる本はこちら、『タフティ・ザ・プリーステス 世界が変わる現実創造のメソッド』という本ですね。
こちらの著者がバジム・ゼランドさんというロシア在住の作家で、元量子物理学者とのことです。
原著が2018年の発行で、日本で翻訳が出たのは2023年の11月ということですね。
それから結構話題になっていまして、私もお客さんやメルマガ、ブログの読者さんから「このタフティについてどう思いますか」というご質問を受けたこともあるのですが、個人的にはこういった引き寄せとか願望実現のメソッドというのは興味がないのですよね。
興味がないとは言いながら、このマジスピラジオでもここ最近、自己啓発や成功哲学について取り上げてきましたけれど。
あとこの本ですね。後にYouTubeでもアップして画像を載せておきますけれど、このジャケットの女性の絵が、生理的にちょっと嫌悪感を覚えまして。これは第一印象ですよ。
帯の裏側に書いていますけれど、3000年前の石巣神殿の巫女が時空を越えて伝えるメッセージということで、これはそういう設定で寓話的にメッセージを発信しているわけですね。
ただこの絵もちょっと嫌だし、あとこの文章ですね。
これは今Amazonでレビューが1000件以上あるのですけれど、結構ある意見としては、読みにくい、表現が難しい、あとこの巫女という女性の設定の語り口が、なんだかお姉さんみたいな感じなのですよね。
この巫女という設定の女性が上から目線で偉そうに物を言ってくるのですが、それが良いという意見もありましたが、個人的には気持ちが良いものではなかったですね。
例えば今パッと見たページを読みますけれど、「なまけないでお利口さんなら、ちゃんとできますよね。そうでないと追い出しますよ、役立たずとしてね。私以外あなたを愛する人なんていないのですから」。
いちいちイラッとするのですよね。読みにくいということと、内容が難しい変な造語があるということですね。
なんでこういう本がベストセラーになっているのかちょっとよく分からない部分がありますが、ただ今回、一通りは読んでみようということで我慢してさーっと見まして、あとはAIでちょっと整理をしながら簡単にブックレビューをしたいと思います。
内容に入っていく前に、この帯に書いてあることだけでもだいぶ突っ込みどころがあるのですが、まず「量子力学×願望実現」と書いていますけれど、あんまり量子力学はしていないですね。
著者の方がどんな方かわかりませんが、元量子物理学者と書いているので、そういった量子力学的な知見はあるのでしょうけれど、あんまりそんな量子力学はこうだっていう感じでは書いてはいないですね。
あと帯に「引き寄せを超えるメソッド」と書いてありますね。多分ここが結構注目されて売れた要因の大きな一つだと思うのですけれど、この本、ちょっと読めば分かるのですけれど、引き寄せ本ではないです。そこはまず注意しないといけないですね。
ネット上の他の紹介記事だったり、あるいはYouTubeとかざっくりだけ見たのですが、どうも従来の引き寄せを超えるというニュアンスで語っているのが多いなという印象ですね。
ただ最近も自己啓発のシリーズで話してきたように、みんな欲望がありますのでね、思い通りに引き寄せたい、願望を実現したいってあるじゃないですか。
だからその路線で語りたがるのはわかるのですが、ただこれは引き寄せ本ではありません。引き寄せとはまた別のポジションを取っているというのが私の受け止め方ですね。
私はさっきも言った通り、個人的に願望実現にはさほど興味がないので、逆に言えばちょっと引いて距離を置いて語ることができるかなと思いますし、まさにこのタフティで書いていることがその距離を取るということなのですね。
つまり現実を動かすとか引き寄せるということではなくて、認知を変えるということがこの本の重要なポイントですね。
私はしっかり読み込めているわけではないので、細かい部分は著者の意図と違うのかもしれませんけれど、大事なことはこういった本を読んで自分が何を考えるかであって、著者の言う理論に全部従う必要はないわけでね。
そういった意味で私の意見も参考程度にしていただいて、もし興味があればさらにこのタフティを読んでいただければいいと思うのですけれど、まあよくわからないと思いますので、かなり強い興味がある方以外は特におすすめはしませんし、買う必要もありません。
ところでこの本の波動ですね。いつも言っているお名前だけで分かります。これは人間のみならず、物とかコンテンツでも分かります。
肝心のこの本の波動は、決して悪くはないです。しかし、まあ良くもないかなという印象ですね。
今から何回か前に取り上げたこのマーフィーの法則ですが、これは引き寄せ本の元祖という説明をしましたが、さっきも言った通りこのタフティとはそもそも取っているポジションが違うのですけれど、波動としてはこの2冊、さほど変わらないですね。
このマーフィーの法則も前に言った通り、決して波動は悪くないのです。かといってめちゃくちゃ良いわけでもないという、なかなかに絶妙なポイントですよね。
決して悪い本じゃないから売れもするわけですよ。ただたくさん売れているからといって、内容が抜群に良いわけでもないということですね。
では前置きはこの辺にして、この内容、今日は本当に簡単に説明をしていきたいと思います。
【H2-2 挿入箇所】
ここに「タフティ・ザ・プリーステス 現実という映画の監督になる」と書いてありますが、本の原題が「映画の中を歩く」という意味なのですけれど、それがあってここに「現実という映画の監督になる」ということ。
つまり監督としてこの現実を見るということがこの本のポイントなのですね。
で、ここに「引き寄せを超えた現実創造の操作マニュアル」と書いていますけれど、引き寄せは超えてはいないです。引き寄せとは別のポジションで語っていると。だからここも誤解が生じやすいのですけれどね。
この現実創造というのも、思い通りに作るという意味ではないですね。現実世界にはさまざまな制約があるわけですよ。
例えばいくら運気を高めたところで、政治が腐敗していて経済が凋落していれば、それはなかなか厳しいじゃないですか。そもそもそういった環境なんだから。
だから自分が現実を創造していくというのは、絶えず他者との関係性の中、言い換えれば制約の中でやっていくわけですね。そこを自分の意識だけで切り取ってやっていくというのが引き寄せかなと思うのですけれど。
このタフティの場合は思い通りに引き寄せるのではなくて、ここに映画の監督といった通り、現実という名のマトリックスの中でどんな意図を持ってそこに臨んでいくのか、ということを言っているわけです。それをここでは「創造」と言っているのですね。
思い通りに現実創造するぜって言っちゃうと、これはやっぱり引き寄せの延長線上になってしまうわけですね。そういった意味では引き寄せを超えたって表現はいいですよ、そういう解釈を好むのであればそう言っても別に構いません。
この不平不満の多いままならぬ現実世界において、思い通りに現実をコントロールしたいわけだから、どうしたって引き寄せを超えていた方がこの本の売り手としては刺さるわけですよね。けどそうじゃないですよということをもう一回強調しておきます。
覚醒とは、刺激と反応だけで無自覚に生きる夢から目覚めること
さっき言った映画の中を歩くという表現をしましたけれど、この現実はスクリーン、これは他のスピリチュアル系でも時々言われることですね。
現実はスクリーンであって、フィルムというのは無意識あるいは潜在意識だということをよく表現されますね。
私たち普通の人間というのは、目の前のスクリーン、目の前に映っている現実をリアリティのあるものだと思ってしまう。
そこに起こってくるさまざまなこと、それは喜びであろうが不快なことであろうが、その現象に反応してただ生きているだけだと。良いことがあったら喜んで、嫌なことがあったら悲しんだり腹が立ったりすると。
これはいずれにしても刺激と反応で生きているわけです。これがタフティ的には「眠っている」というわけですね。
その刺激と反応の間にあるのは、信念。心理学ではビリーフという表現もします。その刺激と反応の間には信念というのがあるわけですね。これは心理学で言われていることです。
ここでは信念という表現はしていないですね。無意識と表現したり潜在意識と表現をする。それは過去の思考の積み重ねによってできているということですね。それがここの絵に映っているフィルムというやつですね。
だからぼーっと生きていると刺激と反応だけで流されて生きてしまうのですが、ここでこの映像が、この現象が映っているというのは、そこにどういう意図があるのか。
あるいは、ここで自分がこんな反応をしてしまうのは、そこにどういう信念や価値観があるんだろう、ということを意識化する。無意識を意識化する、その認知・認識の枠組みをちょっと広げようねと言っているのが、このタフティの基本的な考え方だと私は理解をしています。
目覚めていない時、夢が現実だと思っている時、このマトリックスが本当の世界だと思ってしまっている時というのは、自分は台本通りに動く「ペーパー人間」とこの本には書いてありましたね。
脚本通りに動く、自分が無意識に持っている価値観、信念、その通りに刺激と反応だけによって動いていくペーパー人間、切り抜きだと、それに過ぎないんだよというわけですね。
それを「偽物の自分」と「偽りの自由」と言っているわけです。
今、何回かマトリックスという言葉を使っているのは、あの映画の『マトリックス』をちょっとイメージもしているのですね。
スピリチュアルでも自己啓発でもよく取り上げられますけれど、マトリックスの世界が本当の現実だと思っていたのだけれど、そこで目覚めてしまった時に、そこにあるのはとんでもない世界だったわけですよね。
そこから真の自由というのを取り戻すというのがあれの一つのテーマかなと思うのですけれど、そこに「脱出の鍵」って書いてありますよね。
自分が無意識の信念や価値観によって刺激と反応だけで生きてしまっている、演じさせられてしまっている。望んでもいない役割を勝手に与えられて、あるいは自分で無意識のうちに作り出してしまって、それを演じさせられてしまっている。
でも自分の意識としては、自分が人生の主人公として生きていると思い込んでしまっているということですね。けれども本当にそうですかと。あなたは夢を見てるじゃないのということを言っているわけです。
だからこれ引き寄せじゃないんですよ。思い通りになるとかワクワクしましょうとか、そういった単純な話ではないわけです。
このタフティの文脈でいう覚醒というのはですね、演じさせられてしまっている俳優のレベルからちょっと俯瞰して、監督のレベルまで意識を次元を高めるということなのですね。
だから、ここに「現実を冷徹に観察する」とかね、「次のシーンを意図する」とか。意図という言葉も大事な言葉ですね。今こういった現象になっているから、じゃあ次どうしようかなということを意図的に決めるということですね。これがタフティの考え方です。
けど難しいのはね、引き寄せっぽいことも言うんですよ。イメージをしましょうとか、ゴールを決めましょうとか、自己啓発とか引き寄せっぽいこと言っているんですよ。ここはちょっと分かりにくいのですよね。
でもこの本が言いたいのは、映画の中を意図的に歩くということですね。この監督的なディレクション、つまり方向づけをするということですね。
それからすれば、現実は引き寄せるものではなくて選ぶものであるという表現ができるわけです。要はこれ認知の問題なのですよ。
ただここもまた難しくて、じゃあ選んだらそれは実現するのですかと。そこでイエスと言っちゃうと、これまた引き寄せの文脈で語ることになるのですよね。
この選ぶという視点は、おそらく量子力学が言っているところの多次元解釈なのかなと思うのですね。さまざまな現実があるわけです。
確かマルチバースなんて言って宇宙ってたくさんあるんだよということも、もう理論として言っていますよね。無数にある未来のフィルムの中から何を選ぶかということですね。
選択のカードがたくさん並んでいる中で、意図的にそのカードを取るということですね。
ところがまた難しいのは、じゃあそれを取れば、その意図的にあることを選べば、その通りに実現するのかと。というのは、それは分からないわけです。
さっきも言った通り、願望が実現するかしないかというのは、自分と、そして他者や社会との関係性で決まってくるし、あとこの本では言っていませんけれど、運でも決まるのですよ。
でも運で決まるのだから本当のことは分からへんと言ってしまったら、この本売れないですよ多分ね。だからそういったことは言ってないのですけれどね。
だから私からの注意点はですね、たくさんあるフィルムからこのフィルムを選んだとて、その通りになるとは限らないですよと。だって人生というのは分からないのだからと。
この本もちょっと微妙で、必ず実現する的なことは言ってないのですよね。今ちょっと目についたところを読んでみますと、「自分の本当の目標、人生の目的を見つけて、それに向かって動き始めなければならない」と。
だからそれをしたからといって、その通りになりますよとは言っていない。というのは引き寄せとはちょっと違う。
そして自分を向上させること、高めることに集中する。これは当然、当たり前ですよね。
当たり前のことも言いつつ、独自の造語だったり、わざと難しく売っているんじゃないかみたいな表現もするから、そこはちょっと個人的には残念かなと思いますね。
ともかく意図をして選べば、そこにエネルギーが動きますよということを言っている。ただし、それで引き寄せられるとは言っていないということはポイントです。
脚本の「書き換え」ではなく、人生の「編集」という謙虚な視点
この本のわかりにくいところは「三つ編み」っていう表現ですね。ちょっとパッと言うと何ということか分からないのですよね。
ちょっとAIの力も借りてまとめてみますけれど、この三つ編みって何だというと、まず一つは意図、二つ目エネルギー、そして三つ目は行動と書いてますね。
「意図」というのは単に願望を思い描くことではなくて、さっき言ったさまざまな可能性のフィルムの中からこれを選ぶんだという方向性ですね。これがディレクション、まさにさっきの監督・ディレクターということですね。
二つ目は「エネルギー」。これはさっき言った心から望んでいることをするということ。これは従来から言われてきたことと何も変わらない、よく言われていることです。
そして三つ目「行動」。これも当たり前ですよね。これをタフティでは三つ編みって表現していて、この表現がちょいちょい出てくるのですけれど、分かりにくいですね。
この三つ編みができれば現実化と書いてあるのですけれど、ただここでも注意ですけれど、現実化するとは言ってないです。だから引き寄せとは言ってないのですよ。
ややこしいのは、私の意図したことが現実になるのだという信念は持ってよいと、けれどそれがそのままその通りに実現しますよとは約束はされていないということですね。
ただ自分が心から望んでいることであれば、ここに大きなエネルギー、この2番目のエネルギーが動きますよね。エネルギーが動けば行動できるようになりますよね。
そうすれば素朴に考えれば、さっき言った刺激と反応という操り人形として動いていた時よりは、現実を創造する可能性は高まりますよね。けどそれがそのまま現実化すると言ってない。
ここでまたパッと目についたところを読みますけれど、「あなたは台本をコントロールできない。現実を構築するとは台本をコントロールすることではなく、映画を選択することです。あなたのすべきことは次に来るコマに意識を向け続けておくことです」と書いてあるのですね。
だから引き寄せではないのです。思い通りになることも思い通りにならないことも、どちらもコントロール、これは従来の引き寄せですよ。ここで言っているのは次にやってくる現実のコマに意識をすることということなのです。
この「意識をする」というのは意図とエネルギーと行動ということですね。だから引き寄せを超えるメソッドではないです。違うポジションを取っているんだよということを今日何度も言っていますね。
そういった意味では、この本はもっと短く書けるし、もっと分かりやすくまとめられるはずです。わざとオネエキャラを作ったり造語したりね、かえって分かりにくくしているような気がするのですけれどね。
今言ったのはここにもまとめているわけですけれど、最後だけ言っておきましょうか。この4番の「踏み入れ」ということですね。
このフレーム、自分で意図して選択したそのフレーム、それが現実になると確信し実際の行動に移ると。けれどその通りになるとは限らないと。でもそれでいいんだと。
これはちょっと私の解釈が入るかもしれませんけれど、思い通りにならなくてもいいのだと。思い通りになろうがなるまいが、この映画を見ている、あるいは監督しているのは私なのです。
この世界という舞台の主役は私なのだと。たとえ一流の役者だろうが、大根役者だろうが、私は私が意図して書いた脚本に生きるのだということを言っているわけですね。
人生は一つの映画だという前提に立つならば、予期せぬトラブルというのは、どんでん返しだったり、ハッピーエンドを迎えるための一つのスパイスですよね。起承転結ですよ。ラッキーやハッピーの連続だけで映画が面白いか、っていう話ですよ。
これがさっき言ったペーパー人間の場合は、そのトラブルに巻き込まれて反応して、それで混乱して、さらにバッドエンドになっていくということですよね。これが私たちの多くの現実ですけれど。
監督の立場だったらトラブルがあった時ですよ、「これは面白いことになったな」と。そのトラブル自体も楽しめるようになるということですね。
これがよく言われる「ピンチを楽しむ」ということですね。これも意図なのですね。「これはめっちゃ面白い結末になるな」というその意図を放つわけです。
実際に面白くなるかどうかは分かりませんけれど、そのように意図して、さらに次を再選択していくわけです。これが現実創造と言っているわけですね。
夢を叶えるとか思い通りに引き寄せるとか、別の次元のことを言っているのですよ。普通のスピーチャルが言うような魔法とか奇跡ではないのですよ。ただこれは態度のあり方のことを言っているだけなのです。
この監督というのはさっき言った三人称三次元でちょっと俯瞰して見ているわけだから、スピーチャル的に言うとハイヤーセルフと言い方もできなくはないなと思いますね。ただハイヤーセルフはもっと高次元ですから。
この本のちょっと不満になるのですけれど、監督はディレクターというけれど、この本にあんまりないのは「クリエイター」という観点なのですよ。つまり創造主という観点ですね。創造主はこの本にも出てくるには出てくるのですけれど、基本的には監督がメインになっていますのでね。
本当のスピーチャル的な意味でのハイヤーセルフというのは、この本ではそこまで踏み込んではいないです。あえて踏み込まないようにしているのかもしれませんね。
ご本人は元量子物理学者ということですし、実はそんなにスピスピしていないのですよ。あんまりスピーチャルじゃないので、この「カルマからの解放」と書いていますけれど、脚本通りに生きることをやめたとき、過去世やカルマの自動再生も終わると書いています。
これはちょっと議論がありますね。過去世やカルマは終わりません。私たち普通の人間は過去世やカルマの中を生きています。
ただし、この本の内容に寄り添おうとするならば、過去世やカルマと言われているものによって起こってくる現象、それを刺激と反応ではなくて意図的に見る、客観的に見るということですね。
そうすると確かに自動的に巻き込まれるという意味での自動再生は終わるかもしれません。ただし、再生はされます。そこから逃れることは普通の人間にはできません。
けれど監督の視点に立つことでそれをもうちょっと引いて見れるようになる。つまり今ここで過去世の物語、カルマの脚本が今ここでこんな感じで起こってきたなと。なるほど、では俺はここでどうしようかということを意図的に選択ができる余裕が生まれてくるということです。
これがこの本でいうところの現実の創造ということですね。
この世界の創造という意味では、ここに書いている「あなたは苦しむために生まれたのではない、自らの世界を創造し体験するためにここにいる」という、これはちょっと耳ざわりのいい言葉ですけれど、私から言わせれば苦しむということも貴重な体験の一つです。
この本に寄り添えば苦しみですら一つのネタなのですよ。監督の立場からすればなくてはならないプロットなわけですね。
だから苦しんでもいいのです。けれど、そこで繰り返しますけれど、刺激と反応ではなくて意図して、そして再選択をするということです。そうすると苦しみが単なる無益な苦しみじゃなくて、それが未来に生きてくるということですね。
これが現実創造だって、やっぱり引き寄せではないという話です。
ここに「脚本は書き換えられる」と書いていますけれど、これもちょっと間違えるとコントロールになりますね。タフティではコントロールできるなんて言ってないので、だからここは微妙な表現ですね。せめてここに書いてある通り「編集はできる」ということですね。
運命の脚本というのは、厳密には運命と宿命なんて言いますけれど、ほとんど書き換えることはできないのですね。これはこの本には書いていないのですけれど、特に「宿命」というのは自分で選べない、例えば生まれる時代や場所や生物学的な性別などですね。自分で書き換えられないのですよそれは。
だからもうちょっと謙虚に言えば編集ということですね。けれど編集次第で結構変わるのですよ。これはテレビもそうだしまさに映画もそうじゃないですか。編集次第で内容は暗くもなったり明るくもするのです。
だから現実創造なんて言うけれど、私はもうちょっと謙虚に編集と言いたいですね。たとえ不快な苦痛なことがあっても、編集によってこれがあったからこそこの次の未来があるというふうにしてみせると。その意図ですね。
思い通りの現実にならなくても、絶えず自分は自分の心から思う意図を持って、この現実に一人の俳優役者として臨んでいくんだと。
だから今日からこの瞬間から、眠っている状態から覚めて、自分の映画を、たとえつたない映画でも大根役者でも演じていくんだということですね。
この本の中でいいなと思った部分は、「らしくする」ということですね。自分の望む役者、自分の望む脚本通りに、それらしくすると。ヒーローだったらヒーローらしく振る舞う、ヒロインだったらヒロインらしく、悪役だったら悪役らしく振る舞うということ。これはかなり大事なことですね。
これはタフティという本の専売特許ではありません。過去の自己啓発だったり成功哲学、いろんなところに書いてあることです。まさに役者の演技論の中にも書かれていますね。その登場人物になりきる、らしくするということ。で、なりきってらしくすればするほど、それは板についてくるということですね。
私は個人的には「真のスピーチャル」「マジスピ」というコンセプトでずっとやっているわけですね。だから常に判断の基準としては、これは真のスピーチャルだろうか、それとも普通のお花畑のスピーチャルに落ちていないだろうかということは、常に大前提としてあるわけです。
だから真のスピーチャルらしくしようということで、つたないかもしれないけれどこういった動画音声を出しているということですね。その前提にあるのは真のスピーチャルという脚本であり、私の意図なのですね。
それによって思い通りに引き寄せられるとは限らない。けれどもそこで終わらない。私は監督だから、それでも私は心から思うその脚本ですね、それに従って現実を作っていく。
これが現実の創造ということです。引き寄せではありません。結果的に引き寄せというのが起こることはあるけれど、その前提にあるのは自分で創造するという意図であり、選択であり意志であるということですね。
この本を願望実現のメソッドとして魔法の杖のように読まない方がいいんじゃないかなと個人的には思います。何か意図的に難しくしているんじゃないかと思う部分はあるものの、この本のエッセンスはおそらくは結構地味なのですね。
「引き寄せられるかどうかは知らん。けれど私は私の意図を持ってこの現実に対峙をしていく。創造するという意図を持っていく」ということがこの本の言いたいことじゃないかなと思いまして、今日簡単ではありますが取り上げました。
絶対おすすめというわけではありませんし、突きにくい内容ではありますけれども、もし強い興味があれば手にとって読んでみられるといいと思います。
今回は『タフティ・ザ・プリーステス 世界が変わる現実創造のメソッド』という本を取り上げて、簡単に概要をさらっと私なりの解釈で紹介をいたしました。
ご参考になれば幸いです。
改めて、今回の要点
- 上の文字起こしはまだ編集中です
- ここまでの文章は誤字脱字を含む「ざっくり文字起こし」の段階です
- 1週間以内に完成させます
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なお、YouTube(Podcast)は今回の文字起こし編集でカットした部分があります。
今回も動画と文字起こしは少し内容が変わります。
なので動画(または音声)もご視聴いただけると、より理解が深まるかと思います。
※この下に「音声プレーヤー」があります。倍速再生も可能ですし、YouTubeより通信量も少ないし、スマホを画面オフにしても聴けるので便利です。





