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目次
“大災害の予言” は時間が経てば全部忘れる程度のレベル
文字起世間を大騒ぎさせたあの「大災害の予言」を、もう誰も覚えていない。
今回のポイントは3つ。
1つ目、この大災害の予言というのは手を替え品を替えどんどんと繰り返されていくし、今後も出続けるでしょう。
でもそれが当たることはないし、「災害は忘れた頃にやってくる」というのが真実です。
2つ目、そのようなくだらない予言をするのは「カルマ」を背負うことになります。
必ず責任を取らされます。
あの大災害の予言をした "あの人" は、今オーラはものすごく重たいです。
これが責任です。
(私はお名前だけで波動・オーラがわかります)
3つ目、そうやって過ちを犯したなら、ちゃんと心からお詫びをすることが大事です。
これは当たり前のことなんですが、多くは謝罪もしないし逃げるので、オーラはますます重たくなるというバカなことをやっているわけです。
あなた、そして私はなるべく誠実でいた方が結局は得ですよ。
今回の詳細は『第314回:自分の波動を最も浄化する心得【大災害のニセ予言を振り返る】』をご覧ください。
人生は〈法則の神〉と〈愛念の神〉に導かれていると深く知ろう
絶望を希望に変えるには、「法則の神」と「愛念の神」の2つを深く知ることです。
今回のポイントは3つあります。
1つ目は、心の在り方が運命を決めるその宇宙法則に、同情や共感は一切ありません。
これが法則の神です。
厳しく聞こえるかもしれませんけれど、これこそ神の元の真の平等です。
2つ目は、この法則から逸れれば逸れるほど、苦痛や絶望に打ちひしがれていきます。
それによって最後は自我のエゴの壁が壊れ、人生の真実に目覚めていくわけです。
(ただし中途半端だと燻った状態が続きます)
3つ目は、これだけ言うと本当に厳しいのですけれど、もう一つ慈悲深い「愛念の神」(慈悲の神)がいらっしゃいます。
代表的なのは観世音菩薩(観音様)ですね。
あるいは守護霊やご先祖の霊です。
苦しい時は愛念の神に「助けてください」と祈ることです。
今回の詳細は『第346回:絶望を希望に変えるには”法則の神”と”愛念の神”を深く知ること。』をご覧ください。
サイキック(霊能) と スピリチュアル(霊性) は、混ぜるな危険!
サイキック(霊能)とスピリチュアル(霊性)を混同すると、迷いの世界に入ります。
今回のポイント3つ。
1つ目。サイキックとは霊能のことで、いわゆる「見える」「聞こえる」という曲芸的な能力のことです。
スピリチュアル業界はサイキックが長けているだけの人をもてはやす傾向にありますし、それが商売になる傾向が強いです(だから魂のない芸だけになりがち)。
2つ目。本当の意味のスピリチュアルとは「霊性」であり「霊格」、つまり「人格の高さ」に伴って開花する直感力や判断力のことを言います。
1つ目の「サイキック」とは似て非なるものです。
3つ目。サイキックに長けているからといってスピリチュアル、人格まで高いとは限りません。
これを混同するので、いろいろなトラブルが絶えないわけです。
サイキックだけの「芸人」や「芸者」を、人としても素晴らしいと勘違いしないことです。
これは当然私にも問われています。
順番としてはもちろんスピリチュアル(霊格・人格)が先です。
今回の詳細は『第313回:サイキック(霊能)とスピリチュアル(霊性)を混同すると、迷妄に陥る。』をご覧ください。
“宇宙にゆだねる” とは、不幸も受け入れる覚悟を定めること
宇宙に委ねるとか神様に任せるというのは、不幸も覚悟できなければ嘘です。
今回のポイントは3つあります。
1つ目は、スピリチュアル系でよく言われる「ゆだねる」とか「おまかせ」というのは、本来は「命がけ」とか「捧げ切る」とかいう意味です。
これを理解すれば、「神様におまかせ♪」などと安易に口にしない方がいいとわかります。
2つ目は、宇宙にゆだねれば、あるいは神様にお任せすれば「すべてうまくいく」という発想の中には、巧妙な計算があります。
それは、自分が得をしたいということであり、その正体は単なる依存心です。
その本当の意味は、この世の成功や失敗に関係なく「人事を尽くして天命を待つ」ということです。
本当はその先に「不条理」や「不幸」が待っていたとしても、それを全部受け入れるという姿勢のことです。
3つ目は、そのマイナスをも覚悟して、本当に委ねて、本当に任せられたら、力が湧いてきます。
ただし、もうおわかりの通り、これは簡単ではありません。
まず、この難しさを知って、それでも「自分はそう生きたい」という願いを起こすことから始めましょう。
今回の詳細は第312回「宇宙にゆだねる/神様にまかせる」とは、不幸をも覚悟できなければ本物ではない。』をご覧ください。
先祖供養が深くなるほど “魂の器” が大きくなる
先祖供養というのは、その祖先が善人だろうが悪人だろうが関係なく、平等に行うということです。
今回のポイントは3つあります。
1つ目は、この自分自身が欠点をたくさん抱えた人間であるように、祖先もまた同じであるということです。
しかし、その存在がなければ自分はないので、善悪を引き受けて供養をするということが大事です。
2つ目は、この先祖供養が深くなっていくと、ご先祖以外の過去の悪人や犯罪者もまた人類の歴史の1ページとして引き受けていけるようになります。
3つ目は、そうしていくと「自分は悪くない、悪いのはあいつらだ」という対立や分離というのがだんだんなくなっていきます。
スピリチュアルで言うワンネスとは、この地上世界の善悪を超えた世界にあります。
今回はちょっと難しいと思います。
詳細をお知りになりたければ『第311回:個人の先祖供養を人類レベルにまで高めると、善悪の対立を超えた平穏が訪れる。』をご覧ください。
悲惨な”過去世”や”カルマ”は、魂としては素晴らしい体験
過去世は現世であり、現世は過去世だと気づくにつれ、この世の風景が変わってきます。
今回のポイント3つ。
1つ目。
私は職業柄「過去世はある」という立場に立っています。
しかし、過去世は何か遠い場所にあるものではありません。
素朴に考えても「過去があって現在がある」わけですから、過去世と現世は当然繋がっています。
2つ目。
しかし、本当の時間というのはこの「いま・瞬間」しかないわけですね。
その原理を踏まえれば、本来過去や過去世もこの現在の上にあるということです。
「過去世」という言い方は、この世的にわかりやすくした表現だということですね。
3つ目。
レベルの低いスピリチュアル系や宗教は、悲惨なひどい過去世を言い当てて相手を脅かそうとします。
しかし、本当は悲惨な過去であるなら、それは魂としては素晴らしい経験をしているわけです。
波乱万丈の人生は物語になり映画になる。
ですから「ひどい過去世やカルマは本当は素晴らしいんだ」と、180度視点を転換しましょう。
今回の詳細は『第310回「過去世=現世」だと受け入れると、過去世の体験は運勢改善に役立つようになる。』をご覧ください。
“引き寄せ”や”成功法則”に依存すると、魂の力は弱くなる
科学こそ世界最大の宗教団体です。
でも、宇宙や過去世はまだほとんどわかっていません。
今回のポイント、3つ。
1つ目。
スピリチュアル系には、引き寄せの法則を量子力学、量子論から説明する風潮がまだありますけども、現段階ではまだ仮説であり非科学的です。
一流の宇宙物理学者が「意識は科学ではまだ解明できていない」と、はっきりおっしゃっています。
2つ目。
夢や願望の実現を「科学に保証してもらいたい」という依存的な気持ちこそ、実はスピリチュアルではなく魂を放棄する考え方だと気づかねばなりません。
運命はどうなるかわかりません。
天気予報ですら、まだまだ外れるじゃないですか。
3つ目。
本当のスピリチュアルというのは、たとえ夢や願望が叶わなかったとしても、その実現に向けて魂を燃焼させるということ、それこそがスピリットとしてのスピリチュアルです。
科学は参考にはなりますが、頼り切ってはいけません。
今回の詳細は『第309回:あなたの夢が叶わない本当の理由──科学×スピリチュアルで説明できますか?』をご覧ください。
スピリチュアルを学ぶ目的は、困難に向き合う強さを養うこと【シルバーバーチ】
「苦難、困難、悲痛の中でしか魂の鍛錬はない」というのが、スピリチュアルの心髄です。
これは前も紹介した霊界通信の最高峰「シルバーバーチ」の言葉ですけど、葛藤、苦悩、挫折、敗北、屈辱の中から立ち上がることによってしか、魂の成長はないという厳しいことをおっしゃっています。
ただ現代のセラピーやスピリチュアルは痛みを取り除く、忘れるという方向に向かいがちで、またそれがビジネスにもなるわけです。
もちろん肉体的な苦痛がないに越したことはありませんけども、その根本的な目的は魂の成長にあります。
なので単に苦痛がないことだけを求めるとしたら、正直それは動物とあまり変わりがないと思います。
私も昔は「苦労は買ってでもしろ」なんて年上の人から言われると、かなり反発を覚えたものですけど、これはいま振り返ればやはり真実ですね。
苦労や困難に真正面から立ち向かう強さを得るために、本来はスピリチュアルな学びがあるわけです。
私たちはシルバーバーチのような優れた存在から学ばないといけないですね。
スピ系の『親を選んで生まれた』説は仮説に過ぎない
「私たちは親を選んで生まれてきた」説はあくまで仮説であって、真実とは限りません。
この説についてはこれまでずっと考えてきましたが、私はやはり同意できません。
なぜなら素朴な実感として「親は選べなかった」。
逆から言えば「運命の側から与えられた」からです。
なんでもかんでも自分の意思で決められる、あるいは決めて良いという考え方は、幻想だと思います。
「親ガチャ」という言葉は安っぽくて使いたくない言葉ですけれども、要は最初の運命は選べないということですね。
しかしそれはただの偶然ではなく、絶対的な必然があります。
これを宗教的には「絶対他力」というわけです。
その大きな力に催され、私たちの命があるわけです。
この認識を根本にするところから「ではどう生きるのか」どう死ぬのか」という問いが深まっていくわけです。
親子関係に葛藤があるとすれば、それは運命から「問い」として与えられているということですね。
カルマ・煩悩を確実に消す2つの方法【ダライ・ラマの仏教入門】
カルマや煩悩を超えていくには、「必ず消える、消せる、消えていく」と信念しなければなりません。
以前ロング動画で『ダライ・ラマの仏教入門』という本を紹介した時に、素敵なコメントをいただきましたので紹介します。
『カルマの消滅は、瞑想によってデータを消す方法と、懴悔などによって体験して消滅する2つの方法があります。
苦しみについては、心の持ち方でいかようにも変わります。
例えば忍辱のステージでは、苦しみは喜びに変わります。』
いわゆる「過去世」から積み上げてきたマイナスのデータというのを、表に出る前に瞑想による知恵で消す方法。
そして懴悔で消す方法というのは、(カルマや煩悩が)表に出てきた時に反省する、謙虚に振り返る、これは自分の不徳の致すところだった、でもこれによって気づけた、学ぶことです。
どちらにしても「必ず消せる、消えていく」という信念を持って、こうした真の宗教、真のスピリチュアルに取り組んでいくことが大切です。
学びになるコメントを送っていただき、ありがとうございます。
キラキラネームは最悪の波動!姓名判断の適用外!
どれだけ名前の画数が良くても「キラキラネーム」だけは絶対ダメです。
私は仕事で人のオーラも見るし、名前そのもののオーラ、エネルギー、波動というのも見ます。
それで色々見ていますと、キラキラネームだけは本当にダメなんですよ。
光宙(ぴかちゅう)とか弥有二(みゅうつー)とか龍飛伊(るふぃ)とか園風(ぞふぃ)とか厳惰夢(がんだむ)とか空飛太(らぴゅた)とか、ネットで調べれば色々出ますけども、全部名前としては波動は最悪です。
汚いんですよ。
社会的に常識的に美しくないわけです。
そういうのを付けられてしまったら、やっぱりいじめられますしね。
薬局や病院で名前を呼ばれたら、ひそかに失笑されますよ。
良いことは1つもないです。
不幸にしてそんな名前を、バカな親からつけられてしまったら、いくらでも変えられる手段はあるので、芸能人や役者や芸人とか特殊な仕事の人以外は、すぐ変えた方がいいです。
常に “死後” を見据えて生きることが魂の充実につながる
魂として生きるには「死んだ後、何が残せるか?」という問いを深く問い続けることが大事です。
本当にスピリチュアルを深く学び、実践するというのは「肉体を超えた世界」を求めていくということです。
ときどき「生きた証を刻む」なんて言いますけれども、死んだらそれで終わってしまうのか、それとも死んだ後までその後も残っていくのかということは「生前にどんな思いでやっていたか」によって決まってくるわけですね。
例えば、私は日々こうして発信をしているわけですけれども、もし今日限りで肉体の命が終わろうとも、多少はこのネットの空間に自分の足跡が残り続けるだろうと、そういう願いを込めてこうやって日々発信をしているわけです。
単に寿命が尽きるまでの「つなぎ」としてやるのか、それとも自分が亡くなった後も「歩みを残す」と、そういう思いでやっているのかとでは、長い目で見れば変わってきます。
あなたは死んだ後、何を残したいですか?
“独自の天命” は謙虚であれば必ず見つかる
天命とは天から命じられた役割のことで、「貴方でなくては出来ないことがある」ということです。
人が生きがいを失うのは、誰からも何の役割も求められなくなった時と言いますね。
例えば昔ある公園であるおじいさんが、鳩に餌をやっていたんですね。
そのおじいさんが来るたびに、鳩がブワーっと来るわけですよ。
そのおじいさんはおそらく、鳩に求められているということに生きがいを感じていたに違いありません。
どんな些細なことも自分にしか出来ない役割があると思う時、人は生きがいが湧いてくるわけです。
天命は誰にでも与えられています。
それに気づくか気づかないかで、人生は大きく開いていきます。
けれども、もっと儲けたい、もっと人に好かれたい、もっと地位や名誉が欲しいという欲望が先行している限り、天命に気づくことはできません。
どんなに小さくともここが自分にとっての「小宇宙」だと、そう気づくには謙虚な姿勢が求められます。
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