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目次
幸せを掴むには、その意味を独自に定義すること
真の幸福とは、なすべき仕事をなしたとき、天から与えられる精神的喜びのことです。
カウンセラーという職業から、ときどき「幸せとは何ですか?」「私は幸せになれますか?」とご質問をいただきます。
このとき逆に「あなたにとっての幸せとは何ですか?」と聞いて、答えられる人はあまりいないです。
定義が曖昧なまま幸せになれることは、あまりないですよね。
一つのヒントとして、幸福は物質的なものでは限界があるということ。
例えば、高級フレンチは10人前も一気に食べたら死んでしまうでしょう。
本当の幸せとは、自分に与えられているであろう「天命」、それがわからなければ「いま目の前の仕事」に全力で取り組むことです。
それで得られる充実感や達成感は、天から与えられています。
私もこうして発信することが、小さな幸せの積み重ねになっているわけです。
“ドリームキラー”は自分自身の怖れや不安から逃げているだけ
人の夢を邪魔したり止めたりする人の心の中には、恐れや不安があります。
かつて私がカウンセラーとして独立したいと思った時に、結構な人から止められました。
いま振り返っても面白いのは、普段は人の夢を口では応援しているはずの人。
そんな人なのに、目の前でいざ独立したい、夢を叶えたいという人がいたら、止めにかかってきたのは興味深い。
そういう人のオーラ、波動、潜在意識というのをじっと観察をしていると、不安や恐れがやはりあるわけですね。
もし不安や恐れがなければ、「悔いが残らないように頑張れ!やってみよう!」と言うはず。
多くの人は、その場の勝手なことを言ったり都合の良いポジションを取ったりするだけなんですよ。
発言に責任をあまり持ってない。
大切なことは、自分の中に恐れや不安以上の希望や熱意があるんだったら、ぜひチャレンジしてくださいということですね。
他人など、どうでも良いのです。
【幸福のヒント】外側に求めると迷う。”無”から創造すること
幸福は求めてはいけない。
作り出さなければならない。
すぐ理解できないかもしれませんが、とても大事なことです。
「幸福を求める」というのは、外側の現実に探しに行くということですね。
これは「幸せ探し」なんて言われることもありますけれど、たいていは外側に求めるとあまり見つからないんですよね。
不平不満の種は簡単に見つかりますし、またSNS社会ですから、簡単に他人との比較をしてしまうからです。
本当に謙虚に求めているのだったらいいのですけれど、なかなかそうはできないのが、私たち凡人の性ですね。
そうではなくて、「作り出さなければならないのだ」ということが大事です。
つまり幸福は外側にあるのではなくて、内側にある。
言い換えれば、「無から有を生み出さなければならない」ということです。
これは古くからは「幸福の青い鳥」と言われていることですね。
わかるようで、わからないかもしれません。
これを頭の理解で終わらないで、体で理解するということが本当は大事です。
ちょっと難しいかもしれませんが、まずは言葉だけ知っておくといいですよ。
繰り返し味わっていけば、だんだんわかるようになります。
夢が実現できないのは〈天命の力〉が弱いから
「それは絶対にやるな!やめとけ!」と言われても、やってしまうのが〈天命の力〉です。
普段、個人セッションやカウンセリングなどで「将来やりたいこと」のご相談を受けることがあります。
「夢、目標、ミッション、はたして自分にできるでしょうか?」
ちょっと厳しい言い方になってしまうんですが、人生の大切な決断を他人の判断に委ねている時点で、かなりきついんですね。
もちろん「最後は自分で決める」という前提があってご相談いただくならいいんですけども、「私にできますかね?向いてますかね?」と聞くぐらいだったら、やめた方がいいと思いますね。
〈天命の力〉とか〈魂の力〉というのは、周りが何と言おうがやるんですよ。
私もかつてそうでしたけども、人なんかどうでもいいわけです。
他人の判断を仰ぐ前に「燃えるような熱意」を持っているかどうか、それをぜひ自問自答し直してください。
日本の天命は、バカにされても世界平和を祈り続けること
宇宙人の目から見れば、神に祈る一方で人を殺す地球の宗教はクレイジーです。
今、中東で引き起こされている戦争は宗教対立の一面もあります。
今回はユダヤ教も関係しているわけですね。
なので、旧約聖書、ヘブライ語聖書も関係しているわけです。
その中の『モーセの十戒』の中には「殺すなかれ」という文言があります。
ただ「殺すなかれ」はどの宗教でも同じことを言っていますよね。
けど、実際は異教徒の立場は認めないわけです。
政治利用したり、金儲けの道具として使ったりという、これは本当にクレイジーですね。
「宇宙意識」というちょっと難しい言葉がありますけれども、簡単に言えば、「宇宙人の目から見る」ということです。
珍しくスピリチュアルチックなことを言いますが、この地球より波動の高い星って他にたくさんあるんですよ。
その諸先輩から見れば、地球人類は子供に見えるはずです。
この地球の中で世界平和を祈るのは日本人だけだと、皮肉を込めて言われることもあります。
しかし、こういう状況だからこそ、殺すなかれということを堂々と言い続けるということが日本の天命ではないかなと改めて思いました。
【特攻隊に学ぶ】なぜ英霊のオーラは今も光り輝いているのか?
なぜ、特攻隊の英霊の生き様・死に様に、私たちは感動するのでしょうか。
この動画をアップした日の翌日、縁があって鹿児島の知覧まで旅をしてきます。
知覧といえば「特別特攻隊」で有名な場所です。
実は学生時代、当時可愛がっていただいていた経営者の方のご縁で、泊まりの知覧研修を受けたことがあります。
知覧の特攻平和会館には、当時の英霊の遺影や遺書などが展示されています。
私は人のオーラを観るのが仕事の1つです。
生きていても死んでいても、関係なく見ることができます。
英霊の皆様の御霊、その波動は本当に素晴らしい。
それはなぜか?
国のため、親兄弟のため、日本のため、天皇陛下のために命を捧げられたからです。
戦後教育の価値観は一旦横に置いて、純粋な気持ちで遺影や遺書に触れましょう。
時代を問わず、大きなものに向かって生きること。
それが魂として「真の幸福」なんだということを、思い出させていただける場所です。
承認欲求が強い人ほど”天命”から離れてしまう
人に認められたい、モテたいと思ったら、天命を果たすことは難しいです。
江戸時代の儒学者で有名な佐藤一斎という方がいます。
この方の言葉に、
「凡(およ)そ事を作(な)すは須(すべか)らく天に事(つか)ふるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず」
つまり何事をなすにも天に仕えるんだと。
これが実は「仕事」という言葉の根本的な意味です。
仕、事、どちらも「つかえる」という意味があるわけですね。
天に仕えるからこそ、人に示す、自慢する、自己アピールする、ドヤる必要はないわけです。
ただし私たち現代人は「承認欲求」の枯渇感にさらされていますので、ここを越えていくのはかなり難しいですね。
天に仕えるのは、本当に真剣でなければなりません。
逆に天さえ忘れなければ、物事を粛々と続けていくことができるようになります。
天に仕えるその姿勢こそ、本当のスピリチュアルです。
歴史は”神”。歴史を忘れた人間は根無し草になる
歴史は神です。
歴史を忘れた人間は虚無に陥ります。
カタカナの「スピリチュアル」とはちょっと違う話ですが、魂としてどう生きるかを真剣に考えたとき、歴史を知ることは必要不可欠です。
どんな時間や時代の流れがあって、今ここに自分が存在しているのか、そのルーツ、謂われを知ることが大事です。
魂とか霊魂とか「目に見えないもの」に行ってしまう前に、まず「目に見えるもの」から考えていくことが順番として大事です。
自分がなぜここにいるのか、なぜ日本人としてあるのか、なぜこの親元で生まれたのか――そのルーツを知る努力をしないと流されていきます。
ルーツ(roots)というのは「根っこ」という意味ですから、ルーツが分からないというのは、まさに「根無し草」になってしまうわけです。
もちろん受験勉強みたいに、人名や年号を細かく暗記しろという話ではありません。
生きた伝記や書物を通じて、先人の「息吹」「波動」に触れるということが大事です。
この動画をアップしているとき、私は鹿児島の知覧、特攻の地にいると思います。
可能な範囲でそういった「ゆかりの地」を巡るのも、生きた歴史を知る一つの手がかりです。
自己肯定感・自分軸は”自力のみ”では確立できない
自分軸、自己肯定感を"自力のみ"で確立するのは極めて難しいです。
「自分を信じろ」と言われてすぐできたら、人生そんなに苦労しませんね。
最近「特攻隊」について何冊か本読んだんですけども、その中でこの本「後に続くを信ず」という岩田温先生の本がとてもよかったので、ここでは一節だけ紹介します。
岩田先生は国家というものを「過去、現在、将来を貫く垂直の軸、歴史の軸というものを持ったもの」と考えておられます。
この垂直の軸の中心となるのが、我が国のために命を賭けて戦った特攻隊のような存在だとおっしゃっています。
冒頭で言った自分軸や自己肯定感というのは、つまり、他者、社会、そして世界との関係性なわけですね。
ですから、国の歴史や伝統を抜きにして、自分軸も自己肯定感もあり得ないということです。
スピリチュアルやポップ心理学では、自己肯定感を高めるために、「自分を愛します、許します」みたいな言葉のアプローチが大半ですけども、もっと現実的なアプローチもあります。
今回の詳細は「マジスピ・無料メールマガジン」で述べました。
ご興味ありましたらご登録いただければ幸いです。
真の幸福は “現世の否定” から自ずと生まれる
まともなスピリチュアルや宗教は、すべてこの現世を否定します。
先週アップしたショート動画
『幸福は外側に求めず、内側の無から創造すること』
が「さっぱりわからなかった」というお叱りのコメントをいただきましたので補足します。
そもそもこれは、頭で考えるとさっぱりわかりません。
「幸福を外側の現実に求めない」というのは、言い換えれば「現世の否定」です。
これはまともな宗教やスピリチュアルは全部言っています。
禅の言葉にも「本来無一物」という言葉もあったり、般若心経には「無」という言葉がたくさん出ますね。
確かに論理的に考えれば「無から有を生み出す」というのは意味がわからんでしょうね。
ここで考えるヒントとしては「陰極まれば陽」ということです。
この世界は論理ではなくて、どこまでも体験の世界です。
真剣であれば必ず感性でわかるはずです。
もちろん私自身も、その断片しかわかっていないと思います。
魂の成熟というのは、こういった世界が理屈抜きでどんどん深くわかっていくということです。
裏表の激しい人は”オーラ”も裏表のギャップが激しい
カメレオンが擬態するように、人間のオーラもときどき擬態する人がいるのが面白いところです。
「人は見た目が9割」と言われますが、ときには残りの「1割」も考えた方がいいかもしれません。
職業柄いろんな人のオーラ波動を観ています。
一見優しくて穏やかなオーラをしているものの、例えば恋愛でお付き合いを始めるとか実際に結婚するとか関係性が深くなった瞬間、内側に隠し持っていた暴力性、支配欲が出る人もいます。
もちろん見た目でわかることもたくさんありますが、人間というのは複雑な多面性も持っているわけですね。
スピリチュアルをよく学んでいる方はお分かりの通り、オーラといってもエーテル、アストラル、メンタルとかいろんな層があるわけです。
表面的には穏やかでもちょっと奥のオーラの層まで見ていくと、非常に不調和な場合もあるわけです。
特にスピリチュアル、自己啓発、心理学など、心の見えない世界に関わっている人たちは裏表のギャップがある人が比較的多いので、よーく見抜かないといけません、
もちろんこの私もそうですよ。
表面だけで判断しないことです。
【シルバーバーチ】魂の覚醒は深い苦悩の中で生まれる
「魂の目覚め」を促すのは凡庸なスピリチュアルが言うワクワクではなく、苦悩や悲痛です。
これはときどき紹介している高級霊シルバーバーチの教えの中で、最も深いものの一つです。
最近、私は特攻隊についての文献をいろいろ読んでいます。
特攻隊の方々は理不尽な戦争という運命に巻き込まれ、さらに文字通り「必死」、必ず死ぬ特攻を強要されたわけです。
もちろんこれは理不尽の極みですけれども、その深い苦悩と葛藤の末に残された手記には、みずみずしい感性、エゴイズムの欠片など一つもない、美しい精神性が描かれているわけです。
もちろん、特に戦争という理不尽は起こってはいけません。
けれども、もし因縁因果によってその世界に巻き込まれてしまったとき、それにじっと耐え忍ぶことによって魂の目が覚めていく、それもまた真実だと思います。
もし苦しいことや悲しいことがあったとき、言葉でいうのは簡単ですけれども「魂を深める機会」として受け止めていく。
これが本当のスピリチュアルとしての厳しい実践ですね。
〈理想=現実〉という宇宙方程式を悟るほど、人生は変わる
「理想こそ現実なのだ」と本当に理解できたら、人生は変わります。
普通「理想と現実は逆のもの」だと言われます。
学校でもそのように教わりましたけれども、本当は理想は現実、イコールです。
わかりやすく言えば「理想が現実を創る」わけですね。
ということは、理想を持っていなければ現実はない、流されてしまう、根無し草になるということですね。
真のスピリチュアルとして最も大事なことは、「理想がすぐに現実にならなければこの理想は意味がない」と絶対に思わないことです。
理想を持っている限り、それは「目に見えない力」となって現実の世界を動かしていく。
これは頭では理解できることだと思いますが、これを本当に実践するというのは結構難しい。
だから多くの人が途上で「人生こんなもんだ」と言って妥協していくわけです。
しかし、真の人間として生きたいと願うなら、理想は持たなければなりません。
これは魂の義務と言ってもいいぐらいですね。
できる人はやってください。
今ここから充実した人生が始まります。
神社で願望をどれだけ祈願しても叶わない人の特徴
お願い事を神社仏閣でするだけでは全く足りません。
スピリチュアル好きな方はよく神社に行かれるかもしれませんけれども、願い事というのは本当は心の中で持ち続けるということが大事なんですね。
神社仏閣にお参りするときだけ願ったとしても、その後も思い続けなければ願いの力は弱いということになります。
じゃあずっと継続して願えるような願い事は、どうやったら持てるのか?
実はこれが一番難しいんですね。
願いが叶う以前に自分にとって本当に大切な願いとは何か?
自分の本当の天命、本当の理想、本当の使命がわからない。
逆に言えば、それが分かれば願いは半分以上叶ったも同然なんですね。
それに気づくには「問い続ける」しかないわけです(もちろんラクではない)。
願い事をするよりも問い続ける方が100万倍大事であるということ、まず覚えておいてください。
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