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目次
真の祈りや信仰は【孤独】の中で深められる
神や天というものを相手にするには、【孤独】が絶対的条件です。
よくスピリチュアル系や心理セラピー系、または宗教団体などですね、文字通りグループやコミュニティというのを作る、そういったところが多いですね。
そこではみんなで学んだり、集団で祈ったり、瞑想したりという活動があるわけです。
確かに「みんなでやる」のは、心理的には心強い部分はあるんですけども、原理的なことを言えば、神や天と対峙するには常に【己一人】です。
その絶対的な孤独があってこそのグループ。
それを忘れるとグループへの依存になってしまいます。
ときどき宗教団体絡みのお悩み相談を受けるのも、たとえ集団であっても「孤独が根本である」ということがわかっていないからですね。
そういったグループは「学校」のようなものです。
ある程度学んだら卒業しなければなりません。
我が道は己一人しか歩むことができません。
だからこそ代わりが誰もいない、かけがえのない人生だということですね。
真のスピリチュアルは孤独が根本です。
天命を知るほど「恥の心」は深まる。健全な魂の働きです。
人は天命を知るにつれ、「恥を感ずる心」が深くなっていきます。
先週紹介した江戸時代の儒学者、佐藤一斎の他の言葉の中に「天に仕(つか)えるということは、恥を感じる心を養っていくことだ」との言葉があります。
私たちは自分の過去の言動が恥ずかしいとか、もっと言うと「人間として恥ずかしい」という表現をします。
それは少し前の日本では「世間」という言葉を使っていました。
「世間"様"」と言ったわけですね。
それがもっと広がっていくと「お天道様」になるわけです。
「恥ずかしい」という気持ちは、自分より大きなものを相手にするところから深まっていきます。
天命というのを知れば知るほど、自分の人間としての未熟さが見えてくるわけです。
ですから、恥ずかしいと感じる心も深くなっていきます。
逆に言えば、恥ずかしいと思わなくなったら、人間として終わりだと。
昨今のニュースを見ていると、「恥知らず」の人間が増えていっている感じがします。
それだけ人間が崩れているということですね。
恥を感じるというのはとても健全なことです。
そことしっかり向き合うことから運命が開いていきます。
特攻隊の地・知覧で感じた〈英霊の祈り〉
祈りとは決してキレイゴトではなく、祖先の無念や悲しみをも受け継いでいくことです。
先日、特攻隊の地、鹿児島の「知覧」に約20年ぶりに行きました。
言葉にできない思いの方が圧倒的に多いです。
英霊が残された遺書や遺品からは「戦いに絶対勝つ」という勇気、愛国心、ふるさとの家族への思い、天皇陛下に対する忠義の念が伝わってきました。
それらはみんな美しい。
けれども、当然その行間からは、苦悩や悲哀や国家の運命に巻き込まれた理不尽さなどがあるわけです。
それは言葉にはなっていません。
できればその苦悩や悲哀の10000分の1でも受け止めていきたい。
祖先の祈りを1ミリでもいいから自分の祈りとして受け継いでいきたい。
よくここでも祈りについて話をしていますが、まだまだ浅い。
祖先には遠く及ばないということを実感しました。
祈りの言葉の表面だけ見れば美しいけれども、その奥には本当は血や涙がある。
それを受け止めて、では今ここから何ができるかということが我々子孫に問われているということを思いました。
“言霊の力”を高める最も簡単な方法:魂の対話
「言霊の力」を修行する最も手近な方法は、真剣な読書です。
先日、特攻隊で有名な鹿児島の『知覧特攻平和会館』に行きました。
そこには、英霊の遺書や遺品がたくさん展示されています。
もちろん、現地、現場だからこそ感じられることもあります。
ただ、個人的な実感としては、事前に真剣に読んだ遺書や手記がまとめられた本の読書体験の方が深いと感じました。
現場では、その読書体験の確認をしたようなものです。
優れた言葉を真剣に読み込むことによって、その行間にある言霊、そこに触れることができるわけです。
遺書や、辞世の句に真剣に触れることで、英霊と「魂の対話」をすることができるわけです。
スピリチュアル業界では「言霊」についてよく語られますけども、その具体的な実践的な修行方法は、真剣な読書だということを今回実感しました。
詳細は直近の「無料メルマガ」で書きましたので、ご興味あればご登録願います。
ポジティブ言葉だけでオーラは明るくならない:言行一致の大切さ
「言っていること」と「やっていること」に食い違いがあるほど、オーラは暗く重たくなってしまいます。
前にロング動画でも言ったことありますけれど、人間のオーラというのは「言行不一致」であるほど暗く重たく穢れていきます。
スピリチュアル系でもいくら口先で「愛・感謝・光」などと美しい言葉を言おうと、実際の行動が伴っていないとオーラはやっぱり暗いままです。
先日は特攻隊の地、鹿児島の知覧に約20年ぶりに行きました。
もちろん改めて貴重な学びを得ましたが、ここで安易に「英霊さんありがとう」とか「先人に感謝」とかは言いたくないんですね。
というのも口先では「愛国心」とか「歴史に学べ」とか「日本人はすごい」とか、そういった美しいことを言いながら同じように行動が伴っておらず、オーラが重たい人を結構見てきたからです。
その場で感謝を口にするのは簡単です。
しかし大切なことは、それを日々の生き方に本当に結びつけていく、ということではないでしょうか。
肉眼には見えませんが、人のオーラ(波動)は絶対ごまかしが効きません。
普段から「自分は現行不一致になっていないかどうか」自問自答していきましょう。
祈り・瞑想の真の目的は”苦悩を突破する力”を頂くこと
祈り、瞑想、念仏、勤行などをしている方は、決して「つもり」にならないように気をつけましょう。
昨日の続きです。
昨日は「言行不一致の人のオーラは暗く重たいですよ」という話をしました。
関連して注意しないといけないことは、祈っているつもり、瞑想しているつもり、念仏しているつもり、言行しているつもりということですね。
やっているつもりでも、浅いレベルにとどまっているものがあるんですね。
これを私は「心の健康体操」とか「心のカルチャーセンター」という表現をしています。
やらないよりはやった方がいいけれども、人生を変える力にはなりにくいということですね。
これらの目的は決して「ラクになるため」ではありません。
苦悩や困難に真正面から体当たりする、その力を頂くために行うわけです。
健康体操みたいになんとなくスッキリしておしまいでしょうか。
それともより自分の内側からエネルギーが湧き起こってくるような、そんな感覚はあるでしょうか。
熱い大きなエネルギーが湧き上がってこなければ、おそらくまだ真剣さが足りないと思います。
目に見えない世界だけに、油断しやすい、言行不一致になりやすいわけです。
自(おの)ずからなる大きな力が湧き起こっているか、これが本当に実践しているかどうかのバロメーターの1つかなと思います。
“人生は思い通りになる” の真意を掴むほど豊かになる
人生は思い通りにならない部分と思い通りになる部分があるので、これをよく仕分けしなければなりません。
先週「理想は現実であり、現実は理想である」という話をしました。
これは「わかるようでわからない真実」なんです。
でも、ものすごく大事なことです。
別の表現で言えば、よく自己啓発が言う通り「人生は思い通りになる」ということ。
もちろん、宿命、例えば生まれる時代や場所、または生物学的な性別などは思い通りにならないことです。
または、誰もが社会的に成功できるわけではない。
成功する人もいれば、失敗する人もいる。
これがこの物質世界の特徴です
ところが、精神的あるいは霊的な世界というのは、これは思い通りになっていくわけです。
どんな苦労や困難があろうと「人生は素晴らしい」と思っている人は、人生は素晴らしくなっていくわけです。
その逆もそうですね。
どんなことがあっても「人生は素晴らしい」と思えるには、高くて大きな理想がなければならないわけです。
そして、理想こそ人生の本体だということです。
これを悟るほど人生は豊かになっていきます。
ナゾナゾみたいですが、ぜひ深く考えていってください。
〈波動の法則〉をエゴで解釈すると波動が堕落してしまう
〈波動の法則〉を誤解すると、現実的には成功しても、霊的には失敗します。
過去に出した〈波動の法則〉関連の動画が結構見られているようで有り難いですね。
改めて注意点を述べると、波動の法則を「自己都合のエゴで解釈しない」ということです。
例えば波動の法則を使って「運気爆上がり」とか「思い通りに引き寄せる」とか、こういった言説が多い。
こういうのを聞くと、普通はエゴが気持ちいいように解釈をしてしまう。
けれども、足立育朗先生が提唱された〈波動の法則〉とは、エゴを手放す、エゴを超えていくということが主眼にあります。
この世的な成功とか引き寄せとは、全く別次元にあります。
それは一言で言えば「魂(≒エクサピーコ)の進化」ということになりますけれど、これは頭では理解できない。
「ただ気付くしかない」というのは、足立所長がよくおっしゃっていたことです。
「運気爆上がり!」なんて言った方が再生回数上がるので、ついつい発信者はそうやって言ってしまうんですけれど、決してそれをエゴとして捉えない心がけが大事です。
たとえそれで、この世的にはうまくいっても、魂としては腐敗・堕落していきますので、要注意です。
宗教とスピリチュアルの違いは、○○の求め方
宗教は救いを「外側の神」に求めるが、霊的な道を歩む人は自分の内側に求める。
この言葉は私も講座として教えているレイキヒーリング、その関連書籍の中に書いてありました。
いい言葉ですね。
多くの宗教の信者さんは、救いや癒しというものを外側の神仏に求めることが多い。
しかし、霊的な道、スピリチュリティを求める人は、そういった救いや癒しを自分の内側に求めていきます。
これは結構わかりやすい定義ですね。
もちろん、宗派を問わず信仰心の深い方は、外側だけでなく内側にも救いや癒しを求めていきます。
いっぽう霊的な道を内側に求めているつもりが、実は外側に依存しているだけという人もいますね。
ですから、決して単純化はできません。
レイキ(靈氣)もそうですが、気やエネルギーというのは、外側にもあれば内側にもあるわけです。
言い換えれば、小宇宙と大宇宙、その響き合いの中に癒しや救いがあるわけですね。
最終的には宗教もスピリチュリティも〈1つ〉だということです。
【大半がゴミ】開運グッズ・スピ系グッズ
金運、恋愛運アップのお札、パワーストーン、スピリチュアルグッズ、全部ゴミです。
私は人間やもののオーラ、エネルギー、波動を見るというのが仕事なんですが。
金運や恋愛運アップなどを謳っているいわゆる海運グッズの中で。
波動が本当にいいものは1つも見たことがないです。
せいぜいまあ悪くはないかなという程度のものです。
以前訪問したスピリチュアル大好きな方のお部屋にはお札がびっしりと貼ってありました。
ホコリもかぶっていて見栄えが良くなかったので全部手放してもらいました。
そしたらすっきりしたとおっしゃってました。
そのすっきりした気分が何よりも大事だということですね。
スピ系の”覚醒・悟りビジネス系”で本物は一人もいない
スピリチュアル系や自己啓発の分野で「悟り」や「覚醒」をビジネスにしている人で〈本物〉は1人もいません。
これは前も言ったことがあるのですが、最近またご相談をいただきましたので、簡単にシェアしておきます。
今回の相談者さんからは「○○さんのオーラってどうですか」というご質問をいただきました。
その「専門家」とやらが言うには、「覚醒すれば、仕事も恋愛もお金も家庭も社会生活も、全部うまくいく!」みたいなことを言っているわけです。
頭おかしいでしょ。
私はネット越しでもその人のオーラ(波動)がある程度わかります。
観るとやはり、クソ重たい暗い波動をしているわけです。
人間である限り、覚醒や完成などあり得ません。
私たちは未熟なまま生まれ、未熟なまま死んでいくわけです。
ただ、死ぬときに1ミリでも魂が進化していればいいということですね。
変な連中に騙されないようにしてください。
本気で運気を上げたければ”かなしみ”を知ること
真の運気アップは悲しみを知る、そこから始まります。
最近、鹿児島の知覧で特攻隊の息吹に触れたことから、いろいろ考えています。
歴史を忘れた国家は滅びると言われますが、これは個人もそうです。
歴史を忘れた個人は「根無し草」になっていきます。
人は、死ねばそれで終わりではありません。
たとえ科学的には証明されなくても、これは真実です。
例えば特攻隊のように、当時、国から死を強要されたという理不尽。
しかし、それを自分の意志として選択し直したという勇敢さ。
そういった魂が、ついこの間までこの日本国に存在しておられたという事実。
その悲しみ、そしてその先にある愛と勇気というもの。
それらを五感で全身で感じられるほど、私たちの生命力は高まっていきます。
これは理屈抜きです。
こういった根本に触れず、やれ「運気爆上がり」とか「波動爆上がり」とか、そういったスピリチュアル系の言葉は本当に軽いなと思わざるを得ません。
まず第1に知るべきは、喜びではなく悲しみです。
今回の詳細は『マジスピ無料メルマガ』で述べました。
天から “智恵のメッセージ” を下ろす心構え
聖書の「主を恐れることは知識のはじめである」(箴言1:7)という言葉は、クリスチャンじゃなくても大切にすべき思想です。
本当のスピリチュアルや霊性を大切にするなら、この言葉通りに生きようという願いが必要です。
ここでの知識とは「知恵」のことです。
本当の知恵はお勉強、偏差値的な優秀さで身につくわけではありません。
それは主から降りてくる、天から与えられるということです。
どれだけ偉くなって物を知っても、しょせん〈主〉からすれば「自分は取るに足りない小さな存在だ」と肝に命じる必要があります。
宗教やスピリチュアルでときおり、「自分は○○の神の生まれ変わりだ」と言う人がいます。
私がそういったのオーラを見ると、本当に地獄的なオーラをしているので救いがない。
第一、自分だけの力でこの世に生み出したものは一つもないわけです。
真のスピリチュアルを学ぶ私たちは、それを常に肝に命じる必要があります。
【Q&A】祈りをどれぐらい実践すれば運勢は改善しますか?
どれぐらい祈ったら運勢は良くなりますか?というご質問をときどきいただくんですが、そういうコスパ・タイパ・損得を捨てない限り、何も変わりません。
祈りについて発信しているのでこういうご質問をいただくんですけども、祈りという宗教的・霊的な営みを "物質的に捉えてしまう" のがそもそも間違いです。
昨日話した「主を恐れることは知識のはじめである」(旧約聖書・箴言)という言葉にも通じますけども、世の中には人間ごときにわからないことがあります。
「どれぐらい祈れば運勢が良くなるか」なんて、個人差が大きい。
割と短期間で変化する人もいれば、一生やってもなかなか難しいという人もいるかもしれない。
そんなことは人間の分際で考えることではないし、考えたら実践ができなくなってしまいます。
考えてもわからんことを考えることを「迷い」というわけですね。
世の中にはいろんな教えがありますけども、その中でこれがいい、これが素晴らしいと思ったら、石の上にも3年と思ってやり続けるしかありません。
頭の小賢しい計算を捨ててやり続ければ、必ずいつか変化があると信ずることです。
(信ずるためには先達・先人の言葉や体験を参考にすることです)
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