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目次
高き理想、深き祈りを抱くための最も大切な心得
「自分の命はとても短い」と、深く自覚するほど、高い理想を抱けるようになります。
よくこの場で「高い理想を抱きましょう」とか「深い祈りを持ちましょう」とか言ってますけども、じゃあそれはどうやったらできるのか。
ここには上手いテクニックなど、一つもありません。
ただただ、
・人は必ず死ぬということ
・人生はたった1回しかないこと、
・人はいつ死ぬかわからないこと
を深く深く念じていくしかありません。
命の儚さや悲しみを知るほど、魂の輝きが増していきます。
「見上げるもの」「見果てぬもの」を持つということの、大切さに気づいていきます。
これが、地に足をつけて「永遠の生命」を生きるということですね。
なぜ、祈り続けると”魂の器”は大きくなるのか?
自分の小ささを思い知るほど、人間の器は大きくなっていきます。
以前、あるお客様から素敵なコラムの切り抜きをいただきましたので、紹介します。
〈やはり、祈っている人は違います。
そう、あるイエズス会の神父さんがおっしゃる。
1日の多くを祈りに充てる人は、視線が優しく、存在に軸があるそうだ。
祈りは奉仕に比べ、何も生み出さず無駄に思えるが、神の前で自分の小ささを確かめる時間であり、それが人を変える。〉
――という言葉ですね。
これは先週述べた、「天命を生きるというのは、自分を小さくすることだ」という話にちょうど一致するのでご紹介しました。
逆説的だけども、自分の小ささを感じるほど、魂の器は大きくなるということですね。
宗教、宗派を問わず、真実は1つなのだと思います。
オーラは神社参拝でなく日々の仕事で磨かれる
最もスピリチュアルな修行は、普段の仕事の中でこそできます。
職業柄いろんな人のオーラを拝見していますと、例えば
「神社巡りが大好きで、いろんな神様に感謝を捧げています、新月や満月の夜は必ず瞑想しています」
という人よりも、
「仕事や家庭の現場で泥臭く仕事をしている」
という人の方が、オーラが綺麗な場合があります。
先週「祈っても行動しなきゃあんまり意味がない」という話をしましたが、最も具体的にできる実践は仕事です。
ただ、人によっては現実から逃げるためスピ系に行ってしまう場合があります。
それで気分は気持ちいいかもしれませんが、現実の実践=仕事が欠ければ、オーラは決して輝きませんので注意してください。
“波動を上げる”最も簡単な実践方法
本当に波動を上げたいなら「人に喜ばれる人間になること」が最も近道です。
スピリチュアル業界の中では、よく「波動を上げる」なんて言いますね。
私もときどき使うので自戒を込めて言いますが「波動が上がる」っていうのは、目的ではなく結果に過ぎません。
以前よく「高級霊シルバーバーチ」の言葉を引用していました。
彼は、最高の実践は「サービス(奉仕)」だと、おっしゃっています。
またスピ業界のレジェンドである、小林正観さんも「喜ばれる人間になりましょう」とおっしゃっていました。
ただ、こちら側が「興味本位」だと、そんなの当たり前過ぎてつまらないんですよね。
だから「過去世」とか「チャネリング」とか「チャクラを開く」とか、ついついエゴが楽しい方向に行ってしまうわけです。
けど、これをお聞きの方は「真のスピリチュアル」を求めておられると思います。
本当に波動を上げたいなら修行の真似事異常に「喜ばれる存在になるサービス」を心がけていきましょう。
AI時代は「魂の探求」が深く問われるになる【スピ堕ちについて】
「スピ堕ち」「ウェルビーイング・ジプシー」にご注意。
前々回の続きです。
ビジネスをバリバリやっている経営者やエリートが、資本主義に疲れてスピリチュアルの方向に行ってしまう。
これを「スピ堕ち」と揶揄したり「ウェルビーイングジプシー」などと言うわけです。
ウェルビーイングとは「幸福」、ジプシーは「踊る」という意味。
なので「ウェルビーイングジプシー」とは"自分探し"に近いでしょう。
前回はやや批判的に言いましたが、少し考え直してみると、資本主義に疲れてしまうのは「精神の成熟のプロセス」としては悪くないかなと思います。
遅かれ早かれAIが発達し、「人間は何のために働くのか?」という問いがさらに強くなってくると思います。
おそらく多くの人が「精神的な迷子」になってしまうと予想しています。
一方で少数でしょうが普段から「魂」を追求している人にとっては、資本主義から程よく距離を置いて(AIも適度に活用しながら)自分に与えられた天命を生きていくようになるでしょう。
今回の詳細は「マジスピ無料メルマガ」で述べました。
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スゴい修行を体験した割に”オーラがショボい”人がいる理由
ちょっと修行したぐらいで満足すると、オーラは暗く重たくなってしまいます。
先週「断食・不食」という話をしましたけども、スピリチュアル界隈には
「断食を数十日やって悟りました」
「どっかのお寺で100日だか1000日だか修行して悟りました」
と言う人がいます。
不思議なことに、その中にはオーラが大して輝いていない人もいます。
その見た目はいかにも「修行してます」という感じなんだけども、心のどこかに「自己満足」が潜んでいると、それは単なるコスプレになってしまうわけです。
けれど周りから「先生、先生」と言われ続けているうちに、なんとなく満足してしまうんでしょうね。
もちろん私自身にも問われますけども、ちょっとした修行の真似事で調子に乗らないことですね。
まして「目覚め」とか「覚醒」とか "寝ぼけたこと" を言わないで、死ぬまで学び続けろということですね。
劣等感が深いほど”自分は特別な存在”だと思いたがる【スピヲタ】
「自分は特別な存在だ」と思いたがるのは"オーラが暗い証拠"ですから、すぐに手放してください。
最近、何回か宇宙人の話をしています。
ヘタにスピリチュアルに被れると、やれ「自分は宇宙人だ」とか、やれ「インディゴチルドレン、クリスタルチルドレン」だとか内輪にしかわからない用語を使って「自分は選ばれた存在だ」とか「地球に愛を与える存在だ」とか思いたがる人が出てくるんですね。
それ、「劣等感の裏返し」ですよ。
地球人でもオーラが素晴らしい人はいるし、「なんとかチルドレン」でもオーラがダメな人もいるわけです。
スピリチュアルごっこは、早くやめた方がいいですよ。
論理的に考えれば、
みんな"特別な存在"なので、あなたは普通です。
そして、宇宙人の目からすれば、地球人も"宇宙人"なのです。
宇宙・神仏が”応援したい”と思って下さる祈願の方法
神社仏閣で願い事をどうせするなら、大きなことを願った方が、叶う確率は上がります。
神仏に願い事をするのは悪いことじゃなくて、むしろ当然のことですね。
ただ、もし神仏の立場に立ったとき、どういった人間の願いなら叶えてあげようと思うか?
それを私たちが想像する必要があります。
神仏の願いとは、「生きとし生けるものすべてに幸あれ」ということですね。
だから、己の欲望だけの願い事をするよりも、できるだけ世のため人のためになるお願い事をした方が、神仏は応援したくなると思いませんか?
実際、個人的な小さな願いは波動も小さいんですね。
それは、神仏の波動とは波長が合わないんですよ。
もちろん、願った後は行動することが前提だけども、どうせ願うなら大きなことを願いましょう。
無宗教でも祝詞・お経を唱え続ければパワーが出る
古くから伝わっている祝詞やお経には効果があるので、唱えるのが習慣化すると力になります。
以前、私のヒーリングを受けていただいた方から以下のコメントをいただきました。
「先週のヒーリングの時に、
【祓え給い 清め給え 神(かむ)ながら 守り給い 幸(さきわ)え給え】
をずっと唱えていたら、終わった後に体の痛みが消えていました。
こんなに早くヒーリングの効果を実感できたのは初めてだったので驚きました」
というコメントです。ありがとうございます。
今のは祓詞(正確には「略祓詞」)というシンプルな祝詞で、よく神社の拝む場所にこの言葉が書かれた立て看板があるのをを見たことがあるかもしれません。
特定の信仰をお持ちの方もおられると思いますけども、神道は縛りがゆるいので、人生にプラスになる実践として、こういう言葉を唱えてみるといいと思います。
なお、私は「無料メルマガ」の登録者さん限定で、毎週『グループヒーリング』というのを行っています。
さっきのコメントもそのご感想です。
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目的なき断捨離・ミニマリズムは心を豊かにしない
心がときめかない断捨離、ミニマリズムはかえって苦しくなるので、やめた方がいいです。
お金や物を貯め込んでしまうのは執着ですね。
そのカウンターとして断捨離やミニマリズムが出てきたわけですけども、最近は面白いことにミニマリズムをやめてしまう人も出てきているわけです。
捨てること、手放すこと、持たないことだけが目的になってしまうと、それもまた執着で苦しくなるということですね。
結局この両者は対極的のようで、実は同じだったということ。
ご覧の通り私は後ろに絵をいっぱい飾ってますが、これは本当に心を豊かにしてくれます。
物が多いのがいいのか、ないのがいいのかではなくて、どんな物が自分にとって心地いいのかを考えなきゃならないということです。
何をするにせよ、そこに執着があれば全部苦しくなります。
今回の詳細は直近の『無料メルマガ』で述べました。
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“理想”と”現実”を混同すると運命が開かなくなる
理想と空想を混同すると、現実を変えることはできません。
理想は崇高なもので、自分の天命に即したもので、それは現実に立ち向かう力を持つものです。
一方、空想は現実から逃げるもので、自分の劣等感や無価値感を、妄想で埋め合わせようとする行いのことです。
これはエゴですね。
スピリチュアル系でよく言われる「引き寄せ」は、理想があれば現実化しやすいんだけども、空想であれば何も変わりません。
理想と空想の境目は、現実に立ち向かっているか、現実が変わっているか、それによって判断しましょう。
人生を本当に変えられる人とは、いつの時代も少数です。
それは、往々にして空想に流されていくからですね。
注意しましょう。
祈りは願望実現法ではなく、エゴを超える最高の実践
祈りとは願望実現の方法ではなく、エゴイズムを超える最高の実践です。
先週「自分の小ささを思い知るほど、人間の器は大きくなる」というショート動画を出しました。
それに対してコメントをいただきました。
〈自分の小ささを自認していくほど、神の、天の、宇宙の偉大さをも気づいていく、その偉大なものへの気づきが器を広げる、器とは愛でしょうか〉
というコメント、ありがとうございます。
「器とは愛」というより、愛を受け取るのが「器」かと思います。
一般的に言う「度量が大きい」というのは、その愛を受け取る量が大きいということでしょうね。
逆から言えば、器が小さいとは、エゴイズム、自我が大きいということです。
そのエゴイズムを超えていく実践が、いつも言っている「祈り」です。
けれども祈りはキレイゴトではなく、器が広がっていくプロセスには「痛み」が伴うということですね。
けれども、エゴを超えていくには、どうやらそれしか道はないようです・・・
断食・不食は不自然。”少食”こそ現代人に最も適した習慣
断食(不食)は健康に良いと言われますが、現代では「不自然な行為」だと認識しなければなりません。
私は医者じゃないんで詳しいことは言えませんが、断食療法は現代医学から見放された重病、難病治療する「奥の手」であって、常識的には「普段の食事を見直すこと」が先です。
そもそも食事に気をつけていれば、断食、不食は特に必要ありません。
横文字の「ファスティング」も、普段から気をつけていれば必要ないです。
人にも年齢にもよりますが、普通は1日2食、腹八分が無難なところじゃないかなと思います(育ち盛りの子供やアスリートなどは別)。
要は現代人は、食べ過ぎ、飽食なんですね。
その節制をせず後で断食、不食、ファスティングで整えるのは、やっぱり不自然です。
ちなみに私は、1日ほぼ1食です。
胃腸の負担が少なくて、日々爽快です。
(まずは1日2食、腹八分を目指してください)
“好きなことで生きている” 人が最も心がけていること
本当に好きなことで生きていくには、嫌なことをたくさんやらないと難しいですよ。
スピリチュアル好きの一部の人のようにアタマが「お花畑」だと、「好きなことだけで生きよう」「ワクワクすることをやろう」みたいなキレイゴトを真に受けて流されていっちゃうんですけども、それは幻想ですからね。
大谷翔平は野球が大好きでしょうが、地味な練習たくさんやってますよね。
これはどの分野でもそうだし、会社でも伸びていく人は、嫌なことをたくさんやっている人ですよ。
みんながやりたがらないことをやったら、評価されるのは当たり前ですよね。
こういうことは本当は言うまでもないんですが、動画やSNSは「お花畑」が溢れているので気をつけないといけません。
私だって、このショート動画はできればやりたくないです(笑)
1分の動画を作るだけで、1時間ぐらいかかりますし。
でも、自分で選んだ仕事なので、やるのが当たり前だということです。
「好きなことで生きたい」のは誰しも願うことではあるけど、ちゃんと現実を見て地に足をつけてやっていきましょう。
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