お名前だけで人やモノのオーラ(波動)がわかる、波動カウンセラーの林 昭裕です(「詳しい自己紹介はこちら」)。
人やモノの波動(オーラ)がわかる特殊能力をベースに活動しており、ここでは【マジスピ】(真のスピリチュアル・脱お花畑スピリチュアル)をテーマに情報発信しています。
今回は
「スピリチュアル業界のド定番『カルマ論』からの脱却」
について考えていきます。
今回の内容はこの世的な常識、そしてスピリチュアル業界や宗教界の常識を少し超えている部分があります。
なので、スッと理解できない部分があるかもしれません。
ただ、最後まで読んでしっかり理解されると、特に真面目な、内向的な方は
「生きることが、けっこうラクになる」
じゃないかなと思います。
あと、
「物の見方、考え方というのは自由なんだ」
ということもわかってくるはずです。
このブログだけお読みいただいても結構ですが、あわせて前回のブログも読んでいただくと、より理解が深まるかと思います。以下にリンクを貼っておきますね。
目次
カルマ論はスピ業界のド定番だが、あくまで考え方の一つに過ぎない。
まず、あなたがスピリチュアルに関心があればご存知でしょうが、念のため「カルマ」について簡単に説明しておきましょう。
「カルマ」とは、いわゆる過去世(前世)も含めた過去の行い(身体の行い、言葉の行い、意識の行い)が現在に起こる現象を決めている、という考えのこと。
もっと簡単に言えば、「原因があって、結果がある」ということ。
仏教で言う「因果応報」もカルマのことを言っているし、聖書やことわざにも「まかぬ種は生えない」という表現があります。
占いには生年月日や姓名判断に基づく鑑定がありますが、これらはすべて「過去のデータ(原因)が現在の運勢(結果)を決める」という前提があります。
半分余談ですが、昭和タイプの霊能者や占い師の中には「水子をちゃんと供養せぬから、おまえは悪い因縁に見舞われるんじゃ!」的なことを言って恐怖心を植え付け、高級なツボや御札などを買わせる場合もあるでしょう(ガン無視で結構ですよ!)
これらすべては「カルマ論」がベースになっています。
もし「カルマ」という言葉がしっくり来ないなら
「原因と結果の法則」
と言ってもいいし、もっと縮めるなら
「因果の法則」
「因果論」
という言葉になります(今回のブログでは「カルマ論」か「因果論」のどちらかを使うことにします)。
こうやって言葉を並べてみると、スピリチュアル業界や宗教界だけでなく、心理学や自己啓発の世界でもめちゃくちゃ使われている「ド定番の法則」と言えます。
いや、「悪いことをすれば(原因)バチが当たるよ(結果)」なんて日常会話でも使うぐらいだから、私たちの「常識」と言っても過言ではない。
実は、スピリチュアル好きなら99パーセントの人が興味があるであろう【引き寄せの法則】だって、実は「カルマ論」「因果論」になるんです。
あれ? 知ってるようで意外と知らなかったですかね?
「引き寄せの法則」と表現すればまだ古くない印象がありますけど、本当は「水子を供養せぬから祟られるのじゃああああ!」と頭の悪い霊能者や占い師が脅してくるのと根っこが同じ「カルマ論」「因果論」なんです。
ほら、引き寄せの法則って簡単に言うと「ワクワクした感情を持ち続けてりゃ、ワクワクする現象を引き寄せる」ってやつでしょ?
「ワクワクする」という【原因】が、「ワクワクする現象」という【結果】を引き寄せる。
もうおわかりの通り、「引き寄せ」と表現をカジュアルにしただけで、これはれっきとした「カルマ論」「因果論」なんですよ。
おそらくスピリチュアル系のコンテンツの99パーセントが「引き寄せの法則」をネタにしてますよね。
なので、「カルマ論」がどれだけ私たちの意識や行動に影響を与えているか、もっと言えばガッチガチに私たちを縛り付けているか、よーくわかるかと思います。
ただ、どれだけ「ド定番」と言われようが、どれだけ「完璧な法則」と思われようが、「カルマ論」「因果論」はあくまで「"論"に過ぎない」と遠慮なく言おう。
「引き寄せの法則」だって、本当は「引き寄せ"論"」「引き寄せ"仮説"」なんですよ。
もちろん「ド定番」ならではの安心感はあるでしょう。
もし「カルマ論」「因果論」があなたの肌に合うなら、それで今生をまっとうしてもいいぐらいです。さっき言った通り「ド定番」「常識」ではありますから。
「引き寄せの法則」を実践しまくって、ぜひとも待望の豊かさやパートナーシップなどを引き寄せまくってくださいな。
でも、中には合わない人だっています。
それどころか、「カルマ論」「因果論」そして「引き寄せの法則」"だけ"で生きると不幸になってしまう人もいます。
今回はそういう人たちに向けて書いています。
たぶん残り1パーセントであろう、変なブログへようこそ。
(別に奇をてらっているわけじゃありませんが)
「結果が原因を創り、未来から現在に時間が流れる」という奇妙な考え方
要は何が言いたいか。
先に言っておくと、
「原因があって結果がある」
「過去が現在を創る」
というド定番の考え方と同時に、
「結果があって原因がある」
「未来が現在を創る」
という正反対の物の見方がある、ということなんです。
「常識」からすれば実に奇妙ですが、なんとかついてきてくださいね。
前回のブログで述べた「未来の記憶」を簡単に言うと、
「私たちは未来に起こる出来事の断片を、不思議と予感や直感というカタチで現在において先取りすることがある」
ということ。
※詳しくは前回のブログを
私たちの常識では、時間というのは
【過去→現在→未来】
というように流れて行く(ように感じる)わけです。
だからこそ「過去の積み重ねで現在があり、現在の積み重ねが未来を決める」ということが大常識となる。
ところが、この大常識からすれば奇妙なことですが、一方で時間は
【過去←現在←未来】
というように流れて来る(ように感じる)こともあるわけです。
これが例えば「既視感(デジャブ)」だったり、いわゆる「ソウルメイト的な予感」(この人は初めて会ったのになぜか初めてじゃない気がする予感)と言われるものだったりするわけです。
私はこのブログを書いている数日後に引越しを控えているのですが、その物件を初めて内覧したときから「なんとなくここに決めるような気がする」という"予感"がしていました。
これらは「過去の積み重ね」によって実現した事柄ではありません。
何の事前準備もなく、ふと「未来から訪れてきた」ような感覚がするものです。
もちろん、「ソウルメイト」であれば【過去(世)の因縁】がその出逢いをもたらした、という従来のカルマ論的な物の見方でも結構ですよ。
決して「カルマ論」を否定しているわけじゃありませんので。
ところが、もしその出逢いが残念ながら地獄的な苦しみをもたらすものであれば、カルマ論からすれば
「自分の過去(世)からの行いがダメだったから、いまその因縁で苦しんでいる」
という"定説"によって、自分の「至らなさ」「デキの悪さ」を深く嘆いたり悲しんだりして、そこから脱け出せない人が出てくるんです。
言い換えれば、自分の人生が不幸で苦しみに満ちたものなのも、すべて過去(世)での行いがイケてなかったからだ。だから「今生の人生はもうオワタ・・・来世では良いことあるといいな」という超あきらめモードに陥ってしまうんです。
「真面目な人」でスピリチュアルや宗教をある程度学んだ人ほど、こういう「カルマ論の沼」にハマってしまう傾向にあります。
いろいろ学び、それなりに実践もしているつもりなのに、なかなか人生うまくいっていない人に対し、カルマ論しか採用していない占い師やスピリチュアルカウンセラーに
「なかなか思い通りの人生が引き寄せられないのは、オメーの過去(世)がダメダメだからだよ。いくら引き寄せの法則を実践してるって言ったところで、過去(世)から積み重ねてきたマイナスが大きすぎるから今生はあきらめた方がいいよ」
なんて言われたら・・・真面目な人ほどヘコむでしょうね。傷口に塩を塗り込められるようなもんだ。
「カルマ論」「因果論」だけを採用して生きるのは、実は結構ハードモードなんです。
自己啓発や成功哲学で「強く願えば、必ず成功する」なんてよく言われます。
これも「カルマ論」「因果論」だということはすでに説明しました。
で、念願叶って成功すりゃいいんですけど、世の中を広く見渡してみると、いくら月に願い星に祈っても「成功」しない人の方が多いですよね?
※ここでの「成功」とは、わかりやすく「経済的成功」としておきます
ビジネスより恋愛の方がもっとわかりやすい。
いくら「好きなあの人」と一緒になることを夢に見るまで願ったはずなのに、現実は残酷なまでに何も変わらないことの方が少なくないのではないでしょうか。
世界中の誰よりもきっと、その人のことを想ったはずなのに。
それでとっても辛い思いをしているのにも関わらず、占い師に相談したら
「それはあなたのカルマだから、あきらめるしかないのよ」
なんてバッサリ切り捨てられ、生きる気力を失ってしまう。
この通り、「カルマ論」「因果論」は、苦悩や悲嘆に沈む人を本当に救い出してはくれない。
マジで冷酷なんです。
ただ、もし救いがあるとすれば、どんな不幸も災難も過去(世)のカルマが表に出てきて消えてゆくんだ、いわば借金を帳消しにするプロセスなんだ、と徹底的に思い定めること。
もしそれがガチンコでできるなら、「カルマ論」「因果論」は人間としての成長を支える力となるでしょう。
でも、内省的で真面目な人ほど、「カルマ論」「因果論」の"一本足打法"だけで生きるのはなかなか難しいんですよね・・・
「自分の今回の人生は『ハズレ回』『バッドエンド』みたいだから、せめて出家してささやかな徳でも積もうか・・・」
なんてこの世から降りてしまう人もいるかもしれません。
ただ、ここで考えたいのは、そんな「超あきらめモード」で二度とない人生を虚しく過ごして後悔はないのか?ということなんです。
スピリチュアルや宗教は本来、「いのちを輝かせて生きること」が根本的な眼目であるにもかかわらず、逆に生きるエネルギーを奪っているとしたら、そんなものは本当に必要なのでしょうか?
私はそうは思わない。
あくまで人間(いのち)が主体であって、教えはどれほど高邁であっても参考程度に過ぎない。
もしあなたが「カルマ論」「因果論」だけだと生きるのが苦しければ、手放していただいて結構です。
もっと違う考え方もあるんですよ。
不幸に見える現象は、素晴らしい未来や魂の成長をもたらす原因として起こっている
そこで、
「結果があって原因がある」
「未来から現在に時間は流れている」
という従来の「カルマ論」「因果論」(過去が現在を、現在が未来を作るという考え方)ではなく、いわば
「果因論(かいんろん)」
というのを採用するのも一つですよ、という提案をしたいわけです(「果因説」という言い方もあります)。
この果因論には大前提がある。
それは、
「自分に起きるすべての物事は、すべて素晴らしい未来、そして魂の深い成長のために起こっている」
ということ。
これ、めっちゃ大事です(別のブログで説明する予定です)。
例えば「わかりやすい不幸」として【重たい病気】を挙げましょう。
カルマ論・因果論で言えば、重たい病気は過去(世)の不自然な生活習慣や不調和な考え方がもたらしていると言えます。
ただ、もしこれを【素晴らしい未来】をもたらすものとして起こっているとしたら、病気はどんな「意味」として見えてくるでしょうか。
もし【魂の深い成長】をもたらすものとして起こっているとしたら、病気はどんな意味として見えてくるでしょうか。
もしかしたら、「弱い立場の人の気持ちを理解するため」に病気になったのかもしれない。
もしかしたら、「独りで生きてきたつもりだけど、実は周囲の恩恵にあずかっていることを知るため」に病気になったのかもしれない。
もしかしたら、「人生は決して思い通りにならないことを思い知るため(「思い通りに生きられる」という態度は傲慢だったと思い知るため)」に病気になったのかもしれない。
このように、不幸に見える出来事を「過去が現在を作る」という従来のカルマ論・因果論的な物の見方もできる一方、「良き未来や魂の成長をもたらす、有り難い機会」という見方もできるわけです。
因果論的には、病気は過去(世)の行いがもたらした「不運」だけど、
果因論的には、魂の成長をもたらす意味において実は「幸運」だった。
と、正反対の解釈に分かれるわけです。
なお、ここでは「どちらが真理か?」ということを論ずるつもりはありません。
もっと大切なことは、非常に素朴ですけど
「どっちが正しいとか間違いとかじゃなくて、あなたにとって、どっちの方が明るく生きられますか?」
という問いなんです。
別に因果論(カルマ論)でも果因論でも、どっちでもいいんですよ。
明るく朗らかに、生き生きと勇ましく過ごせるなら、どっちでもええわ。
ただ、どっちを採用するにしても共通して言えることは、
「中途半端だとしんどいよ」
ということです。
因果論(カルマ論)が中途半端だとさっき述べた「あきらめモード」に陥るものの、徹底的にあきらめることができたら、逆に突き抜けることができます(「開き直り」ってやつね)。
果因論は「未来はまだ決まっていない立場に立つ」ので、「過去によって現在はすでに決まっている」とする因果論より、目の前の出来事をどう解釈するかの幅には自由があります。
そのぶん、果因論は因果論(カルマ論)よりやさしい(ここが良いところ!)。
ただ、それでも中途半端な果因論だと「そのうちいいことあるさ」とか「明日があるさ」とか軽く考えたり物事への取り組みを引き伸ばしたりする懸念があります。
また従来の因果論に引きずられて「いや、やっぱり過去(世)のカルマは逃れられないんじゃないか・・・」「この苦しみがずっと続くんじゃ・・・」と不安や怖れが沸き起こったりするんです。
なので、因果論にせよ果因論にせよ、どちらも「魂の成長を求める」という土台は共通です。
そう、因果論だって本来は良い教えなんですよ(私たち凡人にとっては厳し過ぎる場合がある)。
個人的には、因果論より果因論を採用した方が、前向きに生きられる可能性が高まるとは思いますけどね。
今回言いたいのは、もし因果論(カルマ論)でガチガチに縛られているとしたら、ちょっと違う観点もあるよ、ということです。
最後に、これは個人的な直感としてお伝えしておきますが、
たとえ過去(世)のカルマによって不幸に見える出来事に見舞われるとしても、それは「輝かしい未来や魂の成長をもたらすものとして起こっている」と思い定めることができたら、そのカルマの解消は早くなる。
いわば「因果論」と「果因論」との【合わせ技一本】というハイブリッドの方が、「因果論と果因論のどちらか一本で勝負する」ことよりも自由度が広がっていいかなと思います。
とはいえ組み合わせはあなたの自由です。
明るく幸せに生きられて、さらにそれが周りにも波及していくなら、考え方はなんでもアリです。
・「結果があって原因がある」「未来から現在に時間が流れる」という考え方もある。
・それは「未来の記憶を思い出す(予感する・直感する)」という形で受け取る場合がある。
・カルマ論だけで生きるのが苦しければ、未来がまだ決まっていない【果因論】を採用しよう。
・明るく生きられるなら、考え方は自由。因果論でも果因論でもどちらでもOK。
・果因論は、すべての現象は良き未来と魂の成長をもたらすものだと思い定める。
今回はいつもより「赤字」が多くなりました。それぐらい大事な内容です。ご参考になれば幸いです。
この「果因論」についてはまた別のブログで細やかに説明できたらと思います。
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