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第338回:エゴや脳でなく〈天の声〉に従うと、自分だけの運命を歩めるようになる。

※ウェブサイト『マジスピ』には音声の文字起こし(読みやすく加筆修正済)があります。

■YouTubeではメモ、資料、スライドなどを映していますが、音声プラットフォームの「ながら聞き」でも十分ご理解いただけると思います。

ウェブサイトでは最下部に音声プレーヤーがあります。倍速再生も可能ですし、YouTubeより通信量も少ないし、スマホを画面オフにしても聴けるので便利です。

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今回の要点と要約文

今回の要点

  • 天の声(天命)はすでにあなたの元に届いている。それを聞き届けるには、与えられた人生に対する責任を自覚する必要がある。
  • 星の軌道と同じように、私たちの運命にも軌道がある。その軌道を認識せず欲望のまま「なりたい自分」を目指すと、たとえ成功できても波動(オーラ)は重たくなってしまう。
  • 天の声は簡単には聞こえない。何が私なのか、何が自分の軌道なのかを自問自答し続け、目の前のことに正面から取り組む先に聞こえてくる瞬間が訪れるだろう。

※ショート動画でも要約を語っています

今回の要約文

■エゴや脳でなく〈天の声〉に従うと、自分だけの運命を歩めるようになる■

子供の頃、学校の先生なんかが「人間は"無限の可能性"を持った存在なんや」と何度か言っているのを聞きましたが、当時から「それはウソやろ」と思ってました。

クソ生意気ながら「いや、先生はその"無限の可能性"とやらを発揮してへんように見えるけど?」と心の中でツッコんでました。

大人になって振り返ると、確かに人は様々な可能性を抱いてこの世に生まれてくるのかもしれない。

でも、現実的には、人は"無限の可能性"の中からたった一つを選ぶ、あるいは「選ばされる」有限の存在じゃないか。

私たちは、無軌道に無制限に「なりたい自分」になることはできない。

宇宙の星々それぞれに「固有の軌道」があるように、私たちの歩みも天与の固有の道がある。

固有だからこそ、それは尊いもの。

でも、それは誰も教えてくれない。

「天命」に気づくには、「天」と対話を繰り返しながら、試行錯誤を続けるしかない。

でも、そこで他人と比較して、わかりやすい目に見えるもの(お金、地位、立場、評判、人気)で "自己実現" しようとすると、迷いに入る。

たまたまこの世的にはうまくいっても、「エゴ」から生み出された成果は、本当の幸せにはつながらない。

それは職業柄オーラ(波動)を観るので、よくわかる。

現代社会では「なりたい自分になれる」「人生は思い通りになる」といった言葉があふれている。

ビジネス一般、成功哲学、自己啓発の分野では、こうしたメッセージを発信した方が商売になる。

スピリチュアル系だと、そもそも才能も素質もなく、したがって「運命の軌道」にも乗れない人が"自己実現したい"という欲望を持つ人がいる。

そういう脳内お花畑の人たちに「あなたもオーラが(守護霊が・過去世・アカシックレコードが)見えるよ。誰でも強く望めばできるのよ」などと妄言を吐いて小遣い稼ぎをしている連中がいる。

今日もどこかの "情報弱者" が引っかかっていることでしょう。

ちなみに、私は「オーラが見たい」なんて思ったことは一度もないけど、どうやら「運命の軌道」に乗っていたらしく、修行ゼロでわかるようになりました。

自分の運命が何で構成されているかちゃんと認識できていれば「なりたい自分」を目指してもいいんですが、そうでないと悪いヤツにカモられてしまう。

「"自分ではないもの" になろうとする衝動」から解放されるには、孤独の静けさが必要。

この世の人間を、誰一人として相手にしてはいけない。

「天」を相手にして生きること。

「天」からの呼び声、「calling(使命)」に耳を澄ませ、それに応答して生きようとする意志を持つ続けるしかない。

人間の分際に「完全なる自由」などありゃしません。

天が定めた軌道に乗る以外に人間としての「真の成功」はないけど、いつだって隣の芝生は青い。

生命に対する「責任」と「義務」を背負う気概がないと、天の声は聞こえない。

多くの人はそれが嫌だから、お気楽なスピリチュアルや成功哲学や自己啓発に流されていく。

けれども、本来はその責務を背負うことでしか生命的な幸福感は得られない。

それに気づくまで、ずっと "幻想としての自己実現" を追いかけたまえ。

どうぞ自己啓発セミナーに通いまくって、さんざん散財したまえ。

それは「自分探し」という、終わりなき不毛の旅。

「自分」なんて探すな。

もうそこにあるじゃないか。

「道」は足元にあることに気づいたときから、本当の歩みが始まる。

平凡たる日常の中で、非凡たる「祈りの巡礼」が始まる。

要点・要約文を読んで、あとは動画でご覧になりたければ以下からどうぞ。


「天」に対する責任を自覚するほど、生命力(オーラ)は増幅していく

では今回もシリーズとして、「成功哲学・自己啓発」を真のスピリチュアルという観点から批判的に取り上げたいと思います。

今回のテーマは「エゴではなく〈天の声〉に従うことが、真の成功を生み出す」ということ。

まず〈天の声〉について考えてみましょう。

英語では「使命」のことを【calling】といいます。

コーリング、コール、これは「呼ぶこと」ですね。

ですから、「天からの呼び声」が使命だというニュアンスです。

「使命」には他に「ミッション」という言葉もありますよね。

こちらは日常でもときどき使う言葉ですが、ミッションは他に「派遣」という意味もあります。

「私たちは天から地上に派遣されていること」を使命と言っているわけです。

前回言った通り、私たちは「祈られている存在」です。

私たちが「祈る」という行為は、「祈られている」という根源的直観に対する応答のこと。

「祈られている」というのは【calling】、つまり「呼びかけられている」ということ。

その呼び声に応えるのが「祈り」です。

これはカタカナ言葉でよく言われる「コール&レスポンス」ですね。

応答する、反応するのがレスポンス(response)です。

天の声(calling)に応答(response)できる能力(ability・アビリティ)が高い人ほど、使命感が高いことになります。

この応答(response)できる能力(ability)のことを、レスポンシビリティ(responsibility)と言う。

response+ability ⇨ responsibility

responsibilityは日本語では「責任」です。

〈天の声〉に応えるとは、自分に与えられた天命・使命に対する責任を背負うということ。

たとえ〈天の声〉がハッキリわからなくとも、「自分は何か役割があって生まれたんだ」という自覚を持ち続けることが「責任」なんです。

責任は「義務」と言ってもいい。

これを主体的に背負っていくことが、魂として最も重要なことです。

この種の責任感が高いほど、「祈りが深い」ということになる。

大切なポイントは、「頭脳で祈ることだけが祈りではない」ということ。

普段から「祈り」を大切にしている方でも、この「頭脳の祈り」の段階で止まっているケースをときどき見かけるので要注意です。

頭で、心で、祈りの文言を唱えることだけが、祈りではありません。

自分に与えられた責任や義務をイヤイヤではなく主体的に背負い、実践し、その結果に対する責任を背負うこと。

これが実践的な祈りであり、その大半は「仕事」において背負うことになります。

この責任を回避し「祈ったフリ」をして自己満足している方をときどき見るので、注意しないといけません。

昨今ありがちですが、権利ばかり主張して責任や義務を負う姿勢がないと、〈天の声〉は全く聞こえません。

「祈ったフリ」をしていてもダメですよ。

信仰やスピリチュアルなど何も関心がなくても、仕事を真剣にやっている人の方に天は味方します。

自己の人生に対する責務を自覚し〈天の声〉に応え続けることで、生命エネルギーはどんどん増幅していきます。

〈天の声〉とは天上から降り注ぐ宇宙エネルギーです。

「責任を背負う」姿勢を持ち続けることによって、宇宙エネルギーを受け取る力はどんどん高まっていきます。

これは「修練」ですから、もちろん簡単にできることではありません。

ラクな仕事ばかりして、手を抜いて仕事をして、仕事の能力はもちろん、生命エネルギーなんて高まるわけがない。

でも、どんな仕事でも〈天の声〉だと思い定めて正面から取り組んでいくと、心身ともにイキイキしていくのは想像できるはず。

逆に、〈天の声〉に応えず、何が自分の役割なのか自問自答もせず、その責任や義務から逃げれば逃げるほど、宇宙エネルギーが受け取れないので、心身の健康をはじめ、運気はどんどん悪くなります。

まともに働かず、ギャンブルやお酒、ダラダラYouTubeやNetflixなどを見ることに逃げれば逃げるほど、どんどん運勢が落ちるのは、誰でもわかりますね。

お金で考えるとわかりやすいですよ。

高い給与所得を得たいと思うなら、高いポジションに就かなければなりません。

高いポジションだと給料はもちろん高くなるけど、同時に責任も重たくなる。

同様に、高次元の宇宙エネルギーの恩恵に浴したければ、〈天の声〉に対する責任と、それに見合った実践を積み重ねていくしかありません。

これが本来の「祈り」ですからね。

現実社会から逃れ、与えられた仕事もまともにせず、「ワタクシは真剣に世界平和を祈ってます」だなんて、バカ言ってんじゃねーよ。

営業だったらお客様回りをサボって、ずっと金運神社で祈ってるようなもんだ。

まともな会社だったらソッコーで解雇だよ。

現実的に考えれば誰でもわかるこういうことが、精神的、霊的な世界になるとわからんようになる。

〈天の声〉を聴くこと、天命の自覚というのは、人生に対する責務を背負い、世の中に貢献したいという意欲を持ち続ける人にだけ与えられることを忘れないでください。

従来の自己啓発と違い、真の成功とは前回述べた通り「宇宙エネルギーを地上に展開し続けること」です。

〈天の声〉〈宇宙エネルギー〉を受け取って、3次元世界において創造(=価値を生むこと)に邁進し、その結果として自分自身も含んだ「人類の進化」に寄与すること。

これが魂にとっては「大きな喜び」なんです。

創造の苦悩、産みの苦しみ、その結果として感ずる喜びをなるべく多く味わうことが「真の成功」です。

・・・まぁ、これほどの「宇宙観」「生命観」「仕事観」を抱いて仕事に取り組む人はそういないですよね。

なので、こういう態度を確立できるほど、あなたは実際の能力もどんどん向上して、結果的に「仕事ができる人材」になって経済的にも困らなくなる、ということです。

こういうのを「急がば回れ」って言うんじゃないの?

世の中にあふれる「手っとり早く、効率的に結果を出すテクニック」とか、スピ系で言われる「人生に奇跡を起こす魔法のメソッド」とか、結局は課金だけして終わってしまうだけでしょ。

もっと根本から考えないとあかんのです。

「なりたい自分」を夢見て成功する人、失敗する人の大きな違いとは?

天からの呼び声、calling=使命は天が決めるものであって、自分が決めるんじゃない。

私たち人間には「無制限、無軌道の自由」は与えられていません。

確かに「自由意志」は与えられているが、それはあくまで「宇宙法則の範囲内」におけるものです。

宇宙の夜空の星々を仰ぎ見れば、どの星も例外なく宇宙に定められた軌道の上で輝いています。

太陽や月が「今日はしんどいから休ませてもらうわ。すまんな」とか言って動かなくなったら、地球の生態系はどえらいことになってしまう。

すべてが「法則」や「道」の上に成り立っている。

この根源的事実を踏まえれば、自分勝手に思い通りに「好きなことだけで生きていく」のは、とても愚かなことであると同時に、絶対不可能なんですよ。

前回言った通り「オレは思い通りの人生を生きてるぜ」という人は、しょせんは「顕在意識」の意識全体の数パーセント程度の範囲でイキってるだけの精神的幼児です。

ここで、スピリチュアルとは完全に違う、往年の文芸評論家、小林秀雄の言葉を引用します。

人は様々な可能性を抱いてこの世に生まれてくる。

彼は科学者にもなれたろう。

軍人にもなれたろう。

小説家にもなれたろう。

しかし彼は、彼以外のものにはなれなかった。

これは驚くべき事実である。

とても大切な言葉です。

「人は無限の可能性がある、様々な可能性がある、それを携えてこの世に生まれてきた」とよく言われます。

でも、本当はたった一つのもの、しかも「自分以外のもの」にはなれない。

あなたはこの真実に驚く感性をお持ちでしょうか?

これが「驚くべき事実」なのは、そこに不思議を感じているからです。

自分で選んでいるようで、本当は選んでいないんじゃないか?

自分で選んでいるようで、本当は "選ばされている" んじゃないか?

そう、私たちは天命が命じる制約の中を、摂理が定める運命の軌道の上を生きていくしかない。

それは誰にも歩めない、自分だけしか歩めない、天与の尊い道。

その道を歩んでいくことこそ「真の自己実現」なんです。

現代人にとって「なりたい自分になる」とは魅力的な表現ですが、これを表面的に理解すると道を誤ります。

その「なりたい自分」が好き勝手ではなく、運命の軌道に乗っているものなら良い。

もし自分のエゴの都合で、本来なるべきでない自分になろうとすると、真の安心立命は得られないでしょう。

「運命に対する認識力」をある程度持っていないと、「なりたい自分になる」とか「自己実現」とか「好きなことをして稼ぐ」とかのキレイゴトに引っかかりやすくなります。

認識力が低いと、必ず、お金、地位、名誉、評判、見栄や承認欲求などの物質など「わかりやすい指標」に流されてしまう。

私は進学校の出身なのですが、同級生の中に「人のために役立ちたい」という志もないのに、単に「学校の成績が良いから」という理由で医学部に進んだ連中がいました。

もちろん、その方が所得も社会的地位も高いからです。

いま、その何人かの波動(オーラ)を勝手に観ていますが、中には暗く重たいのもいます。

(なお、私は出身の進学校の中では最下位に近い落ちこぼれでした)

打算や利害得失で進路を選ぶと、たとえこの世的には「成功」したとしても、魂のレベルでは本当に幸せかどうかはわかりません。

運命に対して素直な人間が最も強いです。

でも私も含めて素直になれる人は少ないので、だったら「自分は本当に天の声に従って歩めているだろうか?」と、常に自問自答する必要があります。

自問自答がちゃんとできていれば、大きく外れることはないでしょう。

現代のグローバリズム、そして大量消費社会は、「自分以外の何ものかになりたい衝動」を刷り込んできます。

そうした方が、ビジネス的には得をするからです。

例えば、本来は霊的な能力も素質もない人たちに対し、スピ系の能力開発のセミナーの宣伝として「あなたもオーラが見える、守護霊の声が聞こえる、前世がわかる、アカシックレコードが読める」などと謳う。

「普通のOLでも、派遣社員でも、専業主婦でも、なりたいと願ったらなれるのよ(講師のワタシも元々は普通の人間だったのよ!)」なんて煽る。

それによって、"運命の認識力が低い人たち" に「もしかしたら自分もイケるかな?好きなことで稼げたらいいな」などと動機を刺激して課金させる。

他の業界だと芸能界や音楽関係が顕著でしょうが、「夢」や「憧れ」のワクワクする部分だけをアピールしてスクールビジネス等につなげる人たちがいます。

もちろん、それで本当に成功できる人は一握りです。

もし、私たちが〈天の声〉に対して素直で運命に対する認識力が高いなら、もちろん失敗や遠回りもあるでしょうが、少なくとも「自分以外のものになろうとする衝動」からは逃れることができるでしょう。

こういう現代社会の刺激やノイズから距離を置くには、「なりたいこと」「やりたいこと」より、天の声に耳を澄ませながら「なるべきこと」「やるべきこと」を考えた方が良いです。

さっき述べましたが、〈天の声〉を聴いて天命を生きるとは、「人生の責任を背負う」ことなんです。

多くの人は「責任」や「義務」などの言葉を耳にしただけで嫌がります。

それで、ここではないどこかに、自分以外の何ものかに「ユートピア」を探そうとする。

それは責任から逃れる態度に他ならないので、結果的に天命と思えるものに巡り会えない。

ですから、これを御覧いただいているあなたは、「なりたい自分」「やりたいこと」などの甘い誘惑を捨て、「なるべき自分」「やるべきこと」の方に向かいましょう。

幸いなことに、運命に対する認識力が高まり、〈天の声〉を聞けるような素直な心になるにつれ、私たちは「なるべき自分」「やるべきこと」を愛せるようになります。

私はこの文字起こしを作成するのは、正直言って面倒です。

今の仕事は好きではあるけど、こうして一文字一文字キーボードを叩くのは、あまり好きではないです。

でも、これは私の「やるべきこと」であり、現時点ではこれに取り組まなければ「人生の責任」を果たせないので取り組むわけです。

そうすると、ときおり読者の方から感謝や共感のメッセージをいただく。

この文章やラジオ(YouTube・Podcast)がきっかけで、カウンセリングや講座に申し込まれる方もおられる。

私にとっては、これこそ〈天の声〉なんです。

読者を通じて、天が「いいぞ、もっとやれ」と言ってくださっているんです。

地道な努力が少しでも報われる瞬間は、爽快な気持ちよさがありますね。

会社にしても、経営者の立場からすれば「やりたいこと」より「やるべきこと」に取り組んでくれるスタッフの方が有り難い。

なぜなら、たいていの仕事は地味だからです。

「やりたいこと」というのは、「やるべきこと」に長い期間取り組んで実力をつけた人間だけに与えられる「天の恵み」なのではないでしょうか。

何でも地道な修行期間、基礎工事が必要なのは当たり前なんですが、昨今では言われなくなってしまった。

それに惑わされ、責任から逃げて人生をナメてるヤツは、〈天の声〉なんて絶対聞こえないということです。

「天命の自覚」が本当の喜びと真の成功をもたらす

天の声(calling)は、静かにしていると、よく聞こえてきます。

ノイズの多い社会から逃れ、静かになることはできますか?

孤独。

沈黙。

沈潜。

内観。

瞑想。

一人を怖れないこと。

この社会の人間を誰一人として相手とせず、天を相手とせよ。

「嫌われる勇気」はありますか?

それができるほど、天の声(calling)はどこかのタイミングで聞こえてくるでしょう。

孤独や沈黙の中で、自問自答を繰り返す。

私は何のために生まれ、何のために生きるのか?

何が私なのか?

この私は、何で構成されているのか?

私に与えられた運命の軌道、その「道」とは何か?

こうして天と対話をすることが、本来は「祈り」なんです。

それは自分の未熟さと対面することでもある。

エゴは何度も抵抗してくる。

でも、それを繰り返しているうちに、未熟さを受け入れることができ、人はようやく謙虚になる。

「人生は思い通りになる」なんて豪語していた以前の自分が、死ぬほど恥ずかしい・・・

そういう謙虚さの中から、天の声が聞こえてくる。

そして、自分は何のためにこの世界にミッション(mission)されたのか、「派遣」されたのか、が観じられてくる。

運命への認識力が高まってくる。

この段階に至って、はじめて「なりたい自分」を目指す資格が生まれます。

もはや「好きなことだけで生きていく」なんて幼稚なことは思わないからです。

「やるべきこと」と「なりたい自分」が一致してくる。

これが「天」と「我」との合一であり、これ以外に「真の成功」はあり得ない。

「真の成功」を掴むことができたら、この世での物質的成功は「副産物」になります。

運命によっては人並み以上になるだろうし、運命が違えば人並みか、あるいはそれ以下かもしれない。

しかし、天道(「お天道さま」の示す道)を素直に歩む人間は、この世の事情はどうでもよろしい。

物質に恵まれたなら、その立場を生かして、さらなる成功へ突き進め。

物質に恵まれないなら、その立場に安んじて、無から有を生み出す創意工夫を積み上げよ。

ただ、使命や天命を真に自覚した人間は、それだけ「宇宙エネルギー」の受容力が大きいので、普通の人より生命エネルギーが強い。

なので例えば会社でいえば「なるべくラクしたい怠け者」や「言われたこと以上の仕事はしない凡人」が多い中、「やるべきこと」に全力投球する人間は、出世や昇進の可能性が高い。

だから、前人未到の世界を突き進む(誰にも理解されない)芸術家でもなければ、たいていは物質的にも恵まれるものです。

ここまで考えていけば、本当に物質的に稼ぎたければここで述べているような「生命の法則」を肚に落とした方が良いに決まっているのですが、まぁ「目に見えるもの」しか見ない多くの人には無理ですな。

「目に見えるもの」しか見ないと、他人と比較しては落ち込み、劣等感を抱き、あるいは逆に優越感を持ったりする。

自分には才能、能力、お金、時間、人脈、環境が恵まれていないとか言い出す。

これは絶対確実なことですが、他人と比較して一喜一憂する人は、運命は絶対に開かない。

ただ、私たち現代人は偏差値教育から始まり、「他人との比較」に常にさらされ、承認欲求が欠乏するよう仕向けられています。

この水平的な呪縛によって、垂直に存する天の声(calling)が、より聞こえなくなってしまう。

そうしてお金や地位や肩書きや、フォロワー数や再生回数や年収などの数字に絡め取られる。

そして、従来の自己啓発の「物質的成功」だけを目指すトラップに引っかかる。

もしそれで「成功」してしまったら、自分が何の力で生かされているかを忘れ、「人生は思い通りに引き寄せられるんだぜ」とか言ってのけてしまう(困ったことに、この世ではさらに人気者になってしまう)。

そうして「天」からますます離れ、波動(オーラ)としては餓鬼(ガキ)と変わらないレベルに堕してしまう。

そうでなければ、前回も述べた通り「小さな成功」に満たされてしまい、過去の遺産でメシを食い、挑戦を放棄してしまい、波動が重たくなってしまう(困ったことに、この世では依然として人気者)。

こういうアホが生まれるのは、天の声(calling)を聞いていなかったか、途中で「自分はもう偉くなった」と思い上がって「聴く耳を閉じた」からです。

なので、実は「真の謙虚さ」は最も生命エネルギーが強い態度であるということを知らねばなりません。

合理的に考えても、「人生は思い通りに引き寄せられるんだぜ」とドヤることはマイナスでしかないことがわかるはずなんですが、エゴに駆り立てられるとわからなくなってしまう(むしろドヤった方がこの世では人気者になれるという快楽に負けてしまう)。

本当に謙虚であるためには、天に対して真剣でなければなりません。

だからこそ、

孤独。

沈黙。

沈潜。

内観。

瞑想。

一人を怖れないこと。

嫌われる勇気。

を、どれだけ忙しくなっても最も優先しなければならない心構えなんです。


ここから動画では私自身の〈天の声〉の体験を語っていますが、ここではあえて文字起こしはしませんので、ご興味があればYouTubeかPodcastでご視聴いただければ幸いです。


〈天の声〉を聴くこと、これは天命を想起することです。

スピリチュアル的な表現では「本当の自分を思い出す」ということ。

天命を想起し、自分の魂の本源に思いを馳せることそのものが、実は魂の喜びなんです。

たとえこの世的には目立たなくとも、自分には独自の固有の役割があると自覚できることは、深い喜びなんです。

ですから前に述べた通り、成功哲学や自己啓発が言う「成功のイメージを思い描きましょう」とか「願望を未来に実現している自分をイメージしましょう」とか、スピ系で言われる「予祝」「前祝い」つまり「あらかじめ叶っていることをイメージして祝福しましょう」などのテクニックは、それほど上等なものではないんですよ。

なぜなら、成功のイメージや予祝や前祝いというのは、過去⇨現在⇨未来という3次元世界を相手にしているからです。

未来のある一点における喜びをイメージするとき、何よりも肝心な「いま・ここ」に対するまなざしは薄い。

成功哲学・自己啓発では『夢を実現したときの感情を「いま・ここ」で感じましょう』と言うけれども、それはあくまで架空の想像上のものに過ぎない。

一方、天から与えられた霊感(インスピレーション)というのは、3次元世界を超越したところからやってくる。

「いま・ここ」において、すでに喜びを与えていただいていることに気づく。

イメージする必要すらない。

これは「神から祈られている」自覚がもたらす「絶対的幸福」。

これは「真の謙虚さ」を持っている者だけが気づける「恩寵」。

ただ、こうした境涯を保つには、それなりの魂の修練を必要とします。

そう簡単ではないからこそ価値もまた高いのであって、これが真のスピリチュアル(マジスピ)の世界です。

この配信・文字起こしは2025年の年末の発振となりました。

来年以降、これまで以上に〈天の声〉に耳を傾けるご参考になれば幸いです。

改めて、今回の要点

  • 天の声(天命)はすでにあなたの元に届いている。それを聞き届けるには、与えられた人生に対する責任を自覚する必要がある。
  • 星の軌道と同じように、私たちの運命にも軌道がある。その軌道を認識せず欲望のまま「なりたい自分」を目指すと、たとえ成功できても波動(オーラ)は重たくなってしまう。
  • 天の声は簡単には聞こえない。何が私なのか、何が自分の軌道なのかを自問自答し続け、目の前のことに正面から取り組む先に聞こえてくる瞬間が訪れるだろう。

なお、YouTube(Podcast)は今回の文字起こし編集でカットした部分があります。

今回も動画と文字起こしは少し内容が変わります。

なので動画(または音声)もご視聴いただけると、より理解が深まるかと思います。

※この下に「音声プレーヤー」があります。倍速再生も可能ですし、YouTubeより通信量も少ないし、スマホを画面オフにしても聴けるので便利です。

マジスピラジオ:脱・お花畑の「真のスピリチュアル実践」
マジスピラジオ:脱・お花畑の「真のスピリチュアル実践」
第338回:エゴや脳でなく〈天の声〉に従うと、自分だけの運命を歩めるようになる。
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