

※2026年9月30~10月20日までの収録分まとめ
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目次
死は人生の終わりじゃない。魂の進化は無限に続く。
この肉体が亡くなったからといって、成長は終わりではありません(証明はされていませんが)。
肉体(ボディ)を置いていった後も、進化は続きます。
『波動の法則』的には「死ぬ」という言葉は使わず「ボディを置く」という表現をします。
人の波動(オーラ)を観る立場から言えば、この肉体は「様々あるボディ」の "一番外側の部分" なんです。
地球の専門家は肉体を超えたボディを「エーテル体・アストラル体・メンタル体・コーザル体」などと表現します(勉強好きな方はご存知のはず)。
肉体が亡くなったからといって、そこで進化、成長は終わりではない。
例えばエリザベス・キューブラー・ロスという精神科医の『死ぬ瞬間』という本は、かつて精神世界のジャンルではベストセラーになりました。
その副題は「死は成長の最終段階である」。でも本当はそうではありません。
肉体という "ボディの一部" を置いていった後も、進化は続いていく。
その意味で、「人生いくらでもやり直せる」というのは霊的な真実なんです。
親子の対立は「魂が違う」から当たり前
私は「親は血を分けた他人」と考えています。
たとえ肉体的には似ていても「魂の性格」は違うからです。
だから親子関係はうまくいかないことが多い。
私個人もかつて親とは大きな葛藤がありました。家出したぐらいです。
ただ、その違いがあるからこそ、学びも大きい。
逆に言えば「仲良し家族」だと学びは少ない。一般的には結構なことなんですけどね。
私の師匠は「あまりに良い家庭に生まれると、子供の魂にはキツい」とおっしゃってました。
子は「親との葛藤」を経て成熟する部分が大きい。それが反抗期や親離れということです。
もちろんそれは程度問題ですよ。
暴力とか虐待とか行き過ぎたのはダメに決まっています。
(ただ深いレベルでは、その過酷さすらも学びなのかもしれません)
離婚したら幸せ?不幸せ?その判断基準は?
職業柄、離婚のご相談をときどきいただきます。
そこでは「離婚すると子どもに悪影響があるのでは?」と心配し、離婚を踏み切れず、ずっと先延ばしにしてしまうことがあります。
前回「家族から学ぶ」と伝えたので、「じゃ離婚はダメなんですか?」と聞かれることもありますが、これはケースバイケースです。
お互いちゃんと話し合った結果 離婚に至る場合もあるし、中にはその話し合いもできないほど「断絶」が起きている場合もあります。
いずれにせよ「子供に良くないから」といった理由で先延ばしにしているなら、少し厳しく聞こえるかもしれませんが、「本当は子供に好かれたいだけなのでは?」とか「本当は周りから嫌われたくないだけなのでは?」とか思うこともあります。
地方であるほど今だに離婚に対してマイナスイメージがある背景もあります。
こういう話をしていると、前に離婚相談されたある方が思い浮かびました。
パッと波動(オーラ)を観て「あの人は今どんな感じかな?」と察するわけですが、その方も「(離婚したいけど)家族を壊せない」とおっしゃっていました。
でもそれは本心ではないので、今でもきっとお辛いでしょうね。
なかなか難しいですね⋯⋯「家族が最も大切だ」という『波動の法則』の教えは、逆に言えば「家族が最も難しい」ということでもあるのでしょう。
死後も魂は霊界で進化し、この世に影響を及ぼす
現代科学では証明できませんが、あの世、精神世界的に言えば「霊界」で魂が成長すると、過去にその人が書いた本の波動も上がるわけです。
不思議でしょうけど、そうなんです。だから「本は生きている」わけです。
文字とは固定化された死んだものではありますけれど、進化した著者の魂は本にも反映されるんですね。
『あるがままに生きる』(足立幸子著)のAmazonレビューには「読む度に感動がアップデートされる」という声がありました。
昔と今とで感動が違ったり、同じ箇所に同じように感動したりするというのは、とても素晴らしいことですね。
それは読み手自身の成長もあるし、実は著者自身も魂として進化を遂げているということもあるんです。
死後の「永遠」をも見据え、今を生きていきましょう。
■運を良くしたいならご先祖・両親=生命の根源を受け入れよう
親あるいはご先祖とどれほど調和しているかは、オーラを観ればある程度わかります。
手前味噌ですが『オーラリーディング』というメニューがあって、この収録の直前もやっていました。
家族との調和、ご先祖との調和が取れていればいるほど、その人の運命は良いです。
だからすごい大事なんですよ。
勘違いしないでいただきたいのは、別に「仲良くしろ」ってわけじゃないですからね。
「この親あって自分がある」という生命の根源を自覚することです。
個人的には19、20歳の頃、親との関係が最悪だったとき、交通事故に遭いました。
当時住み込みで新聞配達してたんですが、ある冬の朝、牛乳配達の軽トラックとぶつかって骨折しました。
親との関係が良くないと、百歩譲って仕事は成功するかもしれないけど、新たに築いた家庭やパートナーシップはあまり調和が取れないことが多いです。
カウンセリングを生業にしていると、「あらゆる問題の根源には、家族との関係がある」というのが実感でわかります。
心理学でも、古典的な精神分析の世界ではそう言われます。
ま、別に心理学を持ち出すまでもなく、親子関係が大事なのは誰でもわかるはずです。
波動(オーラ)を不調和にしないシンプルな原則
「仲良し家族」や「友達家族」は、必ずしも波動が良いとは限りません。
それは「家族の課題」を見て見ぬフリをする〈無意識の企み〉である場合もあるからです。
その程度が深ければ深いほど、見た目とは裏腹に波動は不調和になっていきます。
なかなか難しいことですけどね。
芸能人でも世間向けには「円満に別れ、それぞれの道を歩むことにしました」なんて報道が大半ですが、私が密かに波動を観ると不調和なケースは少なくない。
物理的に別れた後の方が、波動としてはむしろ大事なんですよ(別れたら終わりではない)。
波動が(オーラ)が暗い重たいのは、原則として嘘をついているから。
別にダメ人間でもいいんですよ。だって地球に生まれた時点で私たちは(もちろん私も含めて)未熟な人間だから。
大切なのはちゃんと未熟な点を自覚していることなんです。
自覚できている人は、そこまで波動は重たくない。
いや、むしろ素直で謙虚だから波動がキレイなことは多いです。
数少ない本物の波動アート『究極の宇宙意識』
『波動の法則』だけは例外的に「置けばご利益的がある」と言ってます。別に読まなくてもいいので姉妹本『あるがままに生きる』も手元に置くと良いです(もちろん真剣に読めばもっと良い)。
この本の冒頭に『究極の宇宙意識』というタイトルの絵があります。たった一本棒を描いただけなんですけど、不思議とめっちゃ波動がいい(動画でご確認を)。
芸術的な価値はさておき、あくまで波動という観点からはこんなシンプルな絵でも波動はいいんです。
「あるがままに生きる」とは「直観に生きる」という意味です。
直観については『波動の法則』の解説シリーズで取り上げているので、よければチェックしてみてください。
生きづらさを超えるには、天を仰ぐしかない
是非善悪を超え、自我(エゴ)の判断を超え、「この親あってこそ、我が命がある」「この親なくしては、自分はこの世に生を享けなかったということ」という真実をどれほど深く噛み締めることができるか。
その程度が深さが「霊性」を決めます。
この地上に生まれてくるということは、それだけでとっても有り難いことであると。
こう認識することは難しい。親子の葛藤があればあるほど難しい。
生きることが苦しくて辛いことばかりで、政治見てもバカばかりで、国際政治見ても戦争と腐敗と混乱とで「こんな世界に生まれてこなければよかった」と。
こういった観念に囚われてしまっていると、霊性は深められない。
スピリチュアルを学ぶことの意味というのは、要は「この世を相手にしないこと」です。
でも、普通のスピリチュアルのような「現実逃避」ではありません。
「この現実を踏まえた上で、それでもなお〈天〉を仰ぐ」ということなのです。
夫婦・パートナーシップにも固有のオーラがある
だいぶ前のことですが、ちょっとした知り合いの某霊能者(男性)が、「僕はいつも奥さんに感謝してる」とかヌケヌケと言ってましたけれど、私はすぐに「夫婦の波動」が重たいことを感じました。
私は波動(オーラ)を観る特殊体質です。「パートナーシップの波動」を観たり、恋愛なら「相手が自分のことをどう思っているか?」という感情の傾向を観たりします。
それでその奥さんの波動を観ると、旦那に対して「絶対許さない!」という敵意を感じるわけですよ。
せめて「奥さんにはいつも迷惑をかけて本当に申し訳ないと思っている」と言えばいいのにね。そうやって誤魔化すから波動(オーラ)は重たくなるんですよ。簡単なこと。
でも平気で誤魔化すほどエゴは根深いので、本当に気をつけなければなりません。
そんなお粗末なパートナーシップの人が「あなたの心に寄り添うカウンセリング」なんて、「ホンマどの口が言うとんねん!」と私は言いたくなる。
もちろんこれは全部私自身にも問われることです。
できないなら「できない」と正直に認識しないとダメです。
『波動の法則』でも人生を変えらない人の法則
スピ系の本を読んでいなくても波動が高い人はザラにいます。勉強好きな方は注意したほうがいいですよ。
頭で分かった気になるだけでは波動は高まりません。つまり知識や教養のレベルで「生きる力」にはならないんです。
「大事なのは、知識でも理解でもなく、気づきである」これは最重要キーワードですね。
足立幸子さんの『あるがままに生きる』のAmazonレビューの大多数の方は絶賛されています。これは当然ですが、中には批判的なレビューもあります。
「中身が薄い」とか「大したこと書いてない」とか。
私はペンネームでも波動(オーラ)がある程度わかります。この批判的なレビューした何人かの波動を見ると、やっぱり重たいんですよ。
「中身が薄い」って言うけど、薄いのはアンタだろうが⋯⋯って私は思います。
運を良くするには「縁」に深い感謝を捧げること
たとえ離婚しても死別しても、親子関係や夫婦関係はその後も続いていきます。
離婚したら終わり、死別したら終わりではありません。
顕在意識ではわからないけれども、深いレベルにおいては「交流」は続いていきます。
むしろ別れた後の方が大事です。
別れてもなお、お詫びと感謝を発振し続ける。
特に離婚したのであれば、何かお詫びすることがあるはずです。
お互い未熟だったが、一時期でも時間と空間を共有する縁もあったわけです。
縁は「宇宙エネルギー」です。自力を超えた世界です。
ですから、是非善悪を超えて、自我の判断を横に置いて、その縁に対してお詫びと感謝を続けること。
それができれば、運命はだんだん整っていきます。
こういったことを知らず不平不満を抱き、真の成功、真の家族を追窮していかないと、深いレベルでの幸せは得られないということです。
オーラの輝きは知識でなく智恵の深さで決まる
いろんな本やネット媒体(このYouTubeもそうですけど)いろんな情報を発信している人は、その言っていることが実践できないほど、波動(オーラ)は重たくなります。
この地球では「理解量が多い人」が評価されやすい。これは偏差値社会やいまだ残っている学歴信仰に象徴的ですね。
一般的に学者と言われる人は知識や理解の量は多い。ただし同様に、学んだ知識を実践していない分だけ波動は重たくなります。
本来の学問のあり方とは、その学問を通じて自分の魂を磨くことでした。
けれども、現代でこれを言っても通じない。「は?なに言ってんの?」と相手にされない。
それより専門的な知識を分かりやすく伝えることが評価されるわけです(もちろん大事なことですが)。
知識と智恵を混同し、言葉と行動が分離するのは、現代の知識社会の特徴です。
『波動の法則』の足立育朗先生は、この「地球の文化」警鐘を鳴らしておられます。
もちろん、私にも問われることです。
守護霊に強く守られるには●●が必要
「守護霊」について、私が『守護霊リーディング』というメニューをやっていてわかるのは、たとえその知識はなくとも「わかる人にはわかる」ということです。
スピ系の本など一冊も読んだことない人が「守護霊とか観音様って、目に見えないけど絶対いますよね」とサラリと言えてしまう。こういう方は波動(オーラ)がキレイです。素直で謙虚なんですよ。
難しいことはわからないけど、直観的にそういう存在があることが信じられるわけです。
しかし一方、「守護霊がいるんだったら論理的に証明してみろよ~」とか「いるんだったら出してみろよ~」とか、こういうことを言う人に限って波動(オーラ)は重たい。
中には重たくない知性的な人もいますが、こういう人はどこかで霊的感性が目覚めると、波動はとても良くなります。
理性や知識の限界を思い知らなければ、直観力が求められる『あるがままに生きる』(足立幸子著)みたいな本は読めません。
運命の女神に最も好かれる人間の資格とは
「この世に生を享けた以上の大恩はない」という自覚が、霊性の根源です。
仏教では「人身(にんしん)受け難し」という言葉があり、昔の真面目な仏教徒は生を享けたことに感謝できるよう自己を修めたわけです。
そこから「親孝行」という考えが生まれてきますが、別に「仲良くしろ」というわけではなく「その絶対的事実を噛み締めろ」ということです。
『波動の法則』の根本義である【家族に還現】とは、自分だけの成功・成長はなく、家族ともに進化をするということ。
これは「家族で美味しいものでも食べようね」などと表層的な親孝行を言っているわけではないですよ。
離婚しても死別しても毒親でもネグレクトでも捨て子でも天涯孤独でも、「家族あってこそ自分の存在がある」と弁えることです。
そうすると運命の神様に好かれるようになるわけです。
もちろん簡単なことではないですが、これが根源である以上、そうなろうと決心しなければなりません。
スピ系で開運したい人が注意すべきたった一つのこと
スピ系や宗教で、「愛、感謝、光、世界平和」などのプラスの言葉(言霊)を口にしながらも、波動(オーラ)が暗く重たい人がいます。
これは「言葉と行動のギャップが激しい」ことが考えられます。
私たちは油断すると、言っているだけで何かできているような気がしてきます。
仕事をしないでずっと平和活動などをやっている人は、めちゃめちゃ不調和な波動です。
口にするだけでやっている気になったり「スピってる感じ」がしたりするわけですが、これは全然ダメです。
「普通のスピリチュアル」が好きな人は、泥臭い実践を嫌う人もいるので注意しなければなりません。
コスパ良くオーラ・波動を高める方法
スピ業界には「悟り」や「覚醒」を謳った神我開発(真我開発)セミナーというのがあります。たいていは高額ですけど。
ただ、そういうものより正直この本『あるがままに生きる』を素直に、謙虚に、真剣に繰り返し読んでいただければ、そういう高額セミナーに参加する必要はないかなと思っています。
私は以前そういう高額セミナーを覗いたこともあるんですが、人から何かを教わる座学は知識にはなっても「気づき」までは起きないのです。
気づきとは、自分が直観を通じて「大元」である本質に繋がっていくことで起こるもの。結局は自力で波動を高めていくしかありません(本はその参考資料です)。
だから、差し当たってはこの本を何回も何回も繰り返し読んでいただければ十分かなと思います。
波動を上げる3つの条件で、あるがままに生きる
波動を上げる3つの条件。
①あらゆるこだわりを取り除くこと
②即行動に移すこと
③深いレベルの自分(本当の自分)が望むことをやること
小学生でもわかる内容ですが、簡単だからといってナメてかかってはいけません。
安っぽいハウツーやノウハウではなく「大切なのは実践」という大原則です。
そもそも「本当の自分」とは何だろう?何によって決まるのだろう?そんな問いを発してみましょう。
頭だけで理解して「なんか簡単だな」とか「内容が薄いな」とか思ったら、もう終わりですからご注意を。
努力しても運気が下がる人の残念な習慣
だいぶ前のご相談でしたが、だいぶ昔(20年以上前!)に別れた元旦那の写真を出して、いまだに悪口を言っている人がいました。
これは『波動の法則』的にもだいぶアウトですよ。
意識の深い次元では「離婚しても関係性は続く」ので、お詫びと感謝が大事なのです。
でもその人は「いつも世界の安寧を祈っています」なんて言ってのける。
地味な言葉ですが「順番」を履き違えると、何をやってもうまくいきません。
たとえ離婚しても「世界の平和は家庭から」というのが本来の順番です。
この順番を間違えている人の運命は決して良くならないのです。
“天命”と”好きなこと”の統合が真のスピリチュアル
「好きなことをやる」ということと、「本当の自分が望んでいることをやる」というのは、似て非なることなんですね。
ここがとっても大事です。
「好きなこと」とは、基本的には好き嫌い・感情のレベル。
一方「本当の自分が望んでいること」とは、真我、神の我、誠の自分が望んでいること。
これは「魂の進化」が大前提にあります。言い換えれば「精神的な成長」ということです。
今の自分にとってしんどいこと、辛いこと、大変なことを乗り越えなければ、精神的な成長、魂の進化はないですよね。
「本当に自分が望んでいることをやるんだ!」と強烈にプログラムをすることは「命がけ」なのです。
なんて言うと怖いと感じるかもしれませんね。
でも、これをちゃんと言っておかないと、「ああ、決めればいいんですね」と、「じゃあ、ちょっと決めました」といった軽い感じで理解をしてしまう。
決心というのは、本来は覚悟なんです。
決心できるほど「好きなこと」と「本当の自分が望むこと」が一致してきます。
【奇跡】夫婦関係の進化が仕事の成功を引き寄せた例
夫婦が真の円満で、親子関係にも真の調和があって、それで人生や仕事がうまくいかないなんてあり得ないんですよ。
私は『レイキヒーラー養成講座』というのをやっているのですが、受講生さんの中で、非常に素敵な事例がありました。
多くのパートナーにおいて「奥さんがスピリチュアル好きだけど旦那さんは嫌い」というパターンは多いです。
当初は受講生である奥さんが将来やりたいことに対し、旦那さんはあまり理解がありませんでした。
ところが講座をきっかけに自分を磨き高め上げ、旦那さんにも感謝の気持ちをずっと念ずる実践をされたそうなんですね。
そうしたらあるとき、どういった風の吹き回りか分かりませんけれども、旦那さんが奥さんの計画に少し興味を持たれたそうです。
そこでご夫婦でやりたいことの説明会を受けに行かれたところ、なぜか旦那さんがすごく気に入ってしまい、今のお仕事を辞められてしまったわけです。
今は夫婦でそのお仕事をやってらっしゃるという、奥さんも仰天の展開でした。
家族が調和すればするほど、運命が本来あるべき姿へと想定外のプロセスで展開されていく素晴らしい例ですね。
もちろん最初から素晴らしいわけではなく、少しずつ良い方向に向かっていく意志が必要です。
他人と圧倒的に差をつける”魂の学び方”
読書とは「著者の魂との対話」、これが本当の読書です。
名著『あるがままに生きる』(足立幸子著)はヘタすれば小学生でも分かる文章です。
しかし本の波動は高く、著者はこのボディ(肉体)を脱いであの世に行っても、生前「足立幸子」と言われたエクサピーコ(宇宙語『魂』)は、どんどん進化しておられる。
そのエクサピーコと魂の対話するつもりで、この本を読むことです。
「死を想え」(メメント・モリ)はスピリチュアルの根本であり、死生観のないスピリチュアルは寝言です。
この本の主要テーマ「直観で生きる」とは、生死を超える強い決意があることを踏まえてください。
真の運命が始まる根本的な条件とは
家族に学ぶということ。頭では「お詫びと感謝」が大事だとわかっている。小学生でもわかるはずですが、なぜ大人でもできないのか?
それは自分の命の淵源、根源はどこにあるのかを深く考えないからです。
自分は何のために生まれ、何のために生きるのか?
何が自分を形成しているのか?
どれだけ毒親であろうが、家庭環境が最悪だろうが、そこから自分は生まれてきたわけです。
どんな事情があろうと、それなくして今の自分の存在はありません。
となれば、その根源を受け入れる以外に、運命は動かないじゃないですか。
それが宇宙から与えられた境遇なら、それを受け入れられない限り「真の人生」はまだ始まっていないのです。
使命・天命は意外と”イヤな事”の中にある?
「好きなことで生きていきたい」のは、誰しもが思うこと。
ただ、実は苦手なことをやっているからこそ、逆に苦手な人の気持ちがよく分かり、例えば人に教えるのが上手なケースもあります。
あえてあまり得意じゃないことをすることによって、かえってその本人の天命が生きているという場合もあるんですよ。
何が本当の使命・天命かは、頭では完全に判断することはできないようです。
とはいえ本当に嫌なことだったら続けられないので、やっぱり好きなこと(せめて嫌いな部分があまりないこと)をした方がいいよね、というお話です。
“ポジティブ”なのに波動が悪くなる理由
「人のために生きる」なんて聞くと、疑い深い私は「偽善の匂い」「欺瞞の臭み」を感じてしまうことがあります。
以前から紹介している高級霊シルバーバーチは「最高の生き方とはサービス(奉仕)、人のために生きることだ」と言っています。それがオーラを本当に輝かせるわけです。
けれどもこの世界では「人のため」と口では言うけども、それは自分の野心を満たすためのパフォーマンスに過ぎない場合もあります。
その偽善の程度が深いほど、オーラは重たく暗く汚くなるので要注意です。
表からはなかなか分かりにくいので、この世から詐欺はなくならないわけですね。
宇宙とつながる最もシンプルな方法
こちらのレベルが低いと、シンプルな真実の奥深さはわかりません。
普通に暮らしていながら「おおもと」(≒根源的な叡智)とつながれるというのは相当レベルが高いのです。
この地球は「エゴの文化」です。この肉体にとって安全で安心で快適な物事が中心になって動いています。ただ、そこから離れないと「おおもと」とつながることはできません。
「おおもと」とつながり直観を駆使するには、足立幸子さんは「ただぼーっとすればいい」とサラリとおっしゃる。
こちらのレベルが低いとこの凄さはわからず、「内容が薄い」なとど文句が出てしまう(恥ずかしい⋯)。
知的な理解を求める「普通の地球人」には、「おおもと」とつながり直観を得るには「坐禅、瞑想、祈り、断食、滝行」などがいいですよ、と説明した方がわかりやすい。
でも「ぼーっとする」って言われても全然わからん。あまりに普通すぎてその深みがわからないんです。
本当の大金持ちは、全身ユニクロみたいなものです。
まず「普通の凄さ」に気づけるかどうかが第一歩です。
欲望のエネルギーを愛と調和に転換する生き方
波動を上げるための条件の1つは【あらゆるこだわりを取り除くこと】
こだわりとは仏教で言われる「三毒」、貪(とん)瞋(じん)痴(ち)ですね。
貪とはむさぼること、瞋は怒ること、痴は愚痴のことです。
人間である限り欲は絶対に捨てられないが、コントロールはできます。
それには【決心】が必要です。
この決心とは、宇宙の大元(根源的叡智)に直結するという強い決意のこと。
なぜ生まれたのか?
何のために生きているのか?
この森羅万象がこうして存在している理由とは何なのか?
これを問い続けていくと、何か知らんけど、宇宙は「愛と調和」の方向に向かって、無限に進化し続けているらしいとわかってきます。
ゆえに、すべての生命(鉱物、植物、動物、そして人類)に対して調和ある生き方がどうやら望ましいようだと。
その生き方を決心する度合いに応じて、こだわりや執着は取り除けるようになります。
“引き寄せの法則”の負の側面にご注意
『波動の法則』では【引き寄せ】という言葉は使っていません。そうではなく【同調】と表現しています。
「類は友を呼ぶ」と言われているように、自分の波動、振動波、あるいは時空元など、そのときの波長レベルに【同調】した現象が起こります。
実は【引き寄せ】という言葉は、なかなか波動が重たいのです(※私は名前など〈言葉の波動〉を観る人間)。
引き寄せの主体はエゴ(自我)だからです。
ただ、地球という「エゴの文化圏」においては【引き寄せ】という言葉は魅力的です(だからスピ系や心理系の発信者は多用する)。
ところがこれを【同調】と言うと、非常にプレーンでフラットな感じがしますね。
自分にとって良いことも悪いことも、すべては自分の波動、振動波、時空元が【同調】して起こった結果。
だからそこには必ず学びがあり、必ず意味がある。
逆に言えば、偶然や「もらい事故」は一つとして無い、ということ。
これは単なる理解では全く役に立たないので、心して体得されることです。
“好き”を仕事にできない人の根本的な間違い
多くの人は「ラクなこと=好きなこと」だとカン違いしてしまう。
本当に「好きなことで生きていく」には、これが仕分けできないと無理でしょうね。
例えばギャンブルとかFXとか、それは本当に好きじゃなくて「ラクして稼ぎたい」。要は「怠けたい」ということですよね。
脳もあくまで肉体なので、自己本位になりやすいんです。
最近「ドパガキ」という言葉が流行ってますね。パチンコやギャンブルにハマると、脳からドーパミンとかエンドルフィンとかの快楽物質出て脳をハッキングされ、それを「好き」だと勘違いしてしまう。
孔子の『論語』で有名な言葉で、「これを好む者は、これを楽しむ者にしかず」とあります。
「好き」よりも「楽しむ」方が上段なのです。
感情的な「好き」ではなく、苦しいことや辛いことも「身を修める」自己修養の糧として受け止めていくこと。これが「楽しむ」ということです。
これが「好きなことで生きる」の本質だとわからない限り、一生「自分探し」で終わります。





