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目次
不毛な「大災害の予言」は今後も言われ続ける
今回の文字起こしの要点
- 「縁」は宇宙エネルギーなので、エゴを横に置いて無条件に受け止めるのが、縁結びの根本的な心構え。
- 縁と恩に「ありがとう」と言うだけでなく、報恩・恩返しの具体的な行動を積み重ねることによって、良き出逢いは得られやすくなる。
- 宇宙エネルギーは循環するほど強くなるので、縁を感謝で受け取り、報恩で与えるというサイクルを意識することが、神社で縁結び祈願するよりはるかに大事。
今回は「縁結び」について考えていきます。
縁結びや開運となると、「普通のスピリチュアル」では神社仏閣で祈願することを推奨します。
しかし、ただ参拝するだけでは、ほとんど意味がありません。
じゃあどうすればいいのか?
残念ながら安直な方法はありませんが、今回それを説明していきます。
その前に、前回の配信内容について少し振り返ります。
前回は「2025年7月に大災害は起こるのか?」というテーマでお話ししました。
私の配信チャンネルは現時点ではあまりフォロワーはいませんが、それでも前回は普段の2倍以上の反応がありました。
もちろん、関心を持っていただけるのはありがたいことです。
ただ、できればこうした「不安を煽るような話題」が注目されてほしくない、という気持ちもあります。
内容的には非常にくだらない話ですからね。
予言が当たるか当たらないなんて、本当にどうでもいい。
そもそも人間ごときに、未来のことなど正確に分かるはずがありません。
一時的に関心は高まっても、どうせ7月が過ぎれば「何もなかったかのように」忘れ去られていくでしょう。
そしてまた、新しいネタに目が移るわけです。
たとえば、「奇跡のリンゴ」で知られる木村さん。
私は彼のことが特別好きというわけではありません。
本も読んだことがありますし、別に嫌いじゃありません。
その木村さんが「2032年が人類滅亡の分かれ目になる」と語ったのをどこかで見た記憶があります(記憶違いかもしれませんが、この前後の年なのは間違いないです)。
木村さんは波動を観る限り、決して悪意はないでしょう。
でも、こうした話はいい加減にやめませんか?
おそらく、これからも似たような「メッセージ」が出てきます。
「Xデー」や「Xイヤー」を設定して、スピリチュアルネタを投下する。
それに対するカウンター記事も含め、不毛な内容で盛り上げようとする。
ただ、歴史を振り返って確実にわかることは、いつ、どこで、何が起こるかなんて、誰にもわからないということ。
これは株や投資の世界でも同じです。
どれだけ優れたトレーダーでも、未来の株価の動きは予測できないんです。
私たちはもっと、地に足をつけて、地道にスピリチュアルを学んでいくべきです。
縁は「宇宙エネルギー」だからこそ、人は縁結びを祈願する
さあ前回の振り返りはこの辺にして、本題に入っていきます。
あらためて今回のタイトルをお伝えします。
「真の縁結びと開運をもたらすには、感謝を超えて恩返しに生きる決心をするしかない」
神社ではよく「縁結び」の祈願が行われますが、そもそも「縁とは何か?」という問いを考える必要があります。
そもそも、縁は自分でコントロールできません。
なぜなら、縁とは、宇宙エネルギーそのものだからです。
縁結びは自分が結ぶものではなく、神が結ぶもの。
神道でも「むすび」という言葉が用いられますが、その主語は私ではなく、神です。
だからこそ、私たちは縁結びを祈願をするわけです。
自分でできるなら、祈願などしないはずですから。
つまり私たちは無意識に、「縁は神が作るもの」「神が結ぶもの」だと知っているのです。
縁とは「自分を超えた存在」なので、私たちはいかに不都合な縁が与えられようとも、それに対する謙虚さが求められます。
それが「感謝」という姿勢に繋がっていく。
普通のスピリチュアルでは、「ありがとう」で人生が変わる、といった話をよく聞きます。
大衆向けの心理学でも「"ありがとう" を言えば "ありがたいこと" が起きる」なんて言われますね。
確かにそれは間違ってはいないでしょうが、私はそこにやや懐疑的です。
たとえば、YouTubeで「ありがとう」をひたすら唱えている方がいました。
どうやら「開運祈願」らしいですが……世の中にはいろんな人がいますね。
私は波動やオーラが見える人間なので、その方の波動を拝見したことがあるのですが、正直なところ、とても重たい波動でした(汗)
私の眼からすれば、「感謝の波動」は清らかで美しいものです。
直感的にもわかるでしょうが、感謝の波動は「光」なんです。
ですが、「ありがとうを言えばいいことが起きる」という期待をもって唱えるのは、それはエゴになってしまいます。
そういう野心をベースとして行ったものは、どこまで言っても波動が高まることはありません。
縁結びを祈願するときも、エゴや野心で行ってもあまり意味がありません。
でも、大半の人は神社仏閣に行けば「どうか "良い人" とご縁がありますように」と祈願するでしょう。
まぁこれは率直な気持ちでしょうけど、神仏にはあまり届かないでしょうね。
本当に縁結びを望むなら、今ある縁を尊重しなければならないんです。
だから、これもときどき言われることですが、神社仏閣で行う最も良い祈願は、「ただ感謝のみ」です。
たとえ不快に感じる縁であっても、それは自分の学びか、または乗り越えるための課題として受け止めるのが、霊的には正しいです。
昔は「天の配剤」という言葉がありました。
人智では理解できないご縁や巡り合わせであっても、そこには必ず「深い意味」がある。
それを敬意を持って表現した言葉です。
そうして、与えられた運命を真正面から受け止めるとき、「恩」の感情が生まれます。
「縁」と「恩」は、深くつながっています。
「えん」と「おん」は、言葉の響きが近いし、五十音順でもお隣同士です。
「縁」という宇宙エネルギーを深く感じ入ったとき、生まれてくる感情が「恩」です。
「恩」とは、宇宙エネルギーを有り難く受け止めるところから生まれてきます。
私は神社でご祈祷をしていただくとき、祈願するのは「神恩感謝」のみです。
(気分によっては「天命成就」も祈願しますが、これはあくまで自分の決意です)
例えば「悪縁」と呼ばれるような不快な関係すらも、実は神が結んだものです。
仏教では「逆縁(逆縁)もまた縁なり」という言葉もあるぐらいです。
エゴによる自己都合を横に置き、いかなるご縁も「神から与えられたもの」と厳粛に受け止めることが、真の縁結びを生み出すための唯一の態度です。
「普通のスピリチュアル」を学んでいる人の中には、「今生の私は間違えて地球を選んできちゃったかもしれない……」とこの世とうまく馴染めないことを嘆く人がいます。
私もこの世にあまり馴染めなかった人間なので、その気持ちは理解できます。
ただ、「間違って生まれてきた」と言うことは、文字通り間違いです。
そもそも私たちが「この地球に生まれてきた」ということ自体、深い縁に導かれた結果なんです。
宇宙には無数の星々がありますが、その中でも、この時代、この日本、この両親の元に生まれてきたというのは、ものすごく縁が深い事実なんです。
この尊さは普段「当たり前」になってしまって忘れているのですが、ときどき深く瞑想でもしながら、自分の命の由来について沈思黙考した方がいいですよ。
ご縁に対する報恩に生きることで、新たな出逢いは生まれる
ここからさらに踏み込むと、「感恩」の次に「報恩」という想いが生まれてきます。
「恩に報いる」という生き方、つまり行動としてお返しをしていくことが、真のスピリチュアルな生き方です。
これは「感謝しましょうね」「恩は返しましょうね」といった道徳的なスローガンではなく、本当に「返さなければならない」んですよ。
この「義務感」を現代人の多くは嫌がりますが、私は真正面からこの表現を使います。
「義務感」がイヤなら、「使命感」と言えばまだ受け入れられますか?
ともかく、返さなければ、それは「嘘」なのです。
恩を感じながら何も返さず、「ありがとう」と感謝の言葉を言うだけで終わってしまうなら、それは「子どものスピリチュアル」です。
そう、「普通のスピリチュアル」のレベルです。
さっき言ったYouTubeでひたすら「ありがとう」と唱え続けている、波動の重たい人です。
恩というのは、非常に重たいものです。
なぜなら、それは自分の意志を超えて与えられた「いのち」に関わるものだからです。
「宇宙エネルギー」って根源的なエネルギーだから、そりゃ重たいんですよ。
普通のスピリチュアルだと「うちゅうえねるぎーは、うつくしくて、きよらかで、あかるいばいぶれーしょん」だなんて言いそうですが(笑)
その重たい恩のエネルギーをどこまで深く受け止められるかが、その人の「霊性」や「スピリチュアリティ」を表していると言えるでしょう。
心理学者・河合隼雄先生の言葉に「感謝とは、心が強くなければできない」とあります。
まさにその通りです。
人間として軽薄な人は、恩の重厚なエネルギーを受け止める力量がありません。
「自分がいかに多大なる恩恵を受けているか」というのは、自分の過去を深く振り返られるような「意識の力」を持っている人でないと感ずることができません。
感謝感恩の力とは、「目に見えない恩恵」を凝視し続ける勇気によって深められていきます。
それは物質的な価値、ソンかトクかを測るだけの浅い視点では、絶対にわかりません。
その視座でもって「ご縁に感謝」を感ずる場合、そのご縁に報いたいという気持ちが自然と生まれるはずです。
その相手のために、何かひとつでもできることを考える。たとえビジネスの場であっても、ギブ&テイクの損得を超えて、「自分が相手にできることはないか」と真剣に考える。
それができてこそ、「ご縁に感謝」と言えるのだと思います。
神様に祈るだけ、お願いするだけでは信用されません。
これは神様に限らず、人間関係でも同じですよね。
スピ系やスピ好きな人と名刺交換をするとき、ときどきその名刺に【ご縁に感謝!】だなんて書いてあるのを見ます。
私なんて性格が悪いので、「この人、口先だけの軽い人なんやろか?それとも、ホンマに感謝している人なんやろか?」と疑ってしまいますね。
かつては口先だけの人もずいぶん見てきましたよ……じゃあ書くなよって思いますが。
本当に【ご縁に感謝!】で生きている人は波動が輝いているので、それだったら信用できると思います。
〈感謝→感恩→報恩〉の循環で、縁結びの力は強化される
そうやって、本当に感謝を感じ、感恩を感じ、心から報恩しようと念じている人に、「真の縁結び」は巡ってくるんです。
私は職業柄、新しい出逢いはある方だと思いますが、その大半は嬉しくて有り難いご縁です。
そのご縁によって、自分が普段からどのような波動で生きているかがわかります。
もちろん、私も未熟ですから、ときに気分の良くないご縁もありますよ(これを書いている少し前もありました)。
でも、さっき述べたように、それもまた「天の配剤」として受け止めることによって、人生の学びへと変換できるんです。
そして、それが今度はまた良きご縁を生んでいくのだと思います。
いま述べたことは、実は「循環」なんです。
エネルギーは循環してこそ活性化していきます。
「縁は巡る」なんて言いますし、「巡り合い」という言葉もある。
これは「縁というのは循環だよ」と言っているんです。
「縁」を「恩」として有り難く受け止め、具体的な行動でもって報いる。
この永遠の循環によって、縁のエネルギーは活性化していくんです。
私自身は今の仕事を10年ほど続けるなかで、広告は出さず、自然な形で新たなご縁をいただいてきました。
これは「縁の循環」を止めていないからです。
この音声配信、この文字起こしの文章にしても、いわば新しいご縁を循環させるために発信しているんです。
もちろん、軽薄なスピリチュアルや自己啓発の言う「一瞬で願いが叶う」とか「相手をすぐ虜にする」とか、そういった即効性は全くありません。
大切なご縁ほど、時間がかかるものです。
「自分には出逢いがない……」と、焦ってはいけません。
良きご縁が欲しいなら、いま与えられているご縁を受け止め直し、自分には相手に何が与えられるかを考えなければなりません。
まずはそれを意識するだけでも、縁=宇宙エネルギーが循環していきます。
その心構えの上で、神社仏閣で祈願することはアリです。
もちろん、いつかは具体的に行動しなければなりませんよ。
その中で、「出会わなければよかった」と思うご縁もあるでしょうが、それも必ず意味があります。
よく言われる通り「すべては学び」なんですが、しかしそれはそう強く意識しなければ学びには変えられません。
今回述べていることは、実はそれほど難しいことではないんですよ。
でも、ここにエゴや野心が絡んでくると、途端にわからなくなります(笑)
ほんとね、欲で目がくらむとアホになってしまうんですよ。
そういう人は、神社仏閣で祈願するだけ満足してしまうんでしょうね。
普通のスピリチュアルが言う「この神社が縁結びのスゴいパワースポットだ!」という上っ面の記事に影響されてね。
そういうのはどうでもいいので、普段からの心がけと実践こそ、大事にしていただけたらと思います。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
改めて、今回の文字起こしの要点
- 「縁」は宇宙エネルギーなので、エゴを横に置いて無条件に受け止めるのが、縁結びの根本的な心構え。
- 縁と恩に「ありがとう」と言うだけでなく、報恩・恩返しの具体的な行動を積み重ねることによって、良き出逢いは得られやすくなる。
- 宇宙エネルギーは循環するほど強くなるので、縁を感謝で受け取り、報恩で与えるというサイクルを意識することが、神社で縁結び祈願するよりはるかに大事。
なお、YouTube(Podcast)は今回の文字起こし編集でカットした部分もあります。
今回は、音源と文字起こしはだいぶ変わりました。
なのでこちらも聞いていただけると、より理解が深まります。
※この下に「音声プレーヤー」があります。倍速再生も可能ですし、YouTubeより通信量も少ないし、スマホを画面オフにしても聴けるので便利です。
