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目次
【姓名判断】赤ちゃんの名付けは “オーラで決める” のも一つ
赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる時から、すでに「個性的なオーラ」があります。
赤ちゃんの名付け(姓名判断)を依頼されることがあるんですけども、そのとき私はまだお腹にいる赤ちゃんのオーラを観ます。
とってもおとなしい子もいれば、まるで「虎の子」かと思うぐらい活発な子もいるわけですね。
私は名付けは、その子のオーラや性格に合ったものをつけるというのが、スタンダードだと思っています。
もちろん、おとなしい子に積極的な名前をつけてもいいんですが、それは最終的には親の直感ですね。
そもそも、生まれる子どもが「その性格」である理由って何なんでしょうね。
これは考えてもわかりませんね。
「命の不思議」としか言いようがない。
「授かりもの」とは、よく言ったものです。
そういった意味で、その子が天から与えられた使命なり天命なりを、スムーズに果たしていけるような名付けをするというのが、親の義務であり、そして祈りですね。
本当はあの世は “光” で、この世こそ “影” の世界
あの世(霊界)から観れば、この世こそ「死の世界」「影の世界」である。
一般的な感覚では、あの世とは「死の世界、影の世界、暗い世界、闇の世界」というふうに思われがちですけど、実は真逆なんですね。
般若心経が言うところの「顛倒妄想」つまり「人間はすべて逆として見ている」という、まさにそのことです。
『シルバーバーチの霊訓』のような霊界通信をいろいろ読んでいると、「この物質世界は "五感という檻" に閉じ込められた狭い狭い世界である」とわかります。
五感を超えた、いわゆる第六感、第七感を研ぎ澄ませることによって、霊界の片鱗を感じることができます。
これが「真のスピリチュアルの学び」です。
いずれ科学が証明する日が来ると思いますけども、少なくとも現代においては、それを信じられるかどうか。
信じて仰ぐ、つまり「信仰」が持てるかどうか。
それが問われているわけです。
霊界通信などの言葉を通じて、五感を超えた世界を「ただ感ずるしかない」ということですね。
気学の「方位・方角」を気にし過ぎる人が最も運気が悪い
気学がいう方位・方角に囚われて行動を制限してしまうのは、極めてナンセンスです。
現代の人工都市社会では、昔と違って交通手段の発達によって移動が多くなっているわけです。
そんな時代に、いちいち方位・方角なんて気にしていられますか?
例えば、大切な出かける用事があるのに、方位・方角が悪いからと思って、その予定をキャンセルしたり延期したりするというのは、現代では愚かなことです。
もしそこに人間関係が絡んでいるのであれば、信用を失ってしまって、余計に運気が悪くなるじゃないですか。
以前、気学の専門家に聞いたところですね、昔と違って地球自身も環境変化が激しくなって、気候変動も盛んになって、それによってですね、従来の方位・方角がそのまま適用できなくなった、というふうに言ってました。
すごいまともな専門家の方ですよ。
そういった意味からも、行かなきゃいけない方位・方角であれば行けと、細かいことは気にすんじゃねえ!ということですね。
【クリスマス】イエスの魂を尊敬し、少しでも近づきたい祈りを持つこと
「誰かを本当に尊敬する」とは、無心になって相手と一つになる気迫を持つことです。
例えば、あなたが敬虔深いクリスチャンなら、本当にイエス・キリストの中に自分の命を捨てようという祈りを持つ。
聖書に書いている通り「全てを捨てて私についてきなさい」ということを現代で実践しようと祈る。
そうやってイエスの精神・魂を生きようと、そういう決心をしていることが「本当に尊敬している」ということですね。
その尊敬を通じて自分の小さなエゴを乗り越えていく戦いの原動力は、尊敬の念によって与えられます。
口先だけで「誰それさんを尊敬していまーす」という軽さではないということですね。
もちろんこの意味における「ワンネスの実践」というのは難しいですよ。
「普通のスピリチュアル」のように、お気楽ではないということです。
でもそこに挑戦をしていくことで、ちっぽけな魂からより大きな魂にまで成長していける。
それこそが「ワンネスの実践」における、本当の喜びなんですね。
断念やあきらめは人生の智恵。新たな運命はそこから始まる。
断念すること、諦めることは、人生の大きな知恵です。
「こんな親のもとに生まれなきゃよかったのに」という思いをはじめ、宿命を嘆きたくなることは、探せばいくらでも出てくるわけです。
でも、どれだけ嘆いても、わめいても、変わらないのが宿命ですから、最後はそれを受け入れなきゃいけません。
ただ、普段からカウンセリングをやっていますと「どうしても受け入れられない」というケースもあるんですね。
親が毒親だったり、いわゆる「機能不全家族」だったりする。
それはとてもつらいことです。
けど、それもまた与えられた運命であると、強い深い葛藤の後に、ようやく断念できるかどうか。
諦めることができるかどうか。
それが問われているわけですね。
もしそれができれば、少なくとも「嘆きの状態」からは距離を置くことができるので、だいぶラクになるんですよ。
さらにそこから一歩進んで、その嫌な環境もまた「かけがえのない人生の物語」だから「そこから進むしかないんだ」と完全に受け入れることができれば、「運命の女神」が微笑んでくれます。
ハートの痛みが癒されると、自然に好循環が生まれる
ハートチャクラが満たされている人は、ただそこにいるだけで周りを明るくします。
ハートが本当に満たされている人というのは、コップから自然に水が溢れてくるように、健全な好奇心、健全な成長欲を常に持っているので、ますます成長していけるんですね。
そこには承認欲求、認められたいという欲を穴埋めしようとする意識はないので、無理しないで頑張ることもできるわけです。
そして自然に周りに感謝ができる、素晴らしい循環がそこに生まれるわけですね。
こう聞くと、何も難しいことは本当はないんですよ。
ただ、ハートが傷ついている人は、こう言うと悪いんですが、自分で勝手にこじらせて、勝手に難しくしているようにも見えるわけです。
じゃあどうしたらそんないい感じになれるのか。
まず、痛みから逃げないこと。
勇気を持ってその痛みを見つめ、抱きしめること。
その痛みこそ、人生を形作っていくんだと。
そして、痛みを抱えているのはあなただけではないんだと。
そうやって自分が世界一不幸であるかのような、そんな不毛の振る舞いをやめることから始めることですね。
知識やテクニックだけでカウンセリング・占いはできない
占いの類で、アドバイス通りに動かない相談者にブチ切れる占い師はアホです。
鑑定通りにしないと怒る専門家がいるんですよ。
いやね、最後に決めるのはお客様なんだから「別にそんなんええやん」って私は思うんですけど、そうじゃない人も結構いますね。
まあその多くは、相手をコントロールして思い通りに動かしたい欲求が強い人なんですけども。
得てしてそういう人は劣等感が強いことが、オーラを見ててもわかるんですよ。
占いとか、他にも心理学のスキルというのは、あくまで知識やテクニックのレベルなんですね。
本当に大事なのは、その自分の心の弱さをちゃんと見つめ、そしてそれを高い次元で克服、解消していくことなんですけども、そういったことは占いとか心理学のスクールでは教えてくれないんですね。
心理学の専門家であっても人の心理がわからない人もいるし(汗)人間として未熟な人も決して少なくない。
これは本当に笑えないことなんですね。
そういうのも私はオーラで観てしまうんで、その度に残念な気持ちになりました。
まあ、他人様の人生や心の世界に触れるんだったら、まずは自分の人生から立ち上げるのが当たり前なんですけども、これが一番めんどくさいんでやりたがらない。
自分より他人を観た方が気持ちいい――これが実情です。
オーラが輝く人は、まだ道半ばでも高い理想を持ち続けている
たとえまだ道半ばであっても、高い理想を持っている人はオーラが輝いています。
どうせ叶わない夢だから、最初から理想なんか持たない方がマシだと考えている人は、オーラが曇っていきます。
もちろん、歳を取ってから「プロアスリートになりたい」という夢は無理ですよ。
けれども、人は年齢や立場を問わず、大きな理想を描いていくことが、人間と動物を分ける根本的な部分です。
その証拠として、理想を失った人間は行動が動物的になっていきますね。
例えば、目先のことに一喜一憂する。
これは感情的になるということです。
そして、食べて寝ることだけで人生が回っていく。
芸能人のスキャンダルがあれば、ネットで匿名でバッシングをしていく。
これも感情ですね。
その裏にあるのは、妬みや劣等感です。
感情が動物的になっていく。
高い理想を持っている人間は、パンのこと、食べることだけを考えません。
聖書でイエスがおっしゃった「人はパンのみに生くるにあらず、神の言葉を食べて生きる」。
理想とは「神の言葉」なんですね。
言い換えれば、「光の波動」です。
独自の運命を歩むには〈天の声〉に耳を傾けること
エゴや脳でなく〈天の声〉に従うと、自分だけの運命を歩めるようになります。
前回のマジスピラジオ、要点は三つあります。
一つ目。
〈天の声〉、天命はすでにあなたのもとに届いています。
それを聞き届けるには、与えられた人生に対する責任を自覚する必要があります。
二つ目。
星の軌道と同じように、私たちの運命にも軌道があります。
その軌道を認識せず、欲望のまま「なりたい自分」を目指してしまうと、たとえ成功しても、オーラは重たくなります。
三つ目。
〈天の声〉は簡単には聞こえません。
けれども、何が私なのか、何が自分の運命であり、軌道なのかを自問自答し続け、目の前のことに正面から取り組んでいきます。
その先に、〈天の声〉が聞こえる瞬間があるだろう、ということですね。
高邁な教えをエゴの道具にする人たち‐知識より行動
何を知っているかより、何を実行しているかが大事です。
たびたびシルバーバーチの霊訓(スピリチュアリズム)が素晴らしいと言っているわけですけど、以前びっくりしたことがあります。
同じようにシルバーバーチ(スピリチュアリズム)が素晴らしいと言っている個人やグループの中に、エゴイスティックで排他的で攻撃的な個人や組織もあるという事実です。
おそらくこういったことがわかる自分はエラいとか、わからんヤツはバカだとか、否定してくるやつは許さないとか「エゴの道具」として利用しているわけです。
ですから私も含め、こういったことを知っているだけで素晴らしいと思わないでください。
その言動が本当に愛に適っているか、摂理に適っているか、それをよーく吟味する必要があります。
そして、人のふり見て、我がふり直せ、ということですね。
2026・令和八年の全体の運勢と波に乗るヒント〈鮮烈なる丙午〉
2026年、令和8年、全員の全体の運勢としては、無理をしすぎないで、地道に積み重ねていくことが大事です。
他のスピ系の人がたくさんおっしゃっていると思いますけれども、今年は丙午(ひのえうま)という激しい一年になります。
全体が激しいので、個人レベルでも黙っていても激しくなる可能性があるわけです。
ですから今年は、新しいことをし過ぎたり積極的に攻めるということは、控えた方がいいかもしれません。
黙っていても変化が起こりやすいということは、普段は地道に積み上げる、静かに準備をすることが大事です。
私個人は別に売り込みはしていないけども、ある大きな団体から講座の依頼が来たり、ちょっと大きい仕事が来たりしています。
もちろんどう歩んでいくかは個人の自由ですけども、全体としては激しいので、個人としては控え目なぐらいでもいいかもしれない。
ということをご参考に「一年の計は元旦にあり」、ぜひ考えてみてください。
占い依存は運気を下げる。鑑定はあくまで参考程度。
何でもかんでも占いに頼っていると、何も決断できない哀れな人間になってしまいますよ。
以前、これから新しく飲食ビジネスを始める経営者の方から、土地物件の鑑定のご相談がありました。
いろいろ話を聞いてみると、どうやら自信がなくて、いろんな占い師に鑑定の依頼をしているとのこと。
それを聞いた私は「もう今回で終わりにしてください」と言いました。
人生の決断を自分でできない人間が、経営なんてできるわけがない。
これは経営のみならず、人生全般もそうですね。
決断してその責任を負えない人が何をやってもうまくいくわけがないというのは、「占い以前の話」ですね。
占いやアドバイスやカウンセリングなどは、あくまで「考える参考」にするもの。
たとえ運気の悪い土地物件だったとしても、自分の努力と意志で何とか乗り越えられるものです。
その根本があっての占いやアドバイスということを、絶対に忘れてはいけません。
まあこういうことを言うと私の仕事が減る可能性があるんですけど、「そんなもん知るか!」と、ちゃんと筋は通したいですね。
偉大な功績を残す人は「目に見えない世界」を強く信じている
神仏は目に見えないし、科学で証明されていないものです。
けれども歴史上の偉人は、例外なく強い信仰心や信念を持っています。
神仏や守護霊や守護神、指導霊といった存在が本当に存在するのかどうかは、科学的にはわかりません。
しかし結果として、そういった存在を信じて仰ぎ見る力が強い人ほど、偉大なことを成し遂げているのが歴史です。
それは有名無名を問いません。
この事実を、私たちは深く考えなければなりません。
ワンネス(一つになる)というのは、神と人との間に隔たりがなくなり、一体になるということ。
それが信仰であり、信念です。
こう考えると、お気楽なスピリチュアルでよく言われる「ワンネス」という言葉は、実はとんでもなく深い世界であることがわかります。
もちろん簡単なことではありませんよ。
けれども、もしあなたが歴史上の偉人に対して尊敬の念を抱いているのであれば、そしてそれに倣いたいという思いがあるなら、その偉大な歩みを生み出した根源を見つめることがとても大事です。
親と縁を切るのが「親孝行」になることもある
親を大事にしないことも、親孝行になる場合があります。
この前出したショート動画で「親を憎む限り運命は開かない」と言いましたが、この親子問題というのは本当に難しいんですね。
例えば、どうしようもない毒親だったり、子供をコントロールする親・・・子どもが40歳、50歳になっても、まだコントロールする親もいるくらいです。
もちろん、こんな親の言いなりになる必要はない。
言いなりになることで逆にお互いダメになるぐらいなら、あえて縁を切るのも一つですし、いや、そうしなければならないわけです。
私も、借金を抱えて、しかも働かない父から「カネ貸してくれへんか?」と頼まれたときは、即・断りました。
お金を貸すのは、親孝行ではないですね。
場合によっては縁を切る、これも親孝行かもしれない。
けど、縁を切っても「血のつながり」までは切れない。
それが親子関係というものです。
そういった意味で、激しい葛藤があっても最後の最後は、その運命を受け入れるということが大事です。
※この下に「音声プレーヤー」があります。倍速再生も可能ですし、YouTubeより通信量も少ないし、スマホを画面オフにしても聴けるので便利です。






