6月10日「自分らしさを取り戻し、真の幸せを生きる」自分創造ワークショップのご案内

天命は「嫌なこと」の中に隠れている?魂のミッションを自覚する逆転の発想。

お名前だけで人やモノのオーラ(波動)がわかる、波動カウンセラーの林 昭裕です(「詳しい自己紹介はこちら」)。

【マジスピ】(真のスピリチュアル・脱お花畑スピリチュアル)をテーマに情報発信しています。

今回は

「天命を見つけようと思っても、なかなか見つからない理由」

「でも、実は誰もがすでに天命を生きていること」

「天命に気づくにはどうすればいいか」

などについて考えていきます。

今回の内容もわかりやすいテクニックを述べているわけではありません。

これから詳しく述べていきますが、多くの人にとって、天命とは「人生体験」と「自己省察」の上で気づく(築く)もの。

その意味で、本文が自己省察の助けになれば幸いです。

あなたはすでに「天命」を生きていることに気づいていますか?

前回のブログからの続きです。

前回は「天命」というものを考える上で、「宇宙創生の物語」に思いを馳せよう、というちょっとぶっ飛んだ提案をいたしました。

最近のブログは作っている私でもけっこう難しいなぁと思っているので、まず前回の復習をしてから新しい考えを上乗せしていきましょう。

天命というものが何か「具体的な職業」「具体的な役割」じゃないかと思っている人にとって、この提案は的外れなものに感じるかもしれません。

確かに「的外れ」ではあるのですが、それは【同じ次元ではない】からです。

天命を何か具体的な職業や役割として探す限り、この世的な「キャリアアップ論」とさほど変わらなくなってしまう。

もっとわかりやすく言えば、天命を生きるというのは「それでメシが食えるかどうか」は本質的なことではありません。

この世的なキャリアアップの次元ではなく、「天」というあの世的なまなざしから自分という「個のいのち」を見つめる観点、これこそ天命の立脚点なんです。

その観点が「天の命」からもたらされるものである限り、天命とは天を相手とするもの。

天を相手とするには、そもそも天とは何であるか、根源から考えねばならない。

先日、「無料メルマガ」の読者さんからのご感想で、キリスト教系の学校に通う娘さんがおられるお母さんから

「(娘は)自分や全てのものは神様が作ったと言っています」

というお声をいただきました。

そんな素朴な宗教観があれば「天(神)を相手とする」のは難しくないでしょうが、いわゆる「無宗教」の方々にとっては、前回述べた「科学による宇宙創生のプロセス」の方がまだ受け入れやすいかと思い、「的外れ」な文章を連ねたわけです。

スピリチュアルなんか眉唾ものだと思っている人でも、もし知性が摩耗していないのであれば、「無」から「有」が生まれたという "科学的な事実" は、不思議への問いを引き起こすものでしょう。

人間が「小宇宙」と言うなら、たとえ物質レベルであったとしても「宇宙の歴史」に思いを馳せるというのは、「自分が自分を想い出す」という、まさに宇宙的な営みではないでしょうか。

宇宙は決して、遠い彼方にあるものではない。

その足元にこそ、すでにして宇宙は開いている。

そうであれば、「天命を生きる」とは、実は「すでに天命を生きてしまっている」という事実に気づくところから始まるのではないでしょうか。

「わたしは自分の天命が何なのかわかりません」ですって?

いやいや、すでにあなたは「天命を生きている」じゃありませんか。

そりゃ具体的な職業や役割だけを「天命」と考えてりゃ迷うだろうし「自分には関係ないや」とも思うだろうけど、それってあくまで「天命の一部」に過ぎないのだ。

文豪ゲーテの名言に「人間は努力する限り迷うものだ」って言葉がありますけど、求めようとする努力の中に、すでに「天の命」が働いているんです。

このことに対して、無条件で驚嘆し、そして感謝できるかどうか。

大宇宙を創造した不可思議なる力が、この自分という「超極小のいのち」をも創造しようと働いている。

このことに対して、無条件に驚嘆し、そして感謝できるかどうか

大事やから2回言うたで。

もしそれができるとき、その深みにおいて、天命はより輝きを強くするでしょうね。

スピリチュアルと宗教とは近い関係にありますけど、この「無条件の感謝」というのは、「宇宙に対する信仰」と言ってもいいでしょう。

「信仰」という言葉が宗教臭くて抵抗があるなら、「尊崇」でも「崇敬」でもいいですよ(言わんとしていることは同じですけど)。

いずれにしても、「天の命」への信仰が深まるほど、私たちの中に宿る「天の命」が共鳴して輝き出すのは、論理的に考えても「そりゃそうだろうな」って感じませんかねぇ。

・・・前回の補足が長くなったけど、ここまで読んでいただいて「あぁ、天命って必ずしも具体的な職業や役割だけじゃないんだ。それをもっと超えた世界があるんだ」ってなんとなくでも感じていただけたなら、それこそ「林 昭裕の天命」が一つ果たされたことになります。

私は今でこそこんな変わった仕事をしているけど、高校一年生のときから「生きる意味」についてずっと考えていました。

それがたまたま妙な巡り合わせで、別に「引き寄せ」など1ミリも意識してないのに現在の仕事や役割になっただけで、たとえまだサラリーマンであっても、相変わらず「働く意味」とか「人生の意味」とか考え続けているでしょうよ。

だから天命というのはまず「あなた固有の魂のあり方(構えや方向性)」であること、感じてみてくださいな。

天命は自分の意思だけで決めるものではない

丁寧に復習したので、今回のテーマはかなりわかりやすくなると思います。

孔子の言葉に「五十にして天命を知る」というのがありますが、このポイントは「知る」ということですね。

この "知る" とは「深く知る」というニュアンス、もっと言えば「悟る」ということでしょう。

孔子の時代でいう「五十」はすでにかなりの老境であることを踏まえれば、この「知る」対象は深い叡智と言っていい。

何が言いたいかというと、天命とは「自分で決めるもの」ではないんです。

「前回のブログ」で説明した通り、生まれながら何らかの宿命を背負い、ある因縁(運命)の波に飲み込まれ、それでも生きていくうちに「どうやら自分はこういう歩みをする以外に道はなさそうだ」という、ある種の諦観(あきらめること=あきらかにすること)こそ、天命と呼ばれるものの中心なんです。

ですから、「この仕事が自分の天命だ!」「こう生きるのが自分の天命だ!」と、もしそれが "自分の意思のみ" で判断しているのなら、まだ純然たる天命ではないかもしれない。

(一部のアスリートやアーティストのように、中には意思と天命が最初から一致している場合もありますが、それは例外です)

もちろん「オレはこういう生き方がしたいんだ!」「ワタシはこんな夢を叶えたいんだ!」と自分の意思で決めて進むことを否定しているのではない。

むしろ無気力と軽うつと、それに付随するあきらめが蔓延する現代社会においては、実にたくましい生き方です。

ただ、もしそれがエゴに根ざした「野心」だとすれば、エネルギッシュではあるかもしれないけど、天命とは似て非なるものなんですね。

天命とは、自分の意思で進んだ道の途上において、自分の意思を超えた何らかの挫折や困難や敗北によって、コース変更を余儀なくされた先に開けてくるものである場合が少なくありません。


(星野富弘さん『コスモス』より)

かつてよく読んでいた「詩画作家の星野富弘さん」は、中学校の体育の先生だったのですが、部活動の指導中に不慮の事故で頸椎を損傷され、首から下が動かなくなりました。

そのときは絶望の淵に立たされたわけですが、あるとき口にペンをくわえ、文字を書いた。

そのときから、彼の詩画作家としての天命が発揮されてゆくことになるわけです。

ここでは「不慮の事故」が、星野さんご本人の意思を超えている。

そのときはどん底だったでしょうが、ご本人もおっしゃっている通り、

「傷あとはのこりますが、そこには、まえよりつよいものがもりあがって、おおってくれます。からだには傷をうけ、たしかに不自由ですが、心はいつまでも不自由ではないのです。不自由と不幸は、むすびつきやすい性質をもっていますが、まったく、べつのものだったのです」

「天命の力」は、ときに無慈悲にも、人を不幸や困難に突き落とす。

私はこれを「聖なる炎」と呼んでいますが、実はその炎の中で「エゴ(野心)」もまた焼かれて灰になる。

「天の命」がその人間を "天の道具" として使わんとするとき、彼または彼女のエゴ(野心)は邪魔になる。

そのため「天命の力」が強く発動されるとき、一時的になかなか大変なことになるわけですが、それでもって魂は磨かれることになるわけです。

大愛は、無情に似たり。

ならば、天命を決めるのは、それが「天の命令」である限り、人間の側ではない。

人間ができるのはただ、「天の命令」を受け入れる決心ができるだけなんです。

言い換えれば、

「自分は本当は、天から愛されていたのだ」ということに気づけるかどうかだけなんです。

宗教的に言えば、

「人間は最初から、赦されていて、救われている」

ということになるんでしょう。

これは10代や20代じゃなかなかわからんでしょうな。

私もサラリーマン時代は会社組織がイヤ過ぎて精神的に死にそうだったので、そのときは「しんどいけどこれも天命なんやろな」とは、なかなか思えなかったです・・・

それでも最低限「ここですぐ逃げてもムダや」とは思っていたので、何とか耐えましたけど・・・

やっぱり天命に気づくに至るにはそれなりの人生体験と自己省察が必要であって、孔子先生が「五十にして天命を知る」とおっしゃったのは一理も二理もあると思いますね。

スピ系の「天命発見セミナー」があまり役に立たない理由

以上を踏まえれば、スピリチュアルや心理学のセミナーでよくある「天命発見セミナー」的なものは限界があることがわかってきます。

もちろんそういうものに参加することで得られるものはあるのですが、「やりたいこと探し」がそのメインコンテンツになっているとしたら、まだ「自分の意思による判断」を超えることはできず、よって「天命発見」は難しいでしょう。

その種のセミナーでは「過去に好きだったこと・興味があったこと」をリストアップして、そこから自分の天命を探っていくワークが必ずついています。

それで何かが見つかるなら、「迷いのレベル」としてはかなり軽い方でしょうね。

ただ、決して少なくない方々は「特に好きなことはないです・・・趣味はあるにはあるけど別に大したものじゃないし、それで生計を経てられるわけでもないし・・・」という感じで、サッパリわからないケースもある。

特にこれから大学受験や新卒の就職活動を控えた若い人たちにとって、「過去を振り返って天命を発見する」という作業は相当ハードルが高い。

それがすぐわかるぐらい、まだそんなに生きてへんっちゅうねん!

でも大人どもは「自分の好きなことをやりなさい」なんて訳知り顔で言いやがる。

そういう方に向けて何か言うとすれば、

天命が「天の命」であるなら、むしろ「やりたくないこと」「まだやっていないこと」の中に天命が秘されている場合もある。

ということですね。

なので、できるなら「自分は天命の力にきっと導かれているんだ」と想い、天が導くであろう人生の展開に、フットワーク軽くゆだねていく心構えが大事になってきます。

とはいえその中で、最初は「こんなものやってられるか!」「なんで自分だけこんな目に遭うんだ!」と反発や悲嘆を覚えることもあるかもしれない。

それでも仕方なく取り組まざるを得なかったことが、後で振り返って「人生の糧」になっていることもあるでしょう。

あるいは、いま気に沿わない境遇に置かれていて、何とかこの状況を脱したいと思っていろいろ試みたものの、また同じような境遇に引き戻されてしまうことで、「どうやらこれと向き合わないといけないらしい・・・」と感じることもあるかもしれない。

もちろんケースバイケースで観なければいけませんけど、先ほども述べた通り、「天の命」というのは紆余曲折的なカタチで表現されることがあります。

それもこれも、やっぱりある程度の人生体験と自己省察が必要ってことよ。

それが孔子さんじゃなくて孟子さんが言うところの

「天が人に大いなる任を降そうとする時、必ずまず、その心志を苦しめ、その筋骨を疲れさせ、その体を飢えさせ、その身を窮乏させ、行う事為す事に幾多の障害を与える」

ということなんでしょうね。

たとえそれが「大いなる任」じゃなかったとしても、人それぞれ、与えられた因縁に伴う「任」はあるんですよ。

そのためにも、「自分に流れる天命の力」というものをどこまで信ずることができるか、ということが天命に気づく礎となるわけです。

てなわけで、もしいま孟子さんがご存命なら、

「最初から”好きなことだけで生きていく”なんてヌルいこと言ってんじゃねーよバカヤロー」

とでもおっしゃるかもね(笑)

「好きなことだけで生きていく」という生き方は、ともすれば天命の力があなたに課してくるであろう困難から目を背けさせ、エゴをより助長させる危険性を伴っているんです。

有名ユーチューバーの中に波動(オーラ)がどえらく重たい人がいるのも、もしかしたらそういうことかもしれない。

・・・ま、世の中に受け入れられている価値観とは全く違うでしょうけど、こういう考え方もあるんだよ、ということは知っていただきたいですね。

なので繰り返しになりますけど、「天命」というのは職業や役割ではなく、まず「天」を普段からいかに感ずるか、ということがスタートであり、そしてゴールとなるわけです。

ちょっと極端ですが、たとえ「嫌なことだけで生きていく」としても、そこに天命を確かに感ずることができているのなら、それは立派に天命を生きているんですよ。

 

あなた様の天命がまっとうされますように

 

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