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「引き寄せの法則」を実践しても、なかなか成果が出ない根本的な理由。

白黒の鳥居

引き寄せの法則で問われる「エゴ」の問題

こんにちは。

波動カウンセラーの林 昭裕です。

前回のブログでは、今さら「引き寄せの法則」を取り上げました。

そこでは問いかけた主なことは、

・「本当は必要のないもの」を引き寄せようと思っていないですか?

・せっかく引き寄せが実現しても、その後に何らかの災難に見舞われる人がいるので、果たして本当に引き寄せの法則は人を幸せにするのでしょうか?

という2つのことでした。

私は基本的にいま世にあふれている引き寄せの法則については、少し疑いの目を持っている立場です。

あ、誤解なきよう、別に引き寄せの法則が間違いだと言っているわけではないですからね。

ただ、法則を使う「私たちのあり方」は問い直す必要はあるのかなと考えています。

「私たちのあり方」というのは、引き寄せの法則に限らず、いわゆる「願望実現の方法」全般に関して注視していることがあるんです。

それは、「エゴ」の問題です。

引き寄せの法則は「エゴを超える道」を示しているか?

少し前に、引き寄せの法則はスピリチュアル業界の中でとても盛り上がりました(私はその外にいましたが)。

引き寄せの法則は、古くからある自己啓発や成功哲学などとは、少し異なるポジショニングでした。

というのも、引き寄せの法則は、経済的な成功を目指す “だけ” ものではありません。

もちろん従来の自己啓発や成功哲学における「成功のカタチ」も、経済的成功だけではない。

ただし、「わかりやすい指標」や「誰でも判断できる基準」が経済的成功であるため、自己啓発や成功哲学の語る「目標」には経済的尺度がつきものです。

一方、引き寄せの法則はスピリチュアルな文脈で語られているので、経済的豊かさの引き寄せも含んではいるけれど、根本的には「エゴを超えていく道」のはずです。

本来は霊(スピリット)である私たちが、この物質世界で生きるためには必要なエゴに惑わされず、逆にエゴをコントロールして生きていくこと。

それが「エゴを超えていく道」であり、これを成就することがスピリチュアルを学ぶ根本的目的ですね。

もちろん肉体を持っている限り、エゴを完全に捨てることはできませんよ。

しかし肉体を持ちながらもエゴを超えていく、エゴを手放していくということが、本来のスピリチュアルな教えの本質であるはずです。

以上を踏まえて引き寄せの法則を振り返ってみたとき、果たしてそれは「エゴを超える道」をどれほど提示できているでしょうか?

引き寄せの法則は「エゴの不足感や欠乏感」に言及してはいるが、私たちが深くまで理解できていない

私は、引き寄せの法則そのものは、「エゴを超える道」を十分に提示できているように感じます(繰り返しますが、引き寄せの法則を否定しているのではないですよ)。

引き寄せの法則の根幹となるものの一つに、

「自分の心の中に不足感や欠乏感を持っていると、それにふさわしい現象を引き寄せてしまう」

という意味の教えがあります。

まともな「引き寄せ本」なら、このことには必ず触れているはず。

だからこそ、前回のブログでも述べた通り、「引き寄せたい願望があるなら、ワクワクした気持ち、うれしい、たのしい、しあわせな感情をより多く抱けるよう意識しよう」という教えがあるわけですね。

ワクワクした気持ち、うれしい、たのしい、しあわせな感情は、もしそれが本当の感情であるなら、不足感や欠乏感の逆となるものだからです(わざわざ下線を引いたのは、その感情がウソのもの、不十分なものである可能性もあるからです)。

いま述べた「不足感」や「欠乏感」というのは、まさに「エゴの得意分野」ですね。

私たちの主な葛藤の一つは、「求めても得られない飢餓感」や「もっと!もっと!欲しい!よこせ!足りない!という渇望感」であるのは、もちろんあなたもご存知ですよね。

余談ですが、私も最近、せっかく購入した服がすぐ飽きて、「あぁ、これじゃなくて、あのデザインのやつを買っておけば良かったなぁ・・・」と少し後悔しているところです。

この「過去を悔やむ思い」も、エゴの不足感のなせるものです(修行が足りない)。

こうやってエゴがうっかり中心になってしまうと不足感や欠乏感がどんどん出てきて、「愛や豊かさを引き寄せる満たされた境地」からだんだん遠ざかってしまうので、引き寄せの法則では「すでに満たされていること」から始める必要がある、と説いているわけです。

・・・これだけ眺めれば、すごく真っ当な教えだと思いませんか?

だって、これは「エゴを超える道」の一つを提示しているからです(これ以外にもありますけどね)。

でも、それでいながら、私が(現在の)引き寄せの法則について少し疑いを持っているのは、「引き寄せの法則に対する私たちの理解がまだまだ不十分だから」だと考えているからです。

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実は「引き寄せの法則」そのものの波動は高くない

私が「波動カウンセラー」と名乗っているのは、「波動(≒オーラやエネルギー)」というものをきっかけにして、いろんなご相談に乗っているからです。

この「波動を観たり感じたりする対象」は、「人間」や「モノ」だけではないんです。

実は、「言葉そのものの波動」を観ることもできます。

前回のブログで

「ご相談者さんが将来の夢や希望を語る、その【物語そのものが持つ波動(≒エネルギー)】を観る」

という話をいたしました。

その「物語の波動」が輝いたバイブレーションを放っているなら、その物語はこの世を明るく照らす可能性を多く秘めており、したがって実現する見込みも高いことになるわけです。

この「物語」は、当然ですが「言葉」で紡がれていますよね。

スピリチュアルチックに言えば「言霊(ことだま)」です。

この「言霊そのもの」の波動を観ることによって、私は「その言葉が、地球上でどんな意識レベルで使われているか」を観ることもできます。

では、ここであなたにお聞きしましょう。

「さあみんなで考えよーう!」(もはや中年以降じゃないとわからないネタかな?)

 

 

 

考えるな、感じろ!(Don’t Think. Feel!)

 

 

 

まぁ・・・なんとなく感じられますよね。

 

 

 

はい、正解はこちら!

 

 

 

引き寄せの法則」という言葉(言霊)の波動レベルは、正直に言って「そこそこ低い」のですよ。

 

残念ですけど、それほど言葉の波動(バイブレーション/周波数)が良いとは言えないんです。

実は引き寄せの法則がブームになっていたときから、この波動レベルの低さを感じてしまっていたため、スピリチュアル業界に属していながら、個人的にはあまり興味を持てなかったんです。

ただ、何度も言って恐縮ですが、これは「引き寄せの法則そのもの」がダメなわけじゃないんですよ。

そうではなくて、

「引き寄せの法則に対する私たちの理解の度合いがまだまだ不十分なんだ」

ということなんです。

そりゃあ「引き寄せの法則をすごーく実践したけど、なかなか引き寄せられねえ・・・」って嘆く人が少なくないのは、無理もないことだと思うんですね。

・・・まぁエラそうに言っていますけど、この私だってどれだけ理解できているかはわかりませんし、その真髄を知っているわけでもありません。

だから、こうやってブログを書きながら考えているし、あさってのセミナー「誤解多き引き寄せの法則を問い直す」ではもちろん原稿は事前に作るけど、実際は話しながら考えていくと思います(参加者のみなさんと対話もしたいですね)。

「引き寄せのスタートとゴール」は、エゴを深く見つめること

セミナーの準備でいくつかの「引き寄せ本」を読んでいると、結構いいことを言ってるなぁ、と感じる箇所はいくつもあるんです。

例えば

「『引き寄せたい願望』を手放して、別に引き寄せようが引き寄せなかろうがどっちでもいいや、ぐらいの気持ちになったとき、本当に引き寄せられる」

ってね。

めっちゃいいこと言いますやん。

ここでは「エゴを手放す」というスピリチュアの核心に触れているはずなんです。

けれども、私たちは本当に本当に本当に、それを理解できているんでしょうか?

いま一度、どれほどの深みで理解できているのか、問い直す必要があると思います。

そうでないと、地球の中の「引き寄せの法則(Law of attraction)」という言葉の波動レベルは高まっていかないでしょう。

ただね、「エゴちゃん」はすんごい賢いから、たぶん上の話だとこのように「工作活動」してくるでしょう。

「エゴを手放したらホンマに引き寄せたいものを引き寄せられるんやって? じゃあ手放して降参したフリをしてコイツ(人間)を満足させたれ! ワシ(=エゴ)はそう簡単に手放されへんで!」ってね。

もっと簡単に言うと、

「エゴを手放すフリをして、本当は手放せていない」

わけですな。

このエゴの巧みさ、ズル賢さについての深い理解が不十分だから、なかなか「引き寄せたい願望」は成就しないんでしょう。


そういや、ここまで書いて思い出しました。

だいぶ前、あるご相談者さんから

「引き寄せの法則を実践しているんですけど、なかなか好きな彼氏を引き寄せられません」

というお話がありましたね。

その方の波動(≒オーラ)を拝見していると、

「欠乏感ありまくりやん!」という様子でした。

でも、ご本人はちゃんと実践しているつもり・・・。

いま世の中に多く流れている「引き寄せの法則」は、エゴの手放しについては、それなりに説明しています。

けれども、それを私たちがどこまで受け取れるかに関しては、それこそ「エゴをどれぐらい見つめられるか」にかかっているんでしょう。

でもね、その見つめてゆく営みは、ワクワクしないんよね(汗)

うれしくも楽しくもないプロセス。

でも、すんごい大事。

そこが難しいんですけどね。