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目次
「理想」の反対は「現実」というのは、学校が教えたウソだ。
今回の要点
- 「理想」の反対は「現実」ではなく【理想=現実】であることに気づくと、大きな理想を持って人生を歩めるようになります。
- 理想は「遠い未来」に実現するのではなく、「いま・ここ」において実現します。人生はその積み重ねに他なりません。
- この物質世界だけがすべてだと思い込み、理想を失った人は確実に老け込んでいきます。理想は実現の有無に関わらず、心に抱き続けることが最も大切なのです。
今回のタイトルは
「現実を本当に変えるには、理想の真の力を思い知ること」
これは簡単に理解できないかもしれませんが、本当にわかったら人生が本当に変わるインパクトがあります。
かといって、よく言われるような「あなたの夢は必ず実現する!」という話ではないので悪しからず。
では、最初からわかりにくいことを言ってしまいますが、
「現実とは理想であり、理想とは現実である」
ということ。
・・・「ちょっと何言ってるかわからない」と思うのが普通です。
でも、ここがわかるかどうがが本当に大事です。
この考え方には元ネタがあります。
ヘーゲルという有名なドイツ哲学者がいます。
私もヘーゲルは難解で歯が立ちませんでしたが、断片的に覚えている言葉があります。
それは「理想的なものは現実的であり、現実的なものは理想的である」という言葉です。
すぐには理解できませんでしたが、自分なりに研究を続けていく中で、ちょっとずつわかるようになってきました。
最初に端的に解説すると、
「現実を作っているのは理想であり、理想は現実の下地となるものである。だから良い人生を築こうと思うなら、良い理想を持たなければならない」
なんだか当たり前のように聞こえるかもしれませんが、もしこれが "驚き" をもって受け止められるようになると、「理想の持つ不思議な力」が本当にわかってきた証です。
残念ながら、多くの人は「そんなの当たり前じゃん」と思ってスルーしてしまうんじゃないでしょうか。
で、「当たり前とじゃん」思っている割に、大きな理想を持たないだろ?
「人並みでいい」って、どこかで思ってないかい?
・・・それ、本当にわかってないからな。
あなたがその一人でないことを願います。
小学生の国語では、「【理想】の反対は【現実】である」と教えられました。
反対語を答える問題、テストで出ましたよね。
学校教育では「【理想】の反対は【現実】です」と答えたらマルがもらえました。
【理想=現実】と回答したらバツです。
ところが、大人になって振り返ってみると、この学校教育の答えは間違いだとわかります。
【理想】の反対は【現実】ではありません。
【理想】こそ【現実】なんです。
✕ 理想⇔現実
◯ 理想=現実
高い理想がなければ、現実は空疎なものになり、その日暮らしのものになってしまう。
これはわかりますね。
高い理想であるほど、この世ですべてを実現することはできません。
ただし、生きている間に成功したい、出世したいという意欲は、高い理想ではありません。
前回、それは「欲望」だとお伝えしました。
真の理想とは、前回紹介したキング牧師のように「肉体を超えた価値のある何ものか」です。
このマジスピラジオではよく「祈り」の話をしますが、今回の理想を祈りに関係させて定義すると、
「理想とは、地上世界における祈りの具体的展望である」
と言えると思います。
たとえその理想が今生の人生においてすべて実現できなかったとしても、その理想を思い描き続け、その実践に向けて一歩一歩着実に歩むことで、あなたの人生は確実に変わります。
すでに述べた通り、理想は現実であり、現実は理想だからです。
多くの人の人生が平々凡々たるものになるのは、高くて大きな理想を描かないからです。
「自分のような取るに足りない人間に、大きな夢や理想を描く資格なんてない」とどこかで思っているからです。
いわばそういった「自主規制」によって、高くて大きな理想を描かないようにしているわけですが、ここには実はスピリチュアル的に大きな問題があります。
この小さな肉体を「自分」だと思い込むと、生まれつきエネルギーが強い人は別にして、大きな理想を描けなくなってしまう。
理想とは肉体を超えた大きなエネルギーであり、人生はもちろん世界を裏から動かすバイブレーションなのですが、「真のスピリチュアル」に対する理解が浅いと気づけない。
本当に学びが深まっていくと、「理想は現実であり、現実は理想である」ことに気づいて、理解が浅かった過去の自分が恥ずかしくなってしまいます。
でも悔やんでも仕方がないので、気づいた瞬間から「たとえすべてが実現しなくとも、高くて大きな理想を描こう!」と決意することです。
その瞬間から、人生は変わります。
(念のために繰り返しておきますが、「理想を持てば社会的・経済的に成功するよ」という話ではありません。それはあくまで理想の実現の一部に過ぎません)
理想の現実化は遠い未来ではなく「いま・ここ」だと知ろう
理想は、必ず現実に力を及ぼします。
そして、当たり前のことですが、理想を抱いた上で具体的な一歩を積み重ねることで、現実は大きく変わっていきます。
この物質世界では理想や理念をカタチとして示していかなければ、力を持つことはありません。
職業柄、人のオーラを観る仕事をしているので、ときどき「どうしたらオーラを輝かせることができるんですか?」と聞かれます。
それが「理想を持つこと」に他なりません。
もちろん、自分だけの成功ではなく、本当に世のため国のため人のためになり、人に喜ばれるような内容であることは言うまでもないですからね。
注意点としては、「思い通りに引き寄せられる」「願った通りの人生になる」という言い方は間違いだということです。
スピ系ではそれを「宇宙の法則」や「人生に奇跡を起こす魔法」などのファンタジーに仕立てたがります。
冷静に考えれば、一人の社会的成功者が生まれる背景には、無数の失敗者がいるというのに。
そして、運良く成功できた人も、本当はそれまで多くの失敗をしているというのに(表には出ませんが)。
「思い通りに引き寄せられる」「願った通りの人生になる」という言い方は、自己啓発ビジネスの甘い誘い文句だと思って間違いありません。
例えば「週3日、4時間しか働かない理想的なライフスタイル」をウリにしている某セミナー講師は、実際はもっと働いています(汗)
本当に週3日・1日4時間だったとしても、実際は部下に任せたり外注したりしているわけで、体は働いていなくとも心は働かせているんですよ。
ですから、これまたウソやファンタジーなんです。
ちなみに、本当に働かずに遊んでばかりいれば、その人の波動(オーラ)は確実に重たくなります。
百歩譲って、その遊びを通じて新しい仕事のアイデアを練っているなら良いのですが、そうでなければ波動はダメになります。
「大きな理想を抱く」というのは、「思い通りに引き寄せる現実」を生きるためではない。
「決して理想通りにならない現実」を、それでも理想に向かって突き進むためです。
それをカン違いしてはいけません。
あれ?
さっき「【理想】こそ【現実】(理想=現実)」だと言ったくせに、"現実は理想通りにならない" なんて矛盾してない?
と思ったかもしれません。
もっともな疑問ですね。
ここがとても大切なところです。
「理想=現実」というのは、この物質世界ではタイムラグがあることを知っておきましょう。
その理想が本当に壮大なものであれば、その実現は簡単ではありません。
その実現はもしかしたら、自分の肉体の死後かもしれません。
でも、それが本物の理想であれば、必ず誰かがあなたの跡を継いでくれるでしょう。
ここで言いたいのは、物質世界の時空元を超えた「理想=現実」だということ。
これを聞いて「ワタシは肉体が生きているうちに理想を実現したいんだよ!」と思った人は、それは理想じゃなくて欲望だということを理解した方がいい。
「自己実現」の大半は欲望なんです。
「自己」を実現するのは、この言葉の通り、「自我=エゴ」なんです。
たとえ世のため人のためであっても、「自分が」「この世で」「肉体が生きているうちに」実現したいと思っている意欲は、厳密に言えば欲望なんです。
「教育は百年の計」という言葉がわかりやすいと思いますが、本当に未来のためになる事業というのは、結果が出るまで百年ぐらいかかる。
今の子どもたちが大人になり、さらにその子ども(孫)が大人になるという「3世代」(1世代30年ほどだとすると、90~100年)を経たとき、もう自分はこの世にいない可能性が高い。
いま木を植えたとしても、それが立派な大樹に成長するときは、自分はもうこの世にいないだろう。
けれども、自分がこの世を去った後のことまで想いを馳せ、目の前のことに取り組むこと。
教育という国家の根幹に関わる事業において、自分は喜んで未来の礎(いしずえ)となろう。
いや、「捨て石」でも構わない。
自分は「草場の陰」から見守るようなつもりで、たとえ遅々とした歩みであっても、遠い理想に向かって、いまを生きていこう。
これこそ、欲望ではなく理想なんです。
この種の理想は、他の言葉でいえば「志」であり「祈り」です。
ところが、現代では志も祈りも「欲望」と混同されてしまっている。
スピ系でも欲望としての「引き寄せ」を堂々とアピールする。
本来はそうではありません。
「理想=志=祈り」を抱いていれば、いま目の前の地味な仕事に取り組む原動力が湧いてきます。
この意味において「理想=現実」であり、理想とは実は「いま・ここ」において、すでに実現している。
具体的な目に見える成果としてではないが、現実を背後から動かす「生命力」として、理想は「いま・ここ」においてすでに実現しているわけです。
これ、わかりますか?
私たちの多くは、理想の実現のことを 「目に見えるカタチとして出たもの」をもって認めるわけですね。
ところが、これはあくまで3次元の物質的な受け止め方に過ぎません。
本当は、理想とは「目に見えるカタチを動かす、目に見えないエネルギー」なんです。
けれども、私たちは「目に見えるカタチとして成果にならなければ意味がない、失敗だ」と考える。
どうしてもカタチ(物質)に囚われてしまう。
しかも、そのカタチが「評価」「信頼」「地位」「金銭」「報酬」などのに物質的尺度と深く結びついているものだから、なおさら物質的な見方が固定化されてしまう。
だから、ここで述べていることは「エゴの壁」を超えなければ、おそらく何を言っているのかわからない。
「この世限りの自分の幸せ」に留まらず、「魂の成長」と「真の繁栄」を志向する人にしか理解できません。
私が情報発信でいつも苦労するところです(汗)
夢や理想の実現より大切なことは、夢や理想を描き続けること
物質世界の現実、それは「"五感という極めて制限された窓枠" から見ている世界」のことですが、それが「すべての現実」だと思いこんでしまうと、人生のスケールはかなり小さくなってしまう。
たとえこの物質世界では「大きいこと」をしていたとしても、霊的には小さいんです。
実は、先ほど述べた通り、これもまた「小さな理想=小さな現実」として実現してしまっている姿。
もしこういうことを聞いて愕然とする人がいたとしたら、それは「わかった証拠」ですよ。
それを「普通のスピリチュアル」でよく使われる表現をあえて使えば、「覚醒」ということです(個人的には安易に「覚醒」なんて言いたくないですが)。
それは「自分こそ〈世界〉だったんだ!」と驚いてしまう瞬間でもあります。
「自分=理想=現実=世界=宇宙」ということに気づくと、この「現実」がいったい何なのか、みんなが当たり前みたいに思っている「現実」ってやつよくわからんようになる。
半ば記憶喪失、半ば痴呆症になってしまったような感じというか、脳から意識がはみ出てしまうような感じというか・・・わかりますかね、これ(笑)
自分は「肉体以上の存在」だというのに、実際の生活は肉体に依拠せざるを得ないことに、妙な戸惑いを感じてしまう・・・わからなければ保留にして、考え続けていただければと。
物質世界に囚われてしまうと、「理想の反対は現実、現実の反対は理想」という制限的思考に閉じ込められてしまいます。
そうなると「しょせんこの世なんてそんなもんだろ」とか「いくら夢を描いたって人生変わんねーんだよ」とか、普通の大人(=マジでつまんねー大人)になってしまう。
その考え自体が制限された「夢」であることを忘れてしまう。
物質世界という一種の「夢」の中で、さらに「夢遊病者」になっているようなものです。
まさに「マトリックス」の世界ですね。
かといって、「人生諦めるんじゃねえよ!生きてりゃ楽しいことだってあるんだ!」なんて言う気もサラサラない(笑)
どちらも「この物質世界がすべて」だと思い込んでいることには変わらず、それがネガティブに出るかポジティブに出るかの違いだけ。
もちろんポジティブな方がいいだろうけど。
残念ながら、「いくら夢を描いたって人生変わんねーんだよ」なんて思っている人って、その夢が実現するしないに関わらず、波動(オーラ)は本当にショボくなるんですよ。
「モノのわかった大人」のフリをしても、良いことは一つもないぞ。
人の波動を観る専門家として、これは言い過ぎることはない。
繰り返しますが、「"五感" という極めて制限された窓枠」から見た物質世界(みんなが「現実」って言っている世界)だけに自分を合わせると、波動のスケールが小さくなるんです。
実践的な表現で言えば、「理想や憧れを持たなくなった人間は老け込む」ということ。
これは年齢は関係ない。
たとえ肉体的にはまだ若者でも、精神的にはすでにジジイ&ババアになっている人もいます。
もちろんその逆も然りで、肉体的には老境であっても、精神的には若々しい人もいます。
これもなかなか理解できないことなので繰り返しておきますが、
夢や理想をこの物質世界で実現することが最高なのではない。
もちろん夢や理想を実現できるのは素晴らしいことですが、最も優れているのは、「夢や理想を持ち続けること」なんです。
たとえ理想が道半ばで終わったとしても、道半ばで叶ったとしても、そんな「この世での失敗・成功」には関係なく、夢や理想を死ぬまで持ち続けることこそ、最も大事なことなんです。
例えば「人間国宝」など一芸を極めた人たちの晩年のインタビューを読むと、「もっと上手くなりたい」とか、「やっと "初段" になれた気がします」とか、そういう言葉が出てきます。
もう人生の終幕にも関わらず、まだ理想を追いかけ続けている。
「私にとっての最高の作品は、次の作品です」
こういう方々は、この世の成功や失敗を超越している。
「天」を見続けているわけです。
その「天」が無限なる高さであることがわかるから、どれだけ成功しても失敗しても、そんなことは全く意に介さない。
松尾芭蕉の晩年の句〈旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る〉も全く同じ。
彼らは「自分の名を残そう」なんて1ミリも思っていない。
ただ、自分に与えられた「道」を死ぬまで極めようと念じ続けていただけなんです。
そういう「この世を超えた理想」を持ち続ける人は、有名無名を問わず、波動(オーラ)が燦然と光り輝く。
けれども、多くの人は物質に囚われ、肉体に囚われ、自我に囚われ、「"この世で" "自分が" 夢や理想をしたい」と思ってしまう。
それは結局「この物質世界がすべてだ」と、五感の錯覚によって思い込んでしまうからです。
かつて私が学んでいた某先生はスピリチュアルな知見をお持ちだったはずなのですが、しばらくお付き合いするうちに「名を残したがる人」だったと判明したので、私はとても残念に感じて離れました。
その方は若い頃はまだ勢いがありましたが、歳を取るにつれだんだん衰えてきました。
この世のレベルにおいてしか「理想」を持たないので、それがイコール「現実」になってしまう。
こういうのは知識だけではダメなんですね。
本当に「骨髄」のレベルでわかっていなければ、人は簡単に「この世の論理」に流されてしまうんです。
私はいつかカウンセラーとして独立しようと思い、当時働いていた会社を辞めるときに、上司や社長に言われました。
「いつまで理想を持ってるんだ?」とか、「いつまで夢見てるんだ?」とかね。
当時まだ20代後半の自分に「あんたはもう若くないんだから」とまで言われたんですよ・・・いま振り返ると、マジでふざけたことを言ってやがったなと思いますけど。
今の自分だったら、「あなたがたは『夢ばかり見ないで、もっと現実を見ろ』とおっしゃいますが、その程度の "現実認識" しかできないほど夢も理想も小さいんですね」とでも言ってやろうかな(笑)
まぁ余計に「変人」と思われるだけでしょうけど。
こういう人たちは理想がなくて、この目に見える現実がすべてだと思い込んでいる。
あるいは、この世で実際に実現できそうな夢や理想でなければ、意味をなさないと思っている。
これは何度も述べている通り「間違い」なんですが、生命や人生をこの物質世界だけに限定したら「正しい」わけです。
先ほども述べた通り、「理想の反対は現実だ」というのは、物質世界という閉ざされたマトリックスにおける大いなる錯覚なんです。
この程度の認識力の人間がこの世の大半を占めているので、まさかそれが「間違い」だとは思えないわけですよ。
真のスピリチュアル【マジスピ】の学びは、このマトリックスからの「解放」を促します。
私たちは今さら人間国宝にはなれませんが、そういう優れた魂と同じ「道」を歩むことは、いますぐ始めることができます。
それが「理想の真の力」だということを知るだけでなく、骨髄に徹して理解し、実践していきましょう。
改めて、今回の要点
- 「理想」の反対は「現実」ではなく【理想=現実】であることに気づくと、大きな理想を持って人生を歩めるようになります。
- 理想は「遠い未来」に実現するのではなく、「いま・ここ」において実現します。人生はその積み重ねに他なりません。
- この物質世界だけがすべてだと思い込み、理想を失った人は確実に老け込んでいきます。理想は実現の有無に関わらず、心に抱き続けることが最も大切なのです。
なお、YouTube(Podcast)は今回の文字起こし編集でカットした部分もありますし、加筆修正した部分も結構あります。
なのでこちらも聞いていただけると、より理解が深まります。
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